クロム結晶
地下アジトの重い扉が、軋みながら開いた。帰ってきた四人は、埃やら粘液やら酸やらの匂いにまみれ、髪はボサボサ、服は破れ、顔は煤だらけ。特にノルに至っては、全身がまだ半乾きの透明な粘液でテッカテカに光っていて、歩くたびにぽたぽたと床に滴る始末だった。
「おつかれさま……随分と大変だったようね」
スカーレットが、いつもの穏やかな声で出迎えた。けれど、すぐに眉を寄せて鼻先を押さえる。
「ノル、おかえり。……って、うわっ、その、すごい匂い……!」
リリスが駆け寄りかけて、途中で足を止めた。心配そうな瞳と、明らかに引いている表情が同時に浮かんでいる。
「よお、おかえり……って、なんだその臭いは」
ダグが片手で鼻をつまみながら、半歩後退。
「うわぁぁぁぁ!ノル兄ちゃん、くさぁぁぁい!!」
「くっさーい!近寄らないでー!」
ミナとルカ、それに小さな子供たちが一斉に叫びながら逃げていく。何人かは「うわ、ヌルヌルしてる!」と指を差して笑い出した。
「……そんなに……?」
ノルは両手を広げて自分の体を見下ろし、みるみるうちに凹んでいった。その時、奥から白髪を束ねた鍛冶師のイグニスが、ゴーグルを上げながら飛び出してきた。
「おう!無事に戻ったか!……で、例の鋼材はどんだけ……おおおおおっ!?」
ノルが差し出した黒光りの結晶を見て、イグニスの目が血走った。
「こ、こりゃあ、おめえ……クロム結晶じゃねぇか!!しかもこの大きさ!こんなの生まれて初めて見るぞ!!」
イグニスは両手で結晶を抱え上げ、まるで恋人のように抱きしめた。
「鉄鉱石のほうは……どうだったの?」
スカーレットが尋ねると、ガルムが肩をすくめて首を振った。
「残ってた鉱脈は全部、ワームの腹の中だ。欠片一つ残っちゃいなかったわ」
ガルムの答えにイグニスが上機嫌で答える。
「鉄鉱石が全部食われちまったのは残念だが……これひとつで全部チャラだ!いや、それ以上だ!」
「イグニス爺さん、早速で悪ぃんだが、こいつらの武器を作ってやってくれんか?」
「よーし、明後日には炉をフル稼働だ。楽しみに待っとれ!お前ら全員の武器、俺が全部作り直してやる!最高の武器をな!!」
「イグニスじいちゃん、がんばってー!」
子供たちが歓声を上げる。
上機嫌でクロム結晶を抱えながら、立ち去るイグニス。ノルは、誰からも褒められず、ただ「臭い」と言われ続けたまま、肩を落とした。
「……俺、お風呂……行ってきます……」
切なげな表情で、ぽたぽたと滴を残しながら、温泉の方へトボトボ歩いていく。
「ノル兄ちゃん、早く洗ってまた遊んでねー!」
「でもまだ近寄らないでねー!」
背後から、子供たちの無邪気な声が追い打ちをかける。
「……はぁ」
ノルはため息をつきながら、湯けむりの向こうに消えていった。その背中が、なんだかとても小さく見えた。
※
数日後の昼下がり。カレンが肩を落として食堂に戻ってきた。
「参ったよ……ほんっと参った」
「どうした?」
ガルムが鍋をかき回しながら声をかける。カレンはテーブルに突っ伏すように座り、ため息を吐いた。
「いつものジークル爺さん、全部断られたよ。正式なルートで売ってくれって」
「は?」
「『ハンターギルドの正規登録証を持って、ギルドで売ってくれ』だってさ」
食堂が一瞬静まり、カレンに視線が集まる。
「……急にどうしたんだ?」
ガルムの呟きに、リリスが静かに口を開いた。
「帝国がハンターを探ってる可能性があります。先日の鉄の鳥籠の件で、犯人を探しているのかもしれません」
ガルムとスカーレットの視線が鋭くなる。
「……なるほど」
カレンが肩をすくめた。
「私は資格なんて持ってないよ。ここに来るまで、魔獣なんてほとんど狩ったことなかったしさ」
「俺たちは「魔」が付かない普通の獣の狩り専門だったからな」
聞いていたダグが苦笑いした。ログも無言で首肯する。すると、隅で黙っていたノルが、おずおずと手を挙げた。
「あの……俺、持ってますよ……ハンター証。見習いですけど」
全員の視線がノルに集中する。
「お、じゃあノルなら買い取ってくれるんじゃねぇか!?」
ログが勢い込んで言うと、みんなが一気に期待を込めた目でノルを見た。ノルは縮こまりながら、申し訳なさそうに口を開く。
「でも……俺、見習いだし……ここにいる魔獣って、上級ハンターが狩るようなのばっかりだから。いきなりそんな素材持ち込んだら、逆に怪しまれるんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫!私が付き添ってやるからさ!」
カレンが妙な自信で胸を叩く。
「いや、カレンさん。それ全然理由になってないですって……」




