坑道のたたかい
靴底が水溜まりを踏むたびに、ぽちゃんと鈍い音が響き、どこまでも遠くにこだまする。壁には、折れたツルハシが何本も突き刺さったままだ。錆びついた刃先が、かすかにランプの明かりを反射していた。数十メートル進むと、線路が途切れていた。横倒しになったトロッコの脇の線路は、妙な形で捻じれている。荷台には、まだ鉱石の欠片どころか、土くれしか残っていなかった。
「……あれを見ろ」
ガルムがランプを掲げて壁際を照らす。床に、どデカい円形の穴が開いていた。直径は二メートルほどか。円の縁は溶けたように滑らかで、人の手で掘ったものでないことは一目瞭然だ。
「魔獣の通り道だ。どうやら、熱か酸かで溶かしながら進んでるっぽいな」
「なぁんか、嫌な予感しかしねぇんだけど、俺……」
ログが渋い顔で周囲を見回す横で、カレンが青ざめた顔で腕をさすってる。
穴は垂直に下へ落ち、底が見えない。覗き込んでも、ランプの光が闇に吸い込まれるだけだった。さらに奥へ進む。分岐がいくつも現れるが、半分以上は崩落で塞がれていた。岩が崩れた跡には、作業服の切れ端や、折れたヘルメットが埋もれている。
誰かがここで死んだのだろう。白骨化した指だけが、岩の隙間から覗いていた。
「……気をつけろ。足を滑らせたら終わりだ」
ガルムが先頭で慎重に進む。やがて坑道は急に開けた。天井が高く、十メートルはありそうな巨大な空洞だった。
かつては鉱石を積み出すための集積場だったのだろう。中央には錆びた巻揚機が倒れ、ワイヤーロープが蛇のように床を這っている。壁際には、石ころが積まれていた。
「おかしいな……」
イグニスが待ち望んでいた鋼材の原料になる鉄鉱石は、ここから採掘されていたようだ。だが、ガルムが岩壁を調べても、その痕跡が見当たらない。
その時だった。微かな地鳴りが最初は遠く、そして、すぐに腹の底に響くほど近くまで迫ってくる。
ズズズ……ズズズズズ……!
「構えろ、なんか来るぞ!」
ガルムの声が鋭く坑内を跳ねた瞬間、坑道の奥の壁が内側から盛り上がり、轟音と共にぶち破られた。
「ぐおおおおおおおおおおおおっ!!」
現れたのは、まるで巨大な「ミミズ」だった。黒光りする、ぬめりを帯びた胴体が、うねうねしながら這い出てくる。直径は三メートル近く。表面はまるで油を塗った鉄のようにぬらぬらと光り、節ごとに硬質の外殻が重なり合っている。
どこまで続いているのか、全長は穴の奥の闇に紛れて見えない。坑道そのものがヤツの巣穴と化しているのだろう。先端には、ぽっかりと開いた円形の口。内側にびっしりと生えた鋭い歯が、ぐるりと三重に並び、ゆっくりと斜めに回転しながら唾液みたいな粘液を滴らせている。時折、胴体の下側に無数に開いた小さな孔から、黄緑色の煙がシューッと漏れ、床の岩をジュッと溶かしながら広がった。
「こりゃ……予想してたのと、だいぶ違うな」
ガルムが苦々しく呟く。額に汗が浮かんだ。
「ぎゃああああああああっ!!キモいキモいキモいキモいキモい!!」
カレンが悲鳴を上げながら、両手で顔を覆い、完全にパニックモードになっている。いつもは冷静な彼女が、ここまで取り乱すのは初めてだった。ノルは剣を構えたまま、ゴクリと唾を飲みこむ。
「……なんだよ、あれ。超デカいミミズじゃねぇか」
ログが剣を構えながら、思わず後ずさる。ワームの口が大きく開き、キュラキュラと回る歯の回転が速くなる。
ズズズ……ズズズズ!!
次の瞬間、胴体が一気に縮み、巨大な口が四人に向かって突進してきた。
「散れ!!」
ガルムの咆哮と同時に、四人は左右の側道へ跳んだ。轟音。ワームは壁を突き破り、そのまま地下へと潜っていく。土煙と埃が舞い上がり、ランプの火が一瞬消えそうになった。
「このままじゃやられる!場所を変えよう!」
ノルの声に、誰も異を唱えなかった。四人は走った。背後で天井がパラパラと崩れ、石が肩や頭にぶつかる。
「くそっ、これじゃいつまで坑道が持つか、わかんねぇぞ……!」
低い振動が再び始まる。ズズズ……ズズズズズ!!先程まで四人が居た地面が盛り上がり、轟音と共に黒光りする頭部が再び顔を出す。カレンは両腕を抱え、完全に硬直していた。
「私、ゴメン……。ちょっと、これは…パス。鳥肌が……」
「仕方ねぇ」
ガルムが短く吐き捨て、巨大なナックルを取り出しながら、ノルとログを見据える。
「ノル、ログ。俺たち三人でやるぞ」
二人が頷く。ブシューッ!と黄緑の煙を吐きながら、ワームが突進してきた。
「来いっ!!」
ガルムの体が膨張する。巨大化したガルムの巨体が坑道内で壁のようになり、両腕でワームの頭部を真正面から受け止めた。
ズドォォォォォォォォン!!
土埃が爆発的に舞い上がり、ガルムの足が床を抉る。押されに押され、膝が折れそうになるが、歯を食いしばって踏ん張る。
「今だぁ!!」
ノルとログが同時に跳んだ。剣が振り下ろされる。
キィィィィィン!!
金属音が響く。刃が弾かれ、二人の手首が痺れる。
「硬ってぇぇぇ!」
「硬すぎる……!」
生体鋼鉄の外殻は、鉄板そのものだった。ガルムは耐えきれなくなり、ナックルを装着した右拳をワームの頭に叩き込む。ドンッ!という衝撃で巨体ごと方向を逸らされ、ワームはそのまま地中に潜る。坑道が激しく揺れ、天井からボロボロと壁の破片が落ちてきた。




