17/過去残像
「ねえ、サクラさん。そのわたしを守ってくれる人、どんな人なのかなあ。男の人かな? それとも女の人?」
「男性の方だと聞いています。何でも、その方面に関しては一流の手練れだそうで、《そちら側》では有名な方らしいです。……旦那様が、親交のある組織の者で、相当な人物のようです」
「そっか、じゃあ……わたしはもしかしたら、死なないかもしれないね。救われるかも、分からないね。それはそれは、良いことを聞いたよ」
「……お嬢様は、大丈夫ですよ」
「そうだね、大丈夫かな。わたしも、大丈夫じゃないよりは、そっちの方がいいし」
わたしは、どうしたいのだろう。本当はどうしたいのだろう。
未だに、自分のしたことが正しいことだったのか分からない。間違っていたのかどうか分からない。
それでもわたしが、どうしても……それを止めなかったのは、プラスでもマイナスでもいいから、何かを変えたかったからだろうか。
「お父さんは何て言ってた? 別に何もないか……。何かなんて、あるわけもないよねごめん。お父さんが相手しているのは、いつだってもっと大きなものだろうしね。個体単位じゃなくて、世界単位の人間だものね。わたし一人なんかに、端っから標準すら合っていないか」
相手にするしないどころか、立っている場所がまず違う。立っている段がまず違う。
わたしとあの人の世界は、悲しくなる程に、泣きたくなってしまくらいに、遠くて。
そんなことに違和感がなくなってしまったわたしは、やはり何処か間違っているのだろう。
「……お嬢様」
目の前のこの綺麗な従者は、自分のことを気にかけてくれているのだ。家族のことのように、慕ってくれているのだ。
彼女がいることの大きさには、わたし自身……助けられている。どんなときにも心に思い浮かべることのできる存在は、自分が本当に追い詰められて……本当の本当に助けが欲しいときに、その手を差し伸べてくれる。
心に手を、差し伸べてくれる。
そんな存在が、側にいるかいないかで、人間の人生なんて百八十度狂ってしまうだろう。
二百七十度、狂ってしまうだろう。
わたしが一回転して、元に戻ったような人間であるように。
「その人は、男だったよね。男の子かな、オジサンかな。それともその真ん中くらいかな? うーん、でもそんな仕事をしているなんて、そうそう若くないか。ちょっとがっかり」
「……どうでしょう。しかしお嬢様の仰るとおり、やはり《そちら側》を生き抜いてきた、凌ぎを削ってきた者でしょうから、若くはないのでしょう」
「そっか、そうだよね。いやいや、別に何もないよ。けどさ、歳が近い方が……色々お話しできるかなあって。そうだったらいいなあって」
わたしの周りにいる《歳の近い》人間は、わたしのことを本当に見てくれはしない。
学校に友達もいる。先生方とも、それなりの親交がある。けれど、そのどれもが……わたしを《わたし》として見てくれない。
《天童》としての、《生徒会長》としてのわたししか見ていない。
見てくれていない。
別に、わたしはそれでもいいのだ。そこまでの関係なんて求めてはいない。
そんなものは両親だって与えてはくれなかった。
サクラさんは、わたしを一人じゃないと言う。
けれど、それは孤独じゃないという意味の言葉だろうか。
人は、いつだって困難には一人で立ち向かわなければならない。その人間にとって、本当に重要な分岐点において、誰かの助けを求めることは、間違っているだろう。
でもそれは、孤独とイコールだろうか。
「話しが通じるかどうか、わかりませんけれど。私達と《彼》では、住む世界が違うのでしょうし……もしかしたら、言語だって、違うかもしれません」
「……わたしに話せない言語って、あったかなあ」
…………一応優等生なので。
「……失礼しました、例えが悪かったようです。私達とは違う世界で、生きてきた者に……私達が当たり前のように使用している《言葉》が通じるでしょうか、ということです」
「……まあそれは、しかたないよ」
それはどうしようもない。
「でもさ、どうしよう。好きになっちゃったりして。一目惚れしちゃったりして。世界が違くても、愛は通じるでしょ」
「……御冗談、でしょう」
「……分かってるよ。分かってるサクラさん」
「…………」
確かにそれは、悪い冗談だった。