ガルムの過去
「……やるじゃないか、坊主」
ガルムが感心した声で言った。
「前回はあれだけ苦戦したのに、二人だと、こんなにもあっさり片付くなんて……」
ノルが独り言ちると、カレンが笑った。
「そりゃ、そうよ。ノル自身が前回に比べて、さらに成長してるんだから」
「あのー。カレン姐さん、俺も戦ったんだけど?」
ログが不満な表情でカレンに抗議する。
「もちろん、ログの援護も良かったよ」
素材を回収しながら、さらに北へと森を進んだ。その後も幾度か魔獣に遭遇し、そのたびにノルとログが連携して倒していく。それを繰り返し、陽が落ちる頃には、ようやく森を抜け荒れた古道へと出た。
不帰の森の外縁に出たところで、ガルムが周囲を見渡す。
「今日はこの辺りで野営だな」
ノルとログが枯れ枝を集め、カレンは火の準備をする。ガルムは狩った魔獣の肉を捌いて、アジトから持ってきた調味料と合わせて、手際よく調理していく。陽が完全に落ちる頃には、焚火の上で香ばしい肉の焼ける匂いと香草の香りが広がった。
「おおっ、美味そう」
薪拾いから戻って来たログが、感嘆の声をあげると、カレンも微笑んだ。
「ガルムは、野営料理が前から得意よね」
「あっちこっち周ってるからな。こういう手際は嫌でも上手くなるってもんだ」
焼き上がった肉を取り分けながら、持ってきた黒パンと合わせて食べる。肉汁が硬いパンにも滲み込んで食べやすくなる。肉を頬張りながら、ガルムが北に続く古道を眺めた。
「襲撃した魔獣ってのが何かはわからんが、廃坑の鉱山ってのは魔獣の巣になってることが多い」
「魔獣って、鉱山を狙うんですか?」
ノルが弱くなった焚火に、枯れ枝を投げ込んだ。追加された枯れ枝が、パチパチと音を立てながら火に飲まれていく。
「鉱山ていうより、坑道を狙ってんだ。坑道の中は地上に比べて天候の影響を受けにくい。それにな、一年を通して気温が一定に保たれてるんだ。そういうわけで気温の変化に弱い魔獣にとっちゃ、坑道ってのは良い巣穴になるってわけよ」
「なるほど……」
「……昔、俺は坑夫をやってたんだ」
全員の視線が集まるなか、ガルムが、過去のことをぽつりぽつりと語り始めた。
ガルムが、まだ黒焔騎士団を立ち上げる以前の話に遡る…。
朝の陽射しが、坑道の入り口を赤く染めていた。
「おはようさん、昨日は大当たりだったな!今日も頼むぜガルム!」
「おう、任せとけ!娘の誕生日に新しい靴買ってやるって約束してんだ!」
二十八歳のガルムは、ツルハシを肩に担ぎ、満面の笑みで坑道へ降りていく。背中を叩く同僚たちの手が、今日も温かかった。奥の作業場では、いつもの顔が揃っていた。幼馴染のドム、後輩のガット、冗談ばかり言ってるジーク。
「ガルム、まーた娘の話かよ。おめぇは、ほんっと親バカ全開を隠しもしねぇな」
「当たり前だろ。あいつは俺の宝だ」
「宝なら、ちっとぐらい隠す努力をしろっつーんだよ!」
笑いながらツルハシを振るう。鉄の音が響き、汗が飛び散る。明日も、明後日も、ずっとこんな日々が続くと思っていた。突然、地鳴りがした。
「地震だ!崩れるぞ!」
天井がゴゴゴと唸り、石が雨のように降り注ぐ。ガルムはツルハシを投げ捨て、崩れかけた大岩の下に肩を突っ込んだ。
「逃げろ!俺が支える!」
「ガルム、危ねぇ!」
「早く!俺は大丈夫だ!」
同僚たちが必死に走る。出口の灯が遠ざかっていく。その瞬間、体が焼けるように熱くなった。
「な、うおおおおっ!!」
光が爆ぜた。ガルムの体が膨張し、身体が三倍ほどもある巨体へと変貌し始める。急速にあらゆる細胞が膨張し、骨が軋む。視界が歪み、坑道が狭く感じる。
「い、いったい、どうなってる……!?」
膨張する身体は、天井を突き破り、衝撃が連鎖し、坑道全体を崩落させた。
「ドム!ガット!ジーク!!」
気付いた時には、瓦礫の山の中に立っていた。ガルムは巨体で這い出し、必死に岩を掻き分ける。
「おい、生きてんだろ!?返事しろ!!」
ガルムは必死に呼びかけたが、返ってきたのは、沈黙だけだった。
「……嘘だ……俺が、俺が……みんなを……」
巨体が震えた。拳で地面を殴るたび、岩が薄いガラスのように砕けていく。
「こんなことしてる場合じゃない‥‥‥」
ガルムは巨体を揺らしながら、崩落した坑道の中に埋まった遺体を掘り出して並べていった。他の鉱夫たちは、その姿に言葉を失っていたが、やがてガルムと共に黙って救出作業を始める。だが、事故を聞きつけて現場に来た住民たちは、ガルムの姿を見るなり恐怖した。
「なんだ、あいつは!?」
「普通じゃない…」
そして、誰かが言い出した。
「化け物だ…」
「おい、みんな!あいつがやったんだ!」
「そうだ、魔獣の類か何かだ。ハンターを呼べ!」
「おい、聞いたか。新種の魔獣だってよ」
「異能者かもしれん。俺、帝国軍に知らせて来る!」
ガルムはその場から、逃げ出した。鉱山から山奥に逃げていき、身を伏せること数日。逃げているうちに、いつの間にか身体も小さく戻っていた。混乱した頭の中で、幼い娘のことばかりがガルムの心に浮かんで来る。居ても立っても居られず、雨が降るなか闇に紛れて家に戻ると、妻子が震えながら立っていた。




