秘密基地
深夜。駅のホームに立っていた。制服を着て、通学カバンは持ったままだ。辺りを見渡したところで誰がいるわけでもなく、ただひんやりとした風が通り抜け気持ちよかった。
おーい、と声がする。ふと後ろを振り向けばいつも一緒にバカ騒ぎする友人が手を振っていた。小走りでこちらに近づき、自分より一回り小さい手をポンっと肩に置いてきた。カバンに付けられたイルカのキーホルダーは昨日自分がプレゼントしたもので、喜んでくれたみたいでよかったと心の中で安堵した。
「なんか元気なさそうじゃん?」
「そうかな。いつも通りだけど」
「えー、絶対嘘でしょ!」
「決めつけんなよ......というかお前こそ今日......」
言いかけたところで、あ! と短く叫ぶ友人。耳元で大きな声出さないでくれよ、なんて眉を顰めていればもう一人の友人が軽く手を挙げこちらに向かって歩いてきていた。
「ごめんごめん、遅くなった」
明るい栗色の髪は風に弄ばれていて、急いで来たのだろうか、いつも右耳の付いているはずの黄金色をしたピアスが見当たらなかった。
「もー、遅いよ!」
「大丈夫。さっき来たとこだから」
自分とその隣に陣取る友人との口から真逆の対応が同時に発せられ、栗色の友人はあはは、と楽しそうに笑った。
「今日はピアス付けてこなかったのか?」
「そう! 気になった! お気に入りって言ってなかったっけ?」
そんな質問に本人は、そんなこと言ったっけ、と手を口に当て、
「まぁ、今日は最後だからねぇ」
とボソリと言った。
線路の上を歩いた。田舎だからこの時間になると電車なんてもう通ってなくて、まるでこの世界に三人だけ取り残されてしまったかのように思えた。
「ねぇ、この世界に三人だけって感じしない!? すっごく楽しい!」
どうやら友人も同じことを思っていたようで、カバンをぶんぶん振りながら興奮気味に言った。やめてくれ、キーホルダーなくしたらどうせ探すのを手伝わされるのだから。それでも、楽しいと感じてくれたことが何故だかひどく嬉しかった。
自販機の前を通り過ぎた。
「あ、ちょっと飲み物買おうかなぁ」
なんて栗色の髪を揺らしながら友人が言う。どれにしようかなぁ、あ、おしるこがある、とひとりごとを呟きながら結局コーラを買っていた。炭酸だというのに効果音が付きそうなほどゴクゴクと飲み干すのもまたどこか面白かった。
真っ黒な空を見上げた。どこまでも広い空に数え切れるわけもない星が点々と散っていた。
帰り道に寄ったコンビニ。馬鹿みたいに走り回った公園。記憶が思い出に変わっていた、ただそれだけが涙が出るほど悲しかった。
「......着いた!」
「遠かったぁ......」
「さすがに疲れたな......」
足を止めた先にあるのは、幼い頃自分が住んでいた団地だ。二人ともここで出会い、今の住所へ引っ越したあとも毎日のように会っていた。
「ねぇ、何号室に住んでたか覚えてる?」
イルカを揺らしながら。
「ここの砂場でよく遊んだよねぇ」
栗色が揺れながら。
「なぁ、屋上どうやって行くか忘れたんだけど」
自らの罪を隠したまま。
階段を上る音だけが響いていた。無言になった自分たちの間を、微かに聞こえる赤ん坊の泣き声が通り抜けていった。
「あと何階?」
「もう疲れたよぉ......」
「頑張れ。あと少しだから」
それさっきも聞いたよ......なんて言われるが気にしない。そう、あと少し。あと少しだから。
「やっと着いた! 」
「懐かしいなぁ」
「おい見ろ、もう二時だ」
左腕に巻きついた腕時計をチラリと見て、それから二人にも共有する。
「二時間も歩いてたってこと!?」
「そりゃ疲れるわけだぁ......」
三人とももう疲れ切っていて、屋上のフェンスにもたれかかって座り込んだ。
学校の話、家族の話、趣味の話、昨日見たアニメの話。そんな何気ない会話の中に、たしかに寂しさが紛れていた。
気づけば三時をまわっていて、何分か前まで忙しなく動いていた話題も途切れてしまっていた。
「ねぇ、そろそろじゃない?」
イルカが宙に浮いた。
「そうだねぇ」
栗色がふわりと浮いた。
「......掛け声、どうしようか」
震える声を無視したまま。
夜の向こう側に秘められた宝石を掴むように、フェンスを軽々と飛び越えた。
「せーの、とかでいいんじゃない?」
「最後だし笑って終わりたいよねぇ」
「そうだ、写真撮ろうよ」
暗闇に似合わない弾んだ会話に、いつの間にか笑みがこぼれた。
カシャ、と場違いな明るいシャッター音が辺りに響き渡る。
「せーの」
三人の声が夜空を駆け抜け、夜の底へと消えていく。
始まりの場所で終わりを迎えた、そんな夜の物語。
線路の上を歩くのは危険です。捕まります。
この三人が生きている世界線と僕たちが存在している世界線は別のものです。実行しようとするのはおやめ下さい。
ありがとうございました。