16/理解渇望
「……そう」
「……あれ、それだけ? そうって、呆気ないなあ。もっと何かあるんじゃないの? 私が、あの《人達》を雇ったんだよ。まあ私が表向きに動くわけにはいかないから、サクラさんに手伝ってもらったけどね。とにかく、今回のことを観客席から見てたのは私。もっとも、途中から居眠りしちゃったけど……」
彼女は、それでも続ける。壊れた人形のように、続ける。
「ごめんね。君のしたことは、あんまり意味なくなっちゃったよね。意味がなくなってくるよね。いやもっと謝らなきゃいけない人がいたね。あの部屋で今頃《処理》されてる……死んじゃったからもう謝れないねえ」
「ちょっと危ない橋だったかなあって、思ったのは何回もだったよ。もしもお父さんか誰かが呼んでくるプロの人が、私の見つけた《人達》よりも劣るようなら……私は、そのまま殺されちゃったかもしれないし。死にたかったわけじゃないからねえ。痛いのは嫌いだし、苦しいのは駄目だし。それは少し怖かった」
「サクラさんは、最後まで反対したけど……私の為に折れてくれた。私が、冗談でも酔ってるわけでもなく……本当の本気でそうしたいって、伝えたら許してくれた。そうだね、一番謝らなきゃなのは、サクラさんだね」
「謝るって、何を」
僕は、そんなことを言っていた。苛立ち混じりに、突き放すように言った。
「え?何をって、当たり前じゃない。私一人のわがままに付き合わせて、周りのみんなに迷惑をかけたってことをだよ。やだな、私だってそれがいけないことだって……思ってたつもりだよ。間違ってたって自覚して……」
「お前、何か勘違いしてないか」
僕は、事情に深入りすることを選んだ。プロフェッショナルは、プロフェッショナルであればあるほど、仕事に感傷すべきじゃない。
先輩から、さっき言われたばかりだ。
それなのに、僕はそれに反しようとしている。仕事相手に、干渉しようとしている。必要以上に、干渉しようとしている。
「勘違い……?」
「お前、謝れば済むとでも思ってんのかよ。ごめんなさいって、一言……それで何もかも元通りって、そんな風に考えてるのかよ」
自然強くなる口調。周りの視線を忘れて、ただただ感情的になっていく自分。
分かっていて、それが止まらない。目の前の少女に、一言どころかもっとたくさん言ってやりたかった。
「何人死んだと思ってる。何人が振り回されたと思ってる。……それはそうだ、人が死ぬなんてことは、大して珍しいことじゃない。一カ国で見れば、一世界で見れば……人が命を落とすなんて、それは避けられないことだ。僕だって、その数字を多少なりとも手伝ってんだからよ。でも話しはそういうことじゃねえ」
その表情を、困惑のそれにして、彼女は僕の言葉を待つ。
「謝って済むなら、警察はいらねえし、ごめんで済むなら、《僕達》はいらねえんだよ! お前は何も分かってない。《僕達》のことをただ知識として、舐めてかかってんだよ。僕達は、そういうんじゃねえんだよ! 殺せと言われれば殺すし、虐殺しろと言われれば虐殺すんだよ! 《彼女達》は、お前を殺そうとした。そしてその過程で、僕に殺し返された。今回のことで、一番損な役回りをやらされたのは、あの二人じゃねえか。ふざけんじゃねえ! 《僕達》はお前の為に、見せ物をやりに来たんじゃねえんだよ! プロの野球選手を誕生日に呼びつけて、キャッチボールさせる馬鹿がどこにいんだよ!」
「……でも、でも私、え……。何で、何よっ!? 何でどうしてっ、……」
信じていた相手に裏切られたとでもいうような、寄せていた信頼を拒絶されたかのような、そんな表情に変わっていく。
「僕達は、必要とされるからこそ、存在していられんだよ! 依頼のこない仕事なんて、成立しないだろうが。観客のいないプロ野球なんて、ないだろうが! 客のいない商売なんてねえ! その客が裏切ってどうすんだよ! 必要と必要をぶつけるような真似しやがってっ! 僕達が《僕達》同士で闘うなんて、そこには矛盾しか生まれねえんだよ。どちらか一方の必要が……叶わないんだからよ!」
「……ううぅ、でも……でも」
一旦言葉を切り、感情を高ぶらせた自分を制すると、周りの人混みが皆僕達を見ているのに気づいた。
大通りには未だ多くの通行人が行き交っており、何かを起こせばそれらの注目を集めるだろうことは、容易に察しがついただろう。
しかし、僕は再び声を強くして言う。「お前は、どうしたかったんだ!? 何をどう、変えたかったんだよ! 何がどうなって欲しいんだ!? そしてよく考えたか!? 何回も、何回も……何回も何回も考えたか!? それが、本当に正しいことかっ! 間違ってないか考えたのかよ!?」
「…………な、何で。う、……は、はは」
彼女は、恐らくずっと、ずっとずっと被ってきた仮面を、偽り続けてきた何かを、全部放り出して……何もかも取り払ったように、胸に手を当てて怒鳴る。
「何でっ、あなたにそんな事、言われなきゃっっ…いけないのっっ!?」
周囲の喧騒が度を超していくことも意に介さずに、彼女は言う。
どうやら周りの野次馬は、恋人同士の別れ話とでも思ったらしい。そういう種類の好奇な視線が注がれる。
「あなたに、何がわかるってっ…言うのっっ!? 私の何を、知ってるのよっっ!? あなただって、そんな仕事して、昔に失敗したとか言ってっ、こっちの同情でも、欲しかったんじゃないのっ!? 大変だったね、とか…頑張ったね…とか、言って欲しかったんでしょっっ、あなたに言われたくないっっっ、そんなことっっっ!!」
彼女のそんな言葉は、浅い挑発だと分かっていながら、僕を無意味に煽っているなんてことは、自明だというのに、僕は……。
「っっ、お前っ!! お前っお前っお前っ、そこまで言うだけのっ、覚悟があるんだろうなぁっっ!! 他人の全てと向かい合おうって言う、そんな責任を背負えるんだなっっ!! 僕の全てを否定するつもりでっ、お前の全てを賭けられるってのかよ!!」
「ええ、あなたの全てなんてっっ、簡単に否定してあげるわっっ!! 私の苦しみをっっ、あなたに味あわせてあげたいくらいっっ、わたしが……わたしが、わたしが……今日まで、そしてこれからもっ、どんな思いで生きてきたかっっ、生きていくのかっっ!! 世界の面倒をっっ、見ろって言われたこと、あなたにあるっていうのっっ!!」
そんな風に、僕達は怒鳴りあった。子供のように、大人ではないかのように、今までの紛い物の関係を一からやり直すが如く。
何もかも捨て去り、感情を剥き出しにして、お互いをお互いにとって敵とし、容赦のない言葉を、ぶつけ合った。
正直、悪い気はしなかったのだ。自分は、悪い気はしなかったのだ。
こんなにも、手加減をせずに……手抜きをせずに、本当の本気でぶつかり合える相手というものを、自分はいつしか失ってしまっていたことに気づいたのだ。
自分はいつでも、どんなときにも、相対するものを見下していて、どこか……馬鹿にしていて。
本当の意味で向かい合うことを、してこなかった。誰かが自分を睨みつけていたって、自分はそれを無視しただろう。
それが自分という人間なのだと、信じていたというよりは、諦めていたのかもしれない。
諦めないという責任を、負うことに耐えられなかっただけなのかもしれない。
プロだ仕事だといいながらも、それらしいことをいっておきながらも、僕はそういうところ、どこか中途半端だったのかもしれない。
その中途半端ゆえに、僕は彼女の言葉に我を忘れる程にまで乱されたのだろう。心のどこかに、納得いかないことがくすぶっていたのかもしれない。
本当なら、そんな少女の戯言なんて受け流すべきだったのだ。真に受けることなんてせずに、無視を決め込めばいい。
それで終わり。それだけで、終わりだった。
なのに、僕はそうしなかった。いや、そうしなかったのではなく、というよりは……できなかったのだろう。
自分と何処か似た境遇の彼女に、自分を重ねてしまったのだろう。違うようで似た者である彼女の、偽りを捨てた……心からの叫びを、無視できなかった。
苦しみにのたうち回る、自分を見ているようで、放っておけなかった。
鏡に映る傷だらけの姿を見ているようで、無視なんてできなかったのだ。
それもまた、僕の未だに直らない間違いの一つなのだろうけれど…………