5/運命邂逅
バキィィッッ
この状況で、何をどうしたらそんな破壊音のような、破滅的な音が聞こえてくるのか分からない。
それはまるでドアをぶち破って何者かが侵入してきたような、まさかそんな荒唐無稽なことが現実にあるわけないじゃないか。
だがしかし、僕の目に映る現実は紛れもないそれだった。
おいおい気が早すぎるんじゃないのか。まだ始まったばかりじゃないか。
ここ迄早いとは僕も思わなかったぞ。これからこの可愛い保護対象と、いくつかのイベントとかがあって親交を深めた後でバトルパートがくるんじゃないかと思っていたが……
いやいやっていうかさっきの声がお嬢様って。
ドアを突き破った《何者か》はその勢いを止めることなく、同時に殺気を解放しながらこの僕に向かってくる。
仕方なく力で押さえ込むことにする。相手が向かってくるのだから、これは正当防衛だ。許されて然るべきだ。
それが敵でなく、ましてや《切断魔》等では決してなく、恐らくこの可愛い保護対象の関係者であり味方なのだとしても……
突進してきた人影の動きを正確に見破り、驚くべき速さだが……僕もだてにこの仕事をやっていない。
こんなことは慣れっこだ。日常茶飯事、と言ってもいい。
この僕にかかればそんな速さは止まって見えるのと同義だ。
なめんじゃねえっての。侵入者の額を正確に狙って人差し指と中指を揃えて牽制した。
牽制だがそれはいつでも攻撃に移ることができる牽制だ。
そうでなければ、こいつ本気じゃないな、なんて見破られて次の瞬間には御陀仏だ。僕はそういう世界で生きている。
こいつは僕のいる世界とは程遠い。ランクが違う。格が違う。何から何まで僕の方が勝っている。
そいつは僕の牽制に動きを封じられ、その場に立ち尽くす。
よく見てみればやはり若い女性だった。確かに若い女性ではある。
だが、それは世間一般的な若い女性像とは程遠い。一目でわかる。戦う者の姿だった。
「……くっっ」
彼女は僕によって動くことを禁じられ、なす術なく立ち尽くす。
「あんた誰ですか」
「お前こそ、何者だ……」
そう言って僕の問いに問いで返す彼女。まるで外国の富豪の家に仕えるメイドのような、格好をしていた。
エプロンドレスにホワイトブリム。まるっきり、というかそのまんま、それは確かに《メイド》らしき姿だった。
やべ初めて見たよメイド。実在したんだなメイド。現実に存在したんだなメイド。……いいな。
しかしその目はギラギラと好戦的な光を放っていた。……その歳で、綺麗な顔をしてそんな目をするか。
全く恐れ入る。背筋が凍る思いだ。……こいつがいつか自分に報復しにくる前に、ここで潰しておくべきか……
そんな気が起きてすぐに思い直す。とりあえず今は味方だろう。今は……
「桜さんドア壊しちゃダメだよ。入るなら普通に入ってきてよ」
可愛い保護対象は、そう言って自然に会話に入ってきた。
「……申し訳ありません、お嬢様。得体の知れない気配を感じましたので、緊急自体かと……」
「得体の知れないって……」
何だ天童財閥は情報管理さえまともになっていないのか。対象の側近にくらい話を通しておけよ。
……ん? まてよ。まさかまた柳先輩じゃないだろうな。
「止めてあげて、信頼の置ける私の、メイドさんだから」
「……メイドさん、ねえ」
やむなく牽制を解く。同時に殺気を収めた。すると彼女はショートカットの髪の毛を直して、こちらに向き直る。
行儀よくお辞儀。見るからに人としての器の大きさが窺える仕草だ。……少しタイプかもしれない。
「……桜守と、申します。あなたが例の人でしたか。ご無礼をお許しください。これが私の性分ですので……」
サクラマモリ。漢字二文字でサクラマモリ。可愛いと言うよりは格好良いが似合う大人の女性だった。
「ああ、こちらこそすいませんでした。何も考えずに威嚇しちゃって……」
とりあえず謝罪。
「ええ。それ位でないと仕事をお願いした意味がないでしょうから、結構ですよ。合格、と言ったところです」
