吊り橋の戦い
外に出ると、すでにカレンとダグが合流していた。どうやら、正面の戦闘は終わったらしい。倒れた兵士たちの上に、朝焼けが差し始めている。リリスが、静かに呟いた。
「……成功、ですね」
スカーレットが振り返り、施設を見上げる。鉄の鳥籠は、もうすぐ朝日を浴びて輝くはずだった。だがその前に、彼女は号令を出す。
「燃やして」
ノルが松明を投げる。カレンが油を撒く。ダグが、最後に火矢を放った。黒い煙を立てながら、炎が上がる。鉄の鳥籠は、たちまち赤黒い炎に呑まれた。
炎に包まれた鉄の鳥籠を背に、黒焔騎士団と31人の子供たちは吊り橋へと急いだ。朝焼けが谷を赤く染める中、子供たちの列は長く、遅い。
先頭をスカーレットが歩き、カレンが殿を務める。ノルはリリスと並び、怯える子供たちを励まし続けていた。そのとき、小さな男の子がリリスの袖を引っ張った。
「ねえ、お姉ちゃん……レミ姉ちゃん、どこ?」
振り返ると、少女が一人、列から外れて立ち尽くしている。年齢はリリスと同じくらいだろうか。瞳は深い紫で、髪をポニーテールにしていた。彼女は自分の指先を見つめ、小さく震えていた。
「あの子がレミだよ」
別の女の子が、リリスに耳打ちするように言った。
「レミ姉ちゃんの異能、すごいんだよ。糸とか縄とか、繊維ならなんでも操れるの」
別の子が続ける。
「でも、あそこに居る時に酷いことされて‥‥‥。それから、自分の力が嫌いになっちゃったみたいなの…」
レミは自分の両手を握りしめ、唇を噛んでいた。指先が小さく震えている。それに呼応するように彼女の足元に落ちていた、細い麻ひもがわずかに蠢いていた。
そのときだった。吊り橋の向こう側、燃える施設の門の前に、二つの影が立つ。教団のローブの男と、フルプレートの巨漢。巨漢の男は血まみれだったが、血は既に止まっているようだった。
「そんな……!確かに肺を貫いたはずなのに…!?」
ノルが思わず呟いた。反射的に剣の柄に手が掛かる。
「このまま帰すわけにはいきませんよ」
教団担当者が、にこやかに手を広げた。
「貴重な“素材”を二つも発見したのです。
このまま見逃す手はありませんからね
——やれ!」
命じられた巨漢が一歩踏み出す。長剣を振り上げ、吊り橋の主縄を両断。縄が断ち切られ、橋全体が大きく傾いた。
「きゃあああああっ!」
子供たちの悲鳴が、山と谷にこだました。
橋板が波打ち、数十人が一気に滑り落ちそうになる。
「──っ!」
スカーレットが咄嗟に両手を掲げた。橋全体を“固定”しようとする。だが、重さと荷重のバランスが悪すぎた。自身を含め、仲間と31人の子供たち、揺れる板、風、傾き……スカーレットの額に冷や汗が伝う。
「ルーニャ!!」
「お姉ちゃ——!」
谷からの突風が吹き上げ、双子の少女のひとり——ルーニャが、バランスを失って落ちそうになる。近くにいたノルが瞬時に動いて手首をガッチリと掴む。だが、勢いでノルごと谷底へ引っ張られていく。急な重心移動で荷重がかかり、スカーレットの表情が歪んだ。これだけの人数が乗ってる物体を支え、且つ平行に保つは至難の業である。ノルは咄嗟に足を綱の結び目に引っ掛けて、ギリギリでルーニャと自身の身体を支えた。足一本で支えてるノルとルーニャの身体がぶらぶらと宙に揺れる。
「ノル!!」
リリスが叫ぶ。
「俺は、大丈夫。でも、このままじゃ……」
スカーレットの顔が苦痛に歪む。
「くっ……持たない……!」
橋が軋み、今にも真っ二つに裂けそうだ。そのとき、リリスがレミの手を掴んだ。
「レミちゃん!」
「……だめだよ、私なんか……伯父さんを、伯父さんを……!」
レミの瞳に涙が溢れる。リリスはレミの手を両手で握って、優しく語り掛けた。
「違うよ。みんなが言ってた。レミちゃんの力は、糸や縄を操る力だって」
レミが顔を上げる。
「今、橋の縄が切れちゃった。でもレミちゃんが繊維を操れば、橋を繋いで、助けられる。伯父さんは、レミちゃんのせいじゃない。悪い大人たちが、悪いことをしただけ。だから……今度は、レミちゃんの力で、みんなを救って」
レミの瞳が揺れた。
彼女はゆっくりと、震える手を吊り橋のほうへ向けた。切れた主縄の繊維が、まるで風に踊るように動き始める。一本一本が絡まり、編まれ、結ばれていく。ドレンが「不可能」と言った急速な修復が、少女の手の中で現実となっていく。
「……私、やってみる」
繊維が絡み合い、断ち切られた縄がみるみるうちに再生していく。橋が安定を取り戻し、子供たちの悲鳴が安堵の声に変わった。
その瞬間。カレンがダグに小声で囁く。
「隙を作って」
ダグが頷く。足場の悪い吊り橋の上で、弓を構える。ルミナス教…。ダグの脳裏に父親の叫びと、母親の恍惚としたような狂気の表情が、一瞬、浮かぶ。教団担当者はレミの異能に目を奪われ、完全に油断していた。
「橋が……!データにはなかった……。この短期間に進化してる、のか?」
彼は振り返って命じる。
「おい、あのガキを殺せっ!」
その瞬間、限界まで引き絞られた弦が強烈に矢を押し出した。矢羽根が震え、風を切り裂きながら一直線に迫る。その音につられ、首を傾けた瞬間、矢は担当者の眉間を正確に貫いた。
「が、ぁ──!?」
短い断末魔の叫びを上げながら倒れる男に、巨漢が振り返る。その一瞬の隙を突いてカレンが走った。修復されたばかりの吊り橋を、影のように駆け抜ける。
「──斬月!!」
剣が閃いた。巨漢の首が、朝焼けの空に舞い上がる。兜が飛び、男の顔が顕わになった。男の鼻は削ぎ落され、黄色い蛇のような瞳だけがギョロギョロとカレンの姿を捉えながら谷底に落ちていく。血が噴き出し、胴体が前のめりに倒れる。吊り橋が大きく揺れたが、レミの操る繊維がしっかりと受け止めた。
「……終わった」
スカーレットが息を吐く。額の汗を拭い、子供たちを見回した。ノルもルーニャを引き上げる。
レミは、自分の手を見つめていた。彼女が操った繊維は、もう朝日に静かに輝いている。リリスがそっと肩を抱く。
「ありがとう、レミ。あなたのおかげで、みんな助かった」
レミは小さく微笑んだ。
「……私、怖くなかった。ううん……私、私の方こそ、ありがとう」
朝日が完全に昇った。
黒焔騎士団と31人の子供たちは、少女の紡いだ“絆”の橋を渡り、森へと帰っていく。背後で、鉄の鳥籠は最後の炎を上げて崩れ落ちた。
新しい朝が、始まっていた。
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