アイアン・ケージ
一刻後。訓練場に、15名ほどの団員が集まった。ガルムは地図を広げ、太い指で一つの地点を叩く。
「西のエルンって街で、異能者の子供たちが連れ去られた。『保護施設へ移送する』って話だが、もちろんそれは表向きの話だ」
スカーレットの表情が険しくなる。
「場所は?」
「グリムワルド州北の山中。『鉄の鳥籠アイアン・ケージ』って呼ばれる施設だ。そこが保護施設ってことになってるが…。実態は、異能者の虐殺場だな」
広間に、重い沈黙が落ちる。ログが呟いた。
「じゃあ、すぐにでも動かねぇと……」
「待て」
ガルムが制した。
「ダグが単独で潜入調査中だ。情報なしで突っ込むわけにはいかん。帰って来るまで待機だ」
「兄貴が……」
ログが唇を噛んだ。スカーレットが静かに問う。
「ダグはいつ戻るの?」
ガルムが、その問いに答える前にリリスが、口を開いた。
「すぐに殺されることは、ないと思います」
全員の視線が集まる。ログが眉をひそめた。
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「理由は二つです」
リリスは指を二本立てながら、冷静に続ける。
「ひとつは、帝国は表面上『異能者保護』を謳っている以上、人目につく場所で殺すわけにはいきません。ふたつめですが、殺すだけなら、わざわざ施設を作る必要はないと思います。山中であれば魔獣も出没しますし、施設を守るための警備も必要になる。つまり、別の目的があるんじゃないかと……」
スカーレットが息を呑む。
「別の目的……?」
「内容まではわからないです。ただ、少なくとも。施設に出入りする者の中に、人に見られたくない人間がいるのかもしれません…」
ノルが呟く。
「……つまり、帝国軍が目的を果たすまでは、子供たちは生かされているってこと?」
「うん」
リリスは小さく頷いた。ガルムが、感心したように大きく頷く。
「なるほど……言われてみりゃ確かにそうだ。今の話でそこまで読めるなんて、すげぇな、お嬢ちゃん」
スカーレットは静かに地図を見つめ、低い声で告げた。
「ダグが戻り次第、すぐに救出作戦を立てましょう」
次の朝、まだ薄暗い訓練場に、人影が現れた。ダグだった。弓を背負い、左腕に裂傷を負ってるが、足取りは揺るがない。
「施設の状況が、わかった」
全員が息を呑む。ダグは机に地図と見取り図を叩きつけた。粗い紙に描かれた線は、血で滲んでいる。
「収容されている子供は31人。だが異能者は3人だけだ。残りは異能者の兄弟姉妹、親族ってとこだろう」
シンとした静寂が落ちる。
「帝国の方針は“根絶やし”だからな。血筋ごと、消し去る」
ガルムの拳が、机を軋ませた。
「警備は?」
「兵30ってとこだ。正面の門番は4人。残りは施設内部と周辺の見張り」
地図には、山中にぽっかりと開いた谷と、一本だけ架かる吊り橋が描かれていた。ガルムが低く唸る。
「なら正面から俺が引き付ける。お前らは――」
「待って」
スカーレットがガルムの話を遮った。
「ガルムは目立ちすぎるわ」
ログが笑いを堪えながら頷く。
「いや、マジで無理があるって、そのガタイじゃ見つけてくれって言ってるようなもんだよ」
「な、何を言って――」
「その異能ちからで、目立たつなって言う方が無理だって!」
スカーレットが畳み掛ける。
「今回は救出作戦よ。子供たちを人質に取られる可能性もあるわ。少人数で潜入して、奪還するのがベストよ」
彼女はリリスを見た。
「そうよね?」
リリスはコクリと頷いた。ガルムが大きく息を吐く。
「はぁ……ったく、仕方ねぇな。子供たちの救出はお前らに任せる。だが――」
「わかってる。私も行く」
