死闘と成長
「……団長と、話したんだよね?」
リリスの指が、一瞬止まる。
「……うん」
リリスはノルの隣にちょこんと腰掛け、少しだけ声を潜めた。
「やっぱり、団長は、私のこと気付いていた……」
ノルは目を丸くする。
「そうなの!?」
「大丈夫、前世のこと、転生のこと…スカーレット団長は、受け止めてくれた。たぶん、最初からなんとなく気付いて、受け入れてくれたんだと思う」
ノルは静かに頷いた。
「……よかった」
「私も……あなたに最初に話せて、よかった」
リリスは、少しはにかんだように笑ってみせる。燭台の明かりが、石壁に揺らめいて踊っているようだった。
ノルとリリスが騎士団に来た頃の、むせ返るような夏の空気は消え、少しずつ秋の気配が森にも色濃くなる。あれから、二か月が過ぎていた。午後の森は静寂に包まれていたが、突然、空気が重くなる。
「……来る」
黒い巨躯が、闇のように飛び出す。ナイトメアウルフ——ハンターが二分隊を組んで討伐する魔獣。二本の尾が赤く揺れ、ダークウルフの倍近い体躯が見る者を圧倒する。その金色の瞳が、ノルを捉えた。カレンは一歩退き、腕を組む。
「手は出さないよ。死にそうになったら助けてあげる」
ノルは剣を握りしめ、姿勢を低くする。
「血鬼解放」
赤黒いオーラが爆ぜ、森の空気がビリビリと振動する。落ち葉が逆巻いた。ナイトメアがノルのオーラに反応し、地を蹴る。
速い!一瞬で距離が詰まる。
ノルは横薙ぎに剣を振るうが、ナイトメアは変則的なステップで、寸前で速度を殺し、周囲の巨木を蹴りながら背後に回り込む。爪が閃き、ノルの左肩がざくりと裂ける。
肉が飛び、骨が覗く。次の瞬間、傷が泡立ち、みるみる塞がっていく。だが痛みと消耗は残る。ナイトメアは連続で木を蹴り、さらに加速しつつ、あらゆる方向から襲いかかる。腹を裂かれ、腕を掠られ、血が雨のように降る。
「くそっ……!」
カレンの言葉が脳裏をよぎる。
『狼は木で方向転換する。でもその後の動きは直線的だ。お前と同じで、狙いが読める』
なら、引き付ける!ノルはわざと動きを止め、正面から剣を構えた。ナイトメアが反応する。木を蹴って、真正面から一直線に突進してくる。
距離が、三歩。二歩。一歩――今だ!
ノルは地面を蹴り、低く滑り込むようにナイトメアの懐へ飛び込んだ。
「――っ!」
同時に剣を立て、腹の下を薙ぐ。肉が裂け、黒い血が噴き出す。カレンは思わずニヤリと笑った。
「やるじゃない」
だが、傷は浅い。ナイトメアは怒りの咆哮を上げ、木を蹴って跳躍。今度は真上から襲いかかる。額の第三の目が開き、光が口内に集束し、咆哮――衝撃波!
カレンの表情が一瞬強張る。次の瞬間、ノルも咆哮した。
「うおおおおおおおお!!」
赤黒いオーラが剣に渦巻き、同じタイミングで衝撃波を放つ。二つのエネルギーが中空で激突。轟音が森の静寂を破り、周囲の鳥が一斉に飛び立った。ノルを中心に爆風が広がり、森の木々が根元から揺れる。爆風で吹き上げられたナイトメアが、第二撃を放とうと口を開きかける。
だが、ノルが先に動いた。地面を蹴り、木を蹴り、さらに高い枝を蹴り、黒い雷と化して宙を駆け上がる。
「見える……!」
ナイトメアが視界を失った一瞬、ノルは真横から飛び込み、全身の力を剣に込めた。
「おおおおおおおおお!!」
赤黒い軌跡が空を染める。ナイトメアの首が、根元から、綺麗に刎ねられた。首が宙を舞い、巨躯が地面に叩きつけられる。血が噴き上がり、森に鈍い音が響いた。
ノルは着地と同時に膝をつき、肩で荒い息を吐いた。
「……終わった……」
カレンがゆっくりと歩み寄り、満面の笑みを浮かべた。
「浅い斬撃からの即座の判断、衝撃波のカウンター、そしてあの跳躍斬り……二か月でここまでやる奴、初めて見たよ」
彼女はノルの頭をがしがしと撫でた。
「化け物だね、あんた」
ノルは苦笑いしながら立ち上がり、血塗られた剣を握りしめた。
「……まだ、もっと強くならないと」
カレンはニヤリと笑った。
「その意気だよ」
黒焔騎士団のアジトの中央広間。ノルたちが黒焔に身を寄せてから、すでに二ヶ月と九日が過ぎていた。重い扉が開き、長身の男が現れる。副団長、ガルム・ヴァルドリック。身長二メートルを超える巨躯に、無精ひげを生やし、肩まで伸びた髪を後ろで無造作に束ねている。
旅装のまま埃と血の匂いを纏いながら、それでいて顔だけは子供のように朗らかだ。
「おう、スカーレット!今帰った!」
スカーレットが立ち上がり、微笑む。
「遅かったわね、ガルム。紹介するわ。ノル・スタークと、リリス・ローゼン。新しい仲間よ」
ノルとリリスは思わず見上げた。広々とした地下アジトも、ガルムがいると急に窮屈に感じる程だ。ガルムは屈託なく笑い、巨大な手を差し出す。
「よう!おまえがノルか、さっき外でカレンに会ってな。カレンから聞いてるぞ。ログ、えらい拾い物したな!」
がしり、と握手する。ノルは指が軋むほどの力に顔をしかめ、リリスは小さく「よろしくお願いします」と会釈した。
ガルムは豪快に笑い、ログの背中を「軽く」叩く。ドン!という音と同時に「ぐはっ!」と、ログがむせ返る。ガルムは気づかず、声を張り上げた。
「急で悪いが、動ける奴を全員集めてくれ。時間がねぇんだ」