えー、なんか生意気。けどそこが良い。ツンツンしたとこが少し好みだ。まあ僕はロリコンだけれど。
「それはどうも……」
「あーあ完全に壊れてるよ。風通しよくなっちゃったよ。どうするのもー」
何かこういうことが当たり前みたいな接し方。この人はこれがいつものスタンスなのか。
とんだ暴力メイドもいたものだ。いやいや全く恐れ入るよ。
「……後で手配しますので」
「早くしてね」
「かしこまりました……」まあどうでもいいが……。いやどうでもよくないか、これから一緒に仕事をする人間ということにもなるのか。
この綺麗な歩く暴力メイドさんとは、やはりそれなりの信頼関係を、か……
しかし僕としても、綺麗な人とお近づきになるということについては、まんざらでもなかったりするけれど……
やはりと言うか、僕としては、あの質問をまずしなければならないだろう。
「あの一つ聞いて良いですか……桜さん、桜守、さん」
「……なんでしょうか」
「……またやるのあれ」
やるとも。やるさ。やらなくてどうするんだ。やらなければ、僕が廃ると言うもの。
四文字熟語オタクの名にかけて、ここはどうしても譲れないっ。
「あの……なんでしょうか」
「年下でも大丈夫ですかっっ?」
聞けなかった。やっぱり聞けなかった。オタクだと思われたくなかった。気持ち悪い奴だと思われたくなかった。
「……はあ、ええと……」
「あっ私のときと違うっ。何で? これ差別かな? 差別じゃないのかな? どうしてこんなに扱いが違うのっ?」
「何のことだいアカリ。全然分からないなあ。何のことだいそれは」
何と言われようが、誰に言われようが、僕は四文字熟語よりは綺麗なメイドさんが好きなのであった。
これが現実だ。……どんなに格好良く言ったところで、格好良くはならなかった。……現実は厳しい。
「……う、うう。何よもお。桜さんの方が、良いっていうの? ヒドい。私の彼氏じゃなかったのー」
「それはだから振りだよ振り」
「……何のことでしょうか? 彼氏、とは」
「いやいや気にしなくていいですよ。こっちの話なんで……」
「こっちの話! そうねこっちの話だわ! 私と桜さんとで女性としての扱いが違うのだって、こっちの話だから!」
やれやれ。何かすねてるよ。こいつやっぱり頭悪いな。行動が感情的というか何というか……勉強とか成績とかは置いといて、人間としてまだ子供だ。
「まあまあ落ち着けって。……ほら好きだからさ」
「何それ軽っっ。軽いよ、軽すぎるよ。そんなに何も感じない言葉って逆に凄いっ」
キャラが軽くなってる気がする。彼女、こんなに突っ走る性格だったのか。だとしたらようやく僕に気を許してくれたということかな。
ふふふ。それが僕の狙いだったのさ。……言ってて虚しいな。ごめんなさい嘘でした。
「それにしても、ここまで若い方だとは……業界最高峰の方が来ると聞いていましたが、あなたがそうなんですか?」
「ええ。業界最高峰です」
そういうものに、業界があるのかとも思うけど……他に何と言えばいいか思いつかないので仕方なく善処。
いやあ気持ち良いもんだねえ。綺麗な人に最高峰なんて言われちゃったよ。褒められてしまったよ。
……まあ悪くはないよな。悪くはない。
「うう……無視された……」
打たれ弱っ。天童財閥の一人娘打たれ弱っ。……こんな僕なんかに無視されたぐらいで落ち込むことはないさ。
こんな僕なんかに、ね……。
そんな自嘲で、格好付けて斜に構える僕。相変わらず格好悪。
「お嬢様、お気を確かに。お嬢様は充分魅力的ですよ」
「ぐすん……そうかなあ」
「はいそうです」
なんかどっちもバカっぽいなあ。低レベルな話し合いというか、この人もひょっとして天然かなあ。
「お嬢様をいじめるのなら、今すぐ決着をつけても……」
「はは、面白いっすねえ。やりますか。格の違いを見せて……」
「だめに決まってるでしょっ。何で私がこんな真面目なこと言わなきゃならないのっ」
面白い感じに、キャラが乱れてきた。天童アカリはノリのいい奴だった。