鉄鉱石を求めて
「なんだい、爺さんがここに顔出すなんて珍しいじゃねぇか。いっつも鍛冶場に籠ってんのによ」
鍛冶師のイグニスだった。赤い髪を後ろで束ね、ゴーグルを額に上げている。革エプロンには無数の焼け跡。腰には小さなハンマーがぶらぶらと揺れていた。
「ばっきゃろーが、籠ってたってやるこたねぇんだよ。子供たちのベッドフレーム用に鋼材を大量に使っちまって、在庫が無くなっちまったんだ……。製作予定のもんが作れんで。こっちゃ、商売あがったりだわい。団長。補充、なんとかならんかね?」
「鉄鉱石だろ?在庫が無いなら、商会から買えばいいんじゃないか?」
ログが言うと、団長が苦笑いで首を振った。
「実はもう、資金に余裕がないのよ。毛布や備品の補充で使い果たしてしまって…」
イグニスがため息をついた。しばらく指をトントンとテーブルに叩いていたが、やがて思い出したように口を開く。
「北のヴェルド旧鉱山なら、あるかもしれん。あそこは随分前に魔獣が出たってんで、放棄されたままだ。坑道の奥に、良質の鉄鉱石が眠ってるはずだ」
イグニスはチラッと横目でガルムを見て続ける。
「まあ、その辺はおまえさんの方が詳しいかもしれんな?」
「ああ。まあ、その話なら俺も知ってる……。八方塞がりで資金も無いってんなら、いっちょ行ってみるか」
ログが珍しく真剣な顔で言う。
「俺も付き合うぜ。材料が無けりゃ、武器の維持も出来ねぇからな…」
ふと、イグニスがノルの方に視線を向ける。
「武器っていや、ノル。おまえの剣……見せてもらったが、細かいヒビが入り始めてるな。研磨はしといたが、耐久性はもう保証できんぞ。使い方も考えんと、そのうちポキッといくぞ」
ノルが慌てて腰の剣に手をやった。
「え? あ、はい……すみません」
ガルムが静かに口を開いた。
「ヴェルド旧鉱山は危険だ。廃坑になったのは昔の話だが、魔獣が出る可能性は高い」
「でも」
スカーレットが小さな声で言った。
「子供たちの生活を守るためには、必要なことでしょう?」
誰も反論できなかった。ガルムが立ち上がる。
「帝国や教団の動きも気になる…。少数精鋭で行くとしよう。俺と……今度は「俺」が行くからな」
「誰も行くなって言わねぇよ」
ダグが呆れたように答える。ふんと鼻を鳴らしてガルムが続ける。
「それと、カレン、ログ。それに……」
視線がノルに向けられた。
「俺も行きます」
ノルは迷わず答えた。イグニスが満足げに笑う。
「決まりだな。期待して待ってるぞ」
ランプの火が揺れ、影が長く伸びる。
夜明け前の薄闇の中、アジトの扉が静かに開いた。
「頼んだぞ、リリス。ダグ、スカーレット」
副団長ガルムの声に、留守を預かる三人が小さく頷く。子供たちはまだ眠っている。起こさないよう、足音を殺して四人は森へと消えた。
ガルム、カレン、ログ、そしてノル。ガルムが先頭を歩き、ログがその斜め後ろで周囲を警戒する。ノルは少し緊張した面持ちで、カレンは後方で、全体に目を光らせながら歩いた。
森を歩き二時間ほど進んだところで、最初の襲撃があった。
「来るぞ」
ログの短い言葉と同時に、闇の中から赤い目がいくつも光る。ダークウルフの群れだった。黒い毛並みが森の影と同化するように溶け込み、獲物を襲う態勢を整える。
「ノル、右翼は任せる」
「了解!」
ノルが剣を抜く。刀身にヒビが入っていることを思い出し、一瞬だけ表情が曇るが、すぐに振り払った。ダークウルフが跳ぶ。ノルは低く身を沈め、横薙ぎに一閃。刃が空気を裂く音と同時に、最初の狼が真っ二つにされる。血の臭いが広がる前に、ログの剣が唸りを上げた。剣は正確に次の狼の喉を貫いた。
「まだだ!」
残りの三頭が同時に襲いかかる。ノルは咄嗟に後退し、剣を横にかまえる。ダークウルフの一頭が喉元を狙ってきた瞬間、柄を突き出して顎を砕いた。同時に体を捻り、残る二頭を逆袈裟、横薙ぎ。流れるように斬り払う。息を吐く間もなく、ナイトメアウルフが樹上から襲いかかる。漆黒の巨体に赤い二本の尾。ダークウルフと同じ、月光すら吸い込むような黒い毛並みが揺らめく。
「下がれ!」
ガルムが前に出ようとした瞬間、カレンの静かな声が響いた。
「ガルム、手を出さないで。あいつらの鍛錬も兼ねてるからさ」
ガルムは一瞬眉をひそめたが、すぐに苦笑して拳を下ろした。
「なるほどな……俺の想像以上の成長っぷりってわけだな」
ナイトメアウルフが咆哮する。ノルとログは無言で目配せした。ログが短剣を構え、ノルが正面から突っ込む。狼が前足を振り下ろす。ノルはそれを剣で受け流し、同時に横に跳んだ。ログが短剣を投げる。短剣は狼の左目に突き刺さった。甲高い悲鳴が森に響く。
「今だ!」
ノルが木を蹴って跳躍する。剣を両手で握り、渾身の一撃を狼の首筋に叩き込んだ。刃が肉を裂き、骨を断つ。ナイトメアウルフが絶叫と共に倒れ、地面を震わせた。戦いが終わった時、ノルの肩が激しく上下していた。




