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4月7日(1)

 クラゲに呪いを、かけられた。色の、分からなくなる呪い。

 新学期初日早朝、ほんのり茜づいていた空の色、キラキラと光る碧い海、右手に広がっている岬の緑は、灰色や、黒や白になった。


(呪いって、こんな感じなのか)


 案外俺は冷静でいられた。もっとなんかこう、ポンッときて痛ーっ!みたいな感じを想像していたけれど、少し煙に巻かれただけだった。


「……」

「『どんな気分?気持ちが悪いかしら、それとも絶望的?驚いて身動きも取れないようね』」

 

 クラゲは、ガラスのような声で嘲笑うように言った。


「どう…って」

「『惨めね。美しいこの世を美しいと思えないのね』」


 この世はそんなに、美しかっただろうか。


「意外と、なんともない、です」


 自分の体を見ていた頭を上げると、淡い雰囲気を纏った、人間の女性の姿をしたクラゲは、驚いたような顔をしていた。

 昔から、感情のはっきりしない人間だった。特に何かあった訳でもない。親が死んだわけでも、虐められたわけでも。ただ「そう」だっただけ。呪いをかけられたのにこんなに反応が薄いのはまずいか?


「『ねえあなた、嫌でないの?』」

「や、まあ、嫌です」

「『……あなたなんかに呪いをかけた(わたくし)が馬鹿だったようね。ま、いいわ。呪いは3年間有効よ。その間に解けなければ…』」

「死ぬ?」

「『ええそうよ。頭がいいのね』」


 死ぬのは、嫌だな。見たいものも、行きたい場所もしたいこともまだ残っているのに、あと2年間、高校に通いながらは難しい。色がなくて困ることは山ほどあるだろう。例えば、ノートの色が分からないとか。


「解く方法はあるんですか」

「『んー、そうね……。ああそうだ』」


 クラゲは少し悩んでから、とんでもないことを言い放った。


「『人魚の涙を手に入れる、というのはいかが?』


 ─────────────────────

(みや)ー!はよ!」

「ミコト。おはよ」


 (あがた)高等学校前バス停。耳に飛び込んでくるのは、親友の声。

 呪いのことを話すべきだろうかと、宮は悩んだ。別に話すようなことでもないと思ったから。けれどミコトは鋭い。のらりくらりと生きているようで、周りのことをよく見ている。

 どうせ隠しても、いつかは異変に気づく。


「ミコト」

「何?」

「俺、呪いかけられた」


 「は」と、ミコトはこれまでに見た事のない顔をした。


「色、分からなくなった」

「え、ちょ、っとまって、どういうこと」


 どういうことかと聞かれても、自分でもよくわかっていないのだ。色が認識できないこと、呪いの期限が3年間だけなこと、人魚の涙を手に入れれば呪いは解けること以外、何も。


「呪いなんて、いつ」

「今朝、早朝」

「今朝早朝!?待って待って、5W1H方式で最初からお願いしてもらっていい!?」


 混乱するミコトの目は、絵に書いたようにぐるぐる回っていた。当たり前だ、ある日突然(しかも新学期初日)親友が呪われたと言い出すのだから。


「……俺が今朝早朝」

「うん」

「海岸で」

「うん」

「クラゲを見つけたら呪いをかけられて」

「……ん?」

「ぶわっと、煙に巻かれたように」

「……うん。OK分かった。ちょっと整理させて」


 宮自身も、実は結構驚いている。自分はどうしてこんなに無感情なんだろう。今までの人生、16年と約1か月、呪いにかかったことなんてなかったし、そんな人はアニメや漫画でしか知らない。いざかけられてみるとそんなに辛いものでもない。物語の中ではみんな揃って絶望していたのに、結局のところフィクションなのだ。

 ――そう。みんなフィクションだと思っていた。少なくとも、呪いは現実にあるということが知れた。この世にはもう少しフィクションではないものが混ざっているのかもしれない。

 現実になかったら、フィクションの世界で使われている言葉は生まれていないのだろう。


 先月まで認識していた靴箱の木の色は、少し濃いねずみ色になっていた。深い緑の掲示板はとても黒かった。そういえば、水泳をやっていたミコトは、栗色の髪をしていたっけ。美術の濃淡が、ようやくわかった気がする。そんなことを思いながら、ミコトとクラス発表の紙を眺めていた。


「英 ミコト……あった、2‐c!今年も21番か」

「俺も2‐c。白澤 宮、13番」


 縣高等学校の2年生のクラスは、校舎の3階にある。近年私立ではエレベーター化が進んでいるらしいが、公立高校の古い建物じゃそうはいかないだろう。

 春休み明けの重い体を引きずりながら、2年生は3階まで上がっていく。

初めまして、和栗。と申します。アルフォートは青派です。

本作が初連載となります。温かい目で見てくださるとうれしいです。

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