騎士団の休息
——不帰の森最深部・黒焔騎士団の地下アジト。
救出から三日目。31人の子供たちは、まるで夢を見ているような顔で立っていた。石の床に敷かれた毛布の山、松明の揺れる光、どこからともなく響く水音。ここが自分たちの「家」だと言われても、まだ信じられない。スカーレットが先頭に立ち、宣言した。
「これからここがあなたたちの新しいお家よ。不便かもしれないけど、急いで部屋を作っちゃうから。ちょっとだけ我慢してね。男の子は右、女の子は左。年長者は小さい子たちを見てやってね」
レミが一歩前に出る。
「私……年長だから、小さい子たちのお世話をします」
双子のレーニャとルーニャも小さく頷いた。その日から、子供たちの生活が始まる。31人の子供たちは、初めての夜を迎えていた。当然だが、部屋はまだ一つも完成していない。仕方なく、広大な中央広間の石床に毛布をぎっしり敷き詰め、川の字になって横たわった。
松明の火がゆらゆら揺れる。壁に映る影が、時々魔獣やオバケのように見えて、小さい子たちはぎゅっと隣の子にしがみついた。年上の少女――レミ、レーニャ&ルーニャ、他二人の少女――たちは、自然と「お母さん役」になっていた。
「怖くないよ」
「ここは安全だからね」
小さい子を挟んで寝て、背中をさすったり、手を握ったり。
——深夜。
ミナが、毛布の中で、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「……ママ……怖いよ……魔獣が……」
シンとした空洞に少女のすすり泣く声が響いた。声を聞きつけたリリスが、すぐに目を覚ます。ノルは外の見回り当番で不在。リリスは音を立てないように立ち上がり、ミナの毛布にそっと滑り込む。リリスはヒソヒソ声で声を掛けた。
「大丈夫。私がいるからね。ここは魔獣も来ない場所だから」
ミナは半分寝ぼけたまま、リリスの服を小さな手でぎゅっと掴んだ。数分でまた寝息を立て始める。その十分後。今度はルカが、シクシクと泣き声を漏らした。リリスがまた起き上がろうとした瞬間、見張りから戻ってきたノルが気付いて、先にルカの側に膝をつく。
「夢だよ。もう誰も傷つける人はいないから」
ノルが優しく囁くように言うと、ルカはノルの腕にしがみつき、すぐに眠りに落ちた。リリスとノルは暗闇の中で目が合って、小さく苦笑いする。
「……交代でいい?」
「うん」
それから朝まで、泣き出す子が出るたびに二人が交互に抱き寄せ、背中をさする。髪を撫で、時には子守唄の代わりに「もう大丈夫だよ」と繰り返した。
明け方。
スカーレットが広間を覗きにきた。石の壁に寄りかかったまま眠るノルとリリス。ノルの膝にはミナとルカが、リリスの腕には別の小さな女の子が、ぴったりと寄り添って眠っている。他にも数人の子が二人のマントや服の裾を掴んだまま。
スカーレットは一瞬呆れたように息を吐いた後、クスっと笑う。それから誰にも聞こえない声で呟いた。
「……なんだか、すっかり親子みたいになっちゃって」
そっと自分の外套を脱いで、二人にかけてやりながら、小さく微笑んだ。
そして、一日が始まる。
ノルとカレンが子供たちを起こし、川(地下水脈)の水をバケツリレーで汲み、ログが狩ってきた魔獣の肉をダグ兄弟が捌く横で、年長の子たちが小さい子にスープをよそってやる。
昼間は掃除と洗い物。
「ここを汚すと魔獣が寄ってくるよ」
リリスが冗談を言ったら、ミナが真剣な顔でテーブルを睨みつけながら、雑巾を握りしめていた。夜はみんなで大部屋に川の字になって寝る。最初は悪夢で泣く子が続出したが、ノルとリリスが交代で背中をさすってやると、五日目には「もう大丈夫だもん」と言い合うようになった。
そして、救出から七日目の朝。
子供用の新部屋を拡張していたスカーレットが、いつものようにベクター・レインで最後の壁を削る。
ゴリッ……ゴリゴリ……ドン!
壁が崩れた瞬間、向こう側からモワッと湯気が噴き出す。膝くらいまで溜まっていたであろう熱い湯が、ゆっくりと作り途中の部屋に流れ込んできた。スカーレットは、慌てて後ずさる。
「えっ!?ちょっと待って……温泉!?」
地下に響いた音を聞いて、ノルが駆けつける。
「団長、大丈夫ですか!?」
そこへ子供たちも騒ぎながら集まって来た。
「湯気がすごーい!」
「あったかーい!」
流れ込んできた湯は、床の傾斜に従ってどんどん広がった。このままでは新しい子供部屋が水没してしまう。スカーレットは、少し考えていたが即座に決断した。
「よし、こうする!」
彼女はベクター・レインの出力を上げる。崩れた壁の周囲の岩を盛り上げて「湯船の縁」を作り、さらに床に浅い溝を掘って、溢れた湯を「元々あった空洞側」に逆流させた。
わずか数十秒で、完璧な天然温泉の区画が完成した。レミがびっくりした顔で呟く。
「すごい……団長、こんなことまでできるんだ……」
温泉の湯気で一気に室温が上昇する。スカーレットが額の汗を拭いながら笑った。
「どうやら、古代の誰かが使ってた温泉てとこかしらね。運よく掘り当てちゃった」
湯船の縁に腰掛けた幼いミナとルカが、ぴちゃぴちゃと湯を触りながら叫ぶ。
「あったかいお風呂だー!」
年長の子たちが自然と動き出した。レミが糸で即席の仕切りを作り、双子が「女の子は右、男の子は左!」と仕切る。子供たちは服を脱ぎ(もちろん下着は残す)、大騒ぎしながら湯船に飛び込んでいった。
「きゃー!」
「熱いけど気持ちいい!」
「頭洗ってあげる!」
湯船の縁に腰掛けたレミが、びしょ濡れの髪を振りながら呟いた。
「……私、こんなに笑ったの、いつぶりだろう」
ミナがレミの腕を引っ張る。
「レミお姉ちゃん、一緒に入ろ!」
レミは一瞬目を丸くして、それから、初めて本当に泣き笑いのような顔をした。
「……うん。一緒に入ろう」
スカーレットは少し離れて、壁に背をついて見守る。湯気の中で笑い合う子供たちを見て、小さく微笑んだ。
「……あの子たちのこんな笑顔、初めて見たわ」
ノルが隣に来て、同じように呟く。
「団長が掘ってくれたおかげです」
「私はただ壁を壊しただけよ。笑ってるのは、あなたたち全員がここに連れてきたからよ」
その夜から、地下遺跡に新しい決まりができた。
『一日頑張ったご褒美に、温泉一回』
子供たちはそれを聞いて、掃除も水汲みも、いつもより一層張り切るようになった。湯気の向こうで、31人の新しい家族が、初めて心から笑えたのだ。