スカーレットの言葉に、ガルムは深く頷いた。
「そうしてくれ。子供たちの命が掛かってる。失敗は許されねぇんだ。頼んだぞ」
「ダグ、道案内は任せるわ。カレンもお願い。――それから、ノルとリリスも」
ガルムが目を丸くする。
「おいおい、そこの嬢ちゃんもか!?少数精鋭ってんならログだろ!」
スカーレットは首を振った。
「ログには食料の調達を頼みたいの。人数が増えれば食料も必要になるわ。それに――」
彼女は微笑んだ。
「この騎士団の参謀を、私がリリスにお願いしたの」
「はぁ!?確かにさっきの推察は凄かったが、まだ子供だぞ!?」
カレンが静かに口を開いた。
「団長の決定よ。それに——聞いて」
彼女は地図の端に、もう一枚の紙を置いた。不帰の森の外縁に描かれた、集落の設計図。
「リリスが提案したんだよ。森の外縁に集落を築く。異能者だけでなく、街を追われた者たちが暮らせる場所を、ってね」
ガルムが眉をひそめる。
「魔獣の襲来はどうすんだ?」
「それも計算済み。この子が魔獣の分布や動向を把握して、安全圏を割り出した。元々、帝国も住民もこの森には近づかないしね。ここを中継地点にすれば、交易も外の情報も確保しやすくなる」
カレンは腕を組み、続けた。
「私たちだけじゃ、こんな発想は出てこなかったよ。アジトは安全だけど、閉ざされすぎてる。それに、人数が増えれば、いずれ限界が来る。畑も欲しかったしね」
ガルムは、設計図を見つめたまま、黙った。
「……なるほどな」
指で無精ひげをさすりながら、低く、深く、頷いた。
「ううむ――わかった。軍師は嬢ちゃん——リリスでいいだろう。異論はねぇ、が。なんだって、おまえさんまで救出作戦に同行しなきゃならんわけだ?」
「異能者は子供ですよね。救出するにも精神的に不安定な状態だと、異能が暴走する危険性があります。他の方々より、私は年齢が近いから話し相手になれると思ったんです」
ガルムの脳裏に、自身やスカーレットの過去が浮かんだ。万が一暴走した場合、最悪、救うはずの子供たちが爆弾になってしまう恐れがある。そうなれば救出どころではない。どんな異能かがわからない以上、慎重を期したほうが良いだろう。ガルムの考えてることを察したように、スカーレットがガルムを見て目配せした。リリスの指摘は的を射ている。ガルムはスカーレットと目が合うと、手を挙げて諦めたように頷いた。
リリスはダグが描いた地図の詳細を確認していく。つり橋の長さ、幅と施設の位置、施設の立地場所、周囲の地形。他の余りに詳細な質問には、ダグも答えられずに詰まるところもあった。質問し終えると、リリスは少し考えて作戦を話し始める。
「チームをαとβの二つに分けます。チームαをカレンさん、ダグさんにお願いします。チームαはつり橋を渡り、施設の正面から強行突破してください。監視塔の兵を処理したら、カレンさんが門番を」
「問題ないよ。人質さえいなけりゃ、ダグだけでもお釣りが来るぐらいだしね」
カレンが視線を送ると、ダグは片方の口角だけを上げて応える。
「チームβは私とノル、それと団長です。施設の正面はつり橋が掛かってますが、背後は崖になってます。ダグさんの目視でも背後に対する監視は無かったようです。ですので、チームβは崖を登って施設外側で待機。正面からチームαが突入し、敵の目がそちらに向いたことを確認後、廃棄用に設けられた裏口から一気に侵入します」
「施設の内部構造まではわからないから、あとは出たとこ勝負だね」
カレンが腕を組んでニヤリと笑った。スカーレットが口を開く。
「準備が整い次第出発です。鉄の鳥籠から、囚われた雛たちを救い出します!」
団長の号令に全員が頷く。松明の火が、大きく揺らめいた。




