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14/阿鼻叫喚

携帯電話のコール音が僕の耳元で響き、それが五、六回続いた後にプツッといって女性の声が聞こえてくる。


「もしもし、どうだった? どうなった? もう終わったの? 仕事が終わったの? それとも私達が終わったのかな……」


「……大丈夫ですよ。終わったのは仕事だけです」


そう、それは良かった……と。本当に思っているかどうか怪しい言葉だ。この人はきっと心配なんてしていない。


そういう人じゃない。


「終わったってことは、じゃあ《切断魔》倒しちゃったってこと? なのかな」


「……ええ、まあ。」


「ふーん。まあ私は、どうせ大丈夫だと思ってたよ」


君が負けるわけないしね……そう言った。先輩の素直な信頼は、普通に嬉しい。自分が独りじゃないと、思える。


それはとても大切なこと。忘れてはいけないことだ。


「じゃあ後お願いしますよ。ここ、ちらかっちゃってるんで、血とか肉とか……処理班まわしてください。後片付けしないと」


ここで起きたことは、表向きにはなかったことになる。起こらなかった、ことにする。


証拠を隠滅し、痕跡を隠滅し……何もかも、なかったことに……


彼女達の存在は、誰にも知られることなく、消失する。


裏の畏怖すべき《名》が一つ消えたのだから……色々な憶測は流れるだろう。


《切断魔》は負け、その命を奪われた。


「はいはい。分かったよ。ていうか私も行きます。久しぶりに君の顔……見たいしね」


「そですか。じゃあまた後で」


プツッと、そこで通話は途切れる。そこで後ろから声。


「……私には、何がなんだか、分からないのですけど。ええと、どうやら……これで終わりなんでしょうか」


「ええ、対象の殺戮を遂行しましたので、これにて任務終了。依頼完了。ということになりますね。お互い、お疲れ様です」


マモりさん。先程の一部始終を見届けた一人として、何か思うところがあるらしい。そんな顔をしていた。


「はあ……。あの、キリコさん。これは、聞いてはいけないことなのかもしれませんが……」


神妙な趣になって言う。意味あり気な表情になって言う。


「さっきの腕、左腕。どうやったんですか? というか、もう色々有りすぎて大変ですよ。人間の人体って、そんなに簡単に、壊せるものなのでしょうか」


細切れになった肉片や血でぐちゃぐちゃに汚れた床に立って、僕達は話している。


マモりさんもさすがというべきか、その状況自体に動じはしない。きっと彼女はいくつもの修羅場を潜ってきたことだろう。


けれど、そんな彼女ですら……僕の《あれ》を未だに受け入れられないらしい。


「無理ですよ。普通はね」


「…………」


「さっきの金髪少女はやっぱり例外ですけどね。あんな小さな身体で、まあ歳は外見ほど若くはなかったようですけど……あんなに大きな斧を振り回せること自体、異常ですよ」


規格外、すぎる。


「たぶんあれは、簡単に言ってしまえば……《才能》でしょうね」


「才能って、どういうことですか」


「だから、彼女は……物体を切断する才能を持っていたってことですよ」


「…………」


才能、それはあまりにも身近な言葉すぎて、とてもあの美しく、そして狂っていた金髪少女に当てはまらない。


そんなことを思ったのだろう、マモりさんは……


「多分、戦闘訓練だって受けたんだと思いますけど……あのやり方は間違いなく、生まれ持った才でしょうね」


実際……僕も腕一本持っていかれましたし。


そう言って、左腕の肩から肘の真ん中くらいを撫でるようにする。


そこにはうっすらとだが、まだつなぎ目のような跡が残っていた。


「…………さっきのは、一体。あれは何だったのですか」


それが確信……。一番ききたいことなのだろう。


「言ってみればこれも才能ですよ」


そう言って、僕は左腕のつなぎ目に指先を当て……《いつものように》した。


すると軽い痛み。神経が麻痺したような感覚がやってきて、見ればその腕は……僕の右手の平に乗っていた。


再び、僕の胴体から分断されて……。


「……っっ!?」


「さっきくっつけたばかりだから……今はまだ痛覚が完全に戻ってないです。これくらいなら、大丈夫ですよ」


そう言って、再び左腕の切断面を合わせる。指先で、肉と肉を縫い合わせるように……そしてその腕は、僕の胴体に元通りにぶら下がっていた。


「人体の《結び目》が、見えるんですよ」


「は? 結び目って、見えるって……それは一体、どういう? ですか?」


疑問だらけのようだが、それが普通だ。僕のこれは実際、病気のようなものなのだから……


「人間の身体に存在する、言ってみれば《つなぎ目》ですよ。肉の繋がりが強いところ、弱いところ。神経の有無。関節の位置。骨のバラつき。人間というのは有機物でできていて……どこかが必ず、偏っているんですよ」


