13/回想結末
今日も何でもない、何が変わるでもない何一ついつも通りの普通な一日だと……そう思って、いた。
今日起きた出来事は、昨日のそれと間違いを探す方が難しかったし、それは明日になれば、やはりそのときにも同じことを思うのだと……そう思っていた。
そしてそれはこの先変わることもなく、似たような日々を生きていく内に人生はいつの間にか終わり……それは誰でもそうなのだと分かっていた。
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自分の身体に、昨日は無かったはずのものを見つけた。《それ》はいつの間にかそこにあり、自分の身体中のいたるところに確認できた。
最初は、目がおかしくなったのかと思った。眠れば全て元通りになっているかもしれないと、その日だけ我慢して過ごす。
起きたら今度は増えていた。《それ》は更に僕の身体を蝕む。良いものであるはずがないと思った。
《それ》は自分以外の人間の目からは見えないようだ。自分がおかしくなったかもしれないという恐怖に、家族には言い出せない。
しかしこれはきっと、医者がどうこうできる類のものではなかっただろう。どうなっていたところで、無駄だったに違いない。
《それ》は自分以外の人間の身体にも、やがて見えるようになる。
家族、友達、道で行き交う名も知らない人達。そして恋人の身体にも、《それ》は見えるようになる。
他人には見えないものが、自分だけに見えるというのがどうしようもなく、恐ろしