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15/心情吐露

「そう言えば、結局……《彼女達》は誰に雇われて、天童アカリを狙ってきたんだろう」


「……うーんそれはそうだけど、それはそうかもしれないけど……まあいいじゃない。こうして仕事は終わったんだしさ。《切断魔》を撃破! したじゃん」


「まあそうなんですけど」


場所は変わらず、高級ホテルの最上階スイートルーム。


まあしかし、部屋中に飛び散る肉片や……部屋中に塗りたくられたような赤黒い血がそれに相応しいかと言えば、決してそうではなく。


汚れ一つない、ただ一カ所血や肉で汚れていない場所は、隅に置かれている豪華な装飾が施されたベッドだけだ。


「それにしても、まさか《切断魔》が……二人組の女の子だったなんてね。私は筋肉ムキムキのオジサンかと思ってた」


そう言えば、またあの質問を《彼女達》にするのを忘れていた。やばいな、なんか僕が四字熟語オタクっていう設定が、初期のキャラみたいになってる気がする。


そんなことはありませんよ。


ほら、サブタイトルだって四字熟語だろ。時々有りもしない四字熟語を勝手に作っちゃうこともあるけど。


アカリもそうだけど、相思相愛って厳密には四字熟語じゃないんだよな。


四字で熟語ではあるけれど、四字熟語ではないのだ。


「なにしてんの、誰に語りかけてるの?」


「いや、何でもないですよ柳先輩」


部屋の中には、僕と先輩の他に五、六人の人間が《作業》している。


彼等は勿論、《僕達》と同じだ。全員が清掃員のツナギのような服装をしているが、当然ただの清掃員ではない。


《僕達》の戦闘や暗殺によって発生する、こういう場合に後片付けをする専門の人達だ。


通称《処理班》という。僕のように、事後処理が大変な部類の、《やり方》を使う場合……彼等がそれの後始末をするというわけだ。


僕なんかは、毎回お世話になっている。戦闘になると、見境なくなっちゃうんだよな僕って。


それが、柳先輩の仕事の際、僕と行動を共にしない理由らしい。


そういうときの君って……怖いんだよ。

そんな風に、言われたことがある。


「そう言えば、天童アカリは大丈夫? さっき大変だったんでしょ。依頼を遂行したって、保護対象の精神が崩壊なんてしたら……本末転っじゃなくて意味ないよ」


なんか言いかけた。いよいよ嫌がられてるな。


四字熟語は素晴らしい日本文化だと思うんだけどな。中々理解してくれる人が現れない。


「もう大丈夫になったと思いますよ。今はマモりさんと、別室で休んでます。」


「そっか、じゃあもう……終わったんだね」


「……ええ。一ヶ月くらい、でしたか。少し楽しかったような気がしますよ」


悪い気はしない。殺し方も取り返し、今回で得たものも多いように思う。マモりさんは綺麗だし、《切断魔》の二人の金髪じゃない方は、結構好みだった。


惜しいことをした。


「楽しかった、て? それは凄いね。それだけのことが起こっておきながら……それだけのことをしておきながら、楽しかったなんて、そんなこと……外れてるよ。君らしいとも言えるかな」


「そうですか」


「まあいいんだけどね。久しぶりって言ったら、私も君と久しぶりだし。天童の子とか、さっきのメイドさんに夢中になって……私のこと忘れてないかなって」


眼鏡を押し上げるような仕草をして、口の両端を吊り上げる彼女。


「そんなわけないですよ。僕は好きですよ、先輩のこと」


「……さらっと言ってくれるね」


まあ嬉しいけどさ。


嘘ではない。先輩は僕にとって、重要な存在で大切な存在だ。嫌いであるはずがない。


好きでないはずがない。


世の中の圧倒的大多数の人間が、僕にとって好きでもない嫌いでもない存在であろうがなんであろうが、彼女だけは違うと言える。


姉のような存在だろうか。


「それより柳先輩。そのアカリの暗殺を依頼したのは誰かとか、その理由とかって……やっぱりわからないままなんですか?」


「……突っ込むね。それは君らしくないな。ちょっと意外。別に知らなくていいんじゃないの? 私達は、プロで……あくまで仕事なんだよ。事情に深入りなんて、するべきじゃない」