「それが《結び目》。肉体と肉体の境。ねじれとでも言いましょうか。ぼくは、それを目で見つけることができるんですよ」


マモりさんは、ただ僕の話を聞いていた。


「その《結び目》は、ほどけば当然緩む。絡まった捻れをなくせば、当然それはそのままではいられない」


「切断というよりは、ほどくみたいな感じです。逆に応用してやれば……元通りにくっつけることもできる」


肉と肉を結び合わせるように、肉体と肉体は、簡単に繋がる。


「…………なんでもありですか」


「まあたくさん練習しましたけどね。たくさん失敗もしました」


そしてたくさん、間違った。


「羨ましいです」


「…………」


「私にもっと力があれば、お嬢様をこの手でお守りできたのに……」


彼女は、悔しさを全面に押し出して……感情を包み隠さずにぶつけてくる。


「……こんなもの、なければない方がいい」


「……キリコさん?」


「……いや、なんでもないです」


「…………」


「ふあ~、うぅあ~。あうう、はあ」


そして、僕達の立つその後ろから、そんな眠そうな声がした。


……まて、これは。


「お嬢様、起こしてしまいましたか」


それは起きもするだろう。今までそうならなかったことがすでにおかしいくらいなのだから。



《裏》のプロフェッショナル達による、喧嘩ならぬ殺し合いのその場にいておいて……呑気に寝息をたてているなんて。


阿鼻叫喚の急転直下に弱肉強食の場にいておいて、呑気に寝息をたてているなんて。


《僕達》からしたら笑い物だろう。戦場に裸で飛び出すようなものだ。いや、戦場に裸で居眠りするようなものだ。


しかしだからこそ、彼女はこの喧嘩ならぬ殺し合いの場にいておきながら、その魑魅魍魎とは無関係でいられたというか……


そもそも、実際彼女は自分の命を狙った《彼女達》の姿を見ることはなかったのだが。


いや、姿を見ることはできるのだ。姿というか、残骸というか。


抜け殻というか、残りカスというか。


肉体ならぬ肉片が……そこら中に転がっている。血で汚れた、形というのも間違いのような……そんなものが。


まずい…………


「ふあ~、眠いよ。う、うぅん~。ん? なにこの、変な匂い。臭くない? なんだろ」


アカリは、ベッドの上で伸びをし、布団を半分被ったままその身体を起こす。


そしてその両眼を開き、目の前の光景を視神経で捉えた。そして……


「え、なにこの赤いの。赤い汚れが……いっぱい。あ、ああ。きぃ、あぁ。うぅ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!?!?!?」


「お嬢様っっっ!?」


その急変にマモりさんはアカリの下へ。頭を抱えて、狂ったように断末魔を上げる彼女。


「いやぁぁっっっっっっっっっ!? 血っ!? 血っ!? 血がっっっ、なんで……こん、なの。……」


「お嬢様っ!? 落ち着いてくださいっっお嬢様っっ……」


甘かった。考えが甘かった。こうなることは、ちゃんと計算 に入れておかなければならなかった。


天童アカリは、天童の人間だ。当然その血を、その才を受け継いでいる。支配者としての素質を。


しかし、彼女はまだ女の子なのだ。どうしようもなく、少女なのだ。大人というには、あまりにも厳しい。


天童としての英才教育だって、受けているだろうし……彼女自身にもその才覚はあるのだろうが、まだそれは知識の域を出ない。


実際にその手で《それ》に触れたわけじゃない。


この光景は、彼女が一人で背負うにはまだ重すぎる。


部屋中に血、血、血。至るところに肉のようなものが散乱し、部屋の中央には二本の腕が唯一形を留めているだけだ。


この現実を、彼女にどう受け入れさせろというのだ。きっと死体だってまだ……見たことさえないはずだろう。


ましてや死体の中身をぶちまけたようなこの惨状に、彼女の精神は耐えられない。


耐えられるはずがない。


「う、うぅ。ひっく、ぐず。うぅぅ。うう、ひっうぅ。いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!?」


「お嬢様……」


アカリの身体を抱き、優しく声をかけるマモりさん。それこそまるで、仲のよい姉妹のようだ。


片方のメイド服が、それを完全否定しているけれど。


「いやぁ、やだ。血やだ。うぅぅ、あうう。ぐずっ、赤い……。怖いよう、気持ち悪い……。サ、クラさん……」


「大丈夫です、大丈夫ですから……」


「…………」


マモりさんは、少なくとも普通の女の子ではない。年齢は僕より少し上くらいだろうか……その手を血に染めた、《僕達》側の人間だ。


《僕達》寄りの、人間だ。少なくとも普通の日常を普通に過ごし……普通の感情を普通に感じて生きていくような人間では、彼女はない。


普通が似合わないというなら、彼女だってそうなのだ。


天童の裏側を一手に引き受ける彼女。今までどれだけ、誰の目も届かない場所で……日の当たらない場所で尽くしてきたのか。


そのエプロンドレスは、ただ可憐なだけではないということ。


外人のように整った顔の向こう側に、一体どれ程の思いがあるのだろう。


その瞳に、深い闇を……秘めているのか。


それなのに……そんなことができるか。誰かをその優しさで包み込むような、そんなあまりにも些細な、人間味のある行動。


主の苦しみを、共に苦しもう。主の傷を、共に負おう。主の悲しみを、共に感じよう。


ただの主従関係ではない、特別な繋がりだからこその……それは簡単に言い表せない関係。


言葉なんかでは、補えない絆。主従を超えた、繋がり。


それは僕には、絶対にできないことだ。

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