7/玉石混淆
生きていくということは、何かを求めるという行為なのか。それをしないということは、つまりは居ても居なくても同じ……そういうことになってしまうのだろうか。
人間はいつでも、それでも生きていく。仕方なくも、意味もなくも、そんなことは関係なしに……生きる人々。
僕は生きていて、彼女も生きていて、彼女も生きていて、……やはり彼女も生きていた。死んではいない。人間として、生命活動を絶やすことなく、あらゆる意味で《そう》している。
この世に生きとし生ける者全て、全ては余りにも不幸で、余りにも運がなく、余りにも最悪で、余りにも最低。
生きている時点で、それは既にマイナスなのだ…………
「私さあ……許嫁がいるんだって……」
「……へえ。それが、なんだよ。自慢かよ……」
そんなんじゃないことは、分かっていた。彼女の顔を見ていれば、そんなことは明らかだ。
「……別に、違うよ。……ただ、どうしてこんなかなぁーって。私何で、どうしてかなぁ」
「…………」それは何か……彼女が、僕に理解を求めて欲しがっているかのような。そんな風に聞こえた。
僕に何ができるというのだ。僕が何を変えられるというのか。こんな僕なんかが、どうしろというのか……
「私、生徒会長です」
「知ってる」
「私、成績学校で一番です」
「それが……」
「私、結構可愛いです」
「……まあ」
「いい身体、してると思います」
「…………まあ」
「女の子、です」
「当たり前だ」
こんな可愛い男の子は居ないだろう。世界には、まだ僕の知らないことが数あれど、こんな可愛い男の子は多分いない……と思う。
「…………人間、です」
「当たり前だ……」
こうして僕に話しかけている君。言葉が、一つ一つ儚げで。一つ一つ朧気で……何故かそれは危険な魅力というか、危なげな魅力がした。可愛い女の子、だ。天童アカリ…………
「……人間って、どうしてこんな……」
彼女は、言う。
「辛いの、かな……」
「……………………辛い?」
「辛い、ていうか苦しい、ていうか……」
「君がどんな風に思っているか、知ったことではないけれど……君と僕は何にしたって、全然無関係の……赤の他人だけど……」
お前は、何を苦しむ? 何を辛い……
「僕で良かったら……話をきくよ」
彼女は……そして、何かを躊躇うように、何かを迷うように、それでも僕に正面を向けていた。
綺麗な瞳。その二つに僕の姿が映る。本当に綺麗な目。
「私は…………」
私は……
「私は……」
…………
「……ううっ、いやっっ。違う……駄目ダメっっ。違うの、違うのっ……やっぱり駄目」
「……は」
だからそれは、どういう意味?
「今のは無しで……」
「無しって……」
別にいいけどさあ。僕は別にいいけどさあ。何か、何かあるような気がして……こっちもそれなりに身構えていたけど、まあ……
「ああ……」
「すいません」
別に謝らなくたって……いいのに。そんな必要はないというのに。彼女は、彼女は……
一体何を迷う。
「あはは、はは。気にしないで、ね。面白くなかったよね? ごめんごめん……」
「ああ、滅茶苦茶すべったよ今の」
全然面白くも、可笑しくもない……可愛い女の子が、その顔を歪めている絵なんて、全くつまらない。
全然、面白くない。
「……面白い話をしよう」
「……へ?」
何を思ったか、そんなことを言っていた。そんな自分でハードルを上げてどうする。僕は。
「昔、さあ。挫折したんだよ。僕。スランプっていうか、洒落にならない程の……地獄」
「…………」
どうしたのかなあ僕は。
「十四、十五ってところか……まだ中学生位。あらゆる意味で未熟だった……」
そんな僕の時代。洒落にもならない、昔話。
「ある日、ふと思ったんだよ。馬鹿馬鹿しい程に、瞭然な問題。どうにもならない、人間に知能があったばかりに行き着いてしまった……人が一生越えられない壁」
馬鹿馬鹿しい、話だ……
「人間って、いつか死ぬだろ」
《死ぬ》それは何もないということ。全てがないということ。存在がないということ。果てしない、《無》ということ。
「人間は、いつか死ぬ。男より、女の方が長く生きるというけれど、それでもそんなのは、些細な違いだ。僕は、いつか死ぬのなら、今生きている意味が分からなくなって……いつか死んでしまうのなら、生きている内に何をしようが、何を成し遂げようが無駄な気がして……」
そんな時が、僕にもあったなと……感慨に耽りながら、
「…………」
「何もする気が起きなくなって、何もしたくなくなって、全てを諦めて、全てに絶望した。馬鹿な餓鬼だと……君も思うだろう? そんなことで、潰れてしまうなんて……なんて弱い人間だ」
思い出して恥ずかしくなる、僕の暗黒時代。何もかもを知らなくて、何もかもを知らなかった頃の話。……自分の力を、まだ知らなかった、頃の話。
「…………」
「……まあでも、今は大丈夫になった。思考が柔軟になったって言うか……考え方が大人になったって言うか、もうそんなことで潰れたりしない。成長、したのかもな」
「……私も、いつか……」
「?」
彼女は、言う。
「私も、いつかそんな風に……なれるかな」
「…………」
「今が遠い過去になるぐらい、時間が経ったら……そんな風に笑いながら、昔話にできるかな……」
「君次第だ」
天童アカリなら、多分やるだろう。彼女は、僕なんかとは違うのだから。僕とは違う世界で……僕とは違うことができるはずだ。
「……ありがとう、私……頑張れるような気がする」
「それはどういたしまして」
感謝されるような、ことではないさ。彼女は、天童アカリは……
「よし、《粉骨砕身》頑張るよ~」
「……はは、《孤軍奮闘》頑張ってくれ」
「独りじゃないよ……」
「?」
彼女は、言う。
「君が、いる」