そこに何があろうとも、ね。


「……ですよね。私情を挟むな、ですか。すいません、先輩」


「いや、別にいいけどね」


「……そういえば、《彼女達》が狙ってきたのは天童財閥、現総帥の天童清でもなく、その夫人の天童岬でもなく……アカリだったのは、どういうことなんでしょうか」


天童に経済的なダメージを与えたいのなら、将来の後継者を消すようなやり方は、その効果が少し遅い気がする。


いや、遅すぎる。


天童の破滅を望むのなら、単純に一番上を叩くべきなのだ。


「まあ、確かにね。何かあるんでしょうけど……やっぱりその何かには、私達は関係ないわ」


関係すべきじゃないわ……。


「そう、ですね」


本当に、それでいいのか。これで終わっていいのか。


「よし終了。この話しはお終い。今回の報酬は、ケタが違うわよ。もう君の仕事用口座に振り込んであるから、後で確認して」


「はい、了解です」


「次の仕事はまだ、入る予定はないから……久しぶりの長期休暇ってとこかしら。君ものんびりするといいよ。その腕も、暫くは付け外ししない方がいいね。あんまり見境ないと、寿命を縮めるからね。君の《あれ》は」


「はい、わかりました」


「今度、二人でどこか遊びに行こっか? 私も休み取れるし、たまには羽目を外したい気分なんだよね。そうだ、ディズニーランド連れてってよ。私行ったことないんだよね」


「わかりましたよ。調べときます」


「うん、それじゃあ……私はもう行くね。先に帰らないといけないのよ」


「はい、お疲れ様です」


うん、またね。


そう言って、先輩はドアを開けて出て行った。


そして入れ替わりに誰かが入ってきた。先輩を避けるようにして、軽く会釈を交わし……入れ違いに室内へ入ってくる。


それは、マモりさんだった。別室でアカリの相手をしているはずの、彼女だった。


「アカリは、落ち着きましたか?」


そんなことを、聞いてみた。


「ええ、もう大丈夫ですよ。お嬢様は、そんなに弱い人ではありませんから」


「そう、ですか」


「ええ、それはいいのですが。少し宜しいでしょうか?」


「なんですか?」


「お嬢様が、お呼びです」




まともに外へ出たのは、本当に久しぶりだった。長期間アカリに付きっきりで、あの豪華な堅苦しい部屋にこもりきっていたのだから……新鮮な外の空気は妙に心地よい。


騒がしい昼過ぎの都会には、まるで虫の大群のように人が行き交っていて、自分もその一人だと思うと嫌になるが。


ホテルから外に出たすぐの大通りを、隣に一人連れて、僕は歩いていた。


天童アカリ。


彼女はいつものドレスを脱ぎ捨て……だからといってそれは別に全裸で街を闊歩しているのでは当然なく、彼女が楽にしたいときによく着ているミニスカートにラフなシャツという姿だった。


「どこに行くんだ?」


「どこか」


「…………」


もうお別れなんでしょ? 仕事が終わったから、もう行っちゃうんでしょう?


だったら最後に、恋人ごっこにもう少し付き合ってよ。


最後に……少しだけ。


ということだった。先程、別室において彼女から頼まれたのは。仕事が終了したから、関係はもう切れてしまう。


もう関係ない。彼女と僕は……無関係だ。なのに、彼女はそんなことを言ってきた。


僕の隣を、淡々と歩く彼女は、どこからどう見ても、普通の女の子にしか見えない。


「私、嫌だったんだよね」


唐突に、彼女は話し始めた。


「私は、そう遠くない未来に……もうすぐそこにある将来、天童としての人生が始まる。一人の人間としてではなく、《天童》としての、ね」


「許嫁の人は、私より……八歳も年上の人なの。まだ会ったことないけど、その人が次世代の天童を担うことになるんだよね。愛情とか、そういうのを期待するのは間違ってると思うよ」


「だから私は、その前に……少しでいいから、一回でいいから、夢を見たかった。凄くなんてなくていい。普通の、些細な、一人の人間としての夢を」


そうして彼女は、僕の方に向き直る。


その両目を、真剣なまでのそれにして……二つとも向ける。


「……だから、仕方ないでしょ。仕方ないよね。他にどうしようもなかったんだから。許してくれるでしょ」


「……なんだよ」


彼女は、何でもないことのように、何でもあることを言った。


「私だよ……」


「…………」


「だって、そしたら何かが変わると思ったから。これまでとは違うことが、起こると思って」


その表情は、自分を理解してくれるのが当然というような、そんな信頼にも似た……寄りかかってくるような、儚い笑顔。


「生きるか死ぬかなんて、それだけで何か楽しそうじゃん。生きも死にもせずに、人形みたいに《いる》だけじゃなくって……もっとギリギリで、何かを感じたかった」


「だから探した。私を殺してくれる人を、探した。私の全部を滅茶苦茶にしてくれる存在を、求めた」


無理だったみたい、だけどね。そう言った。

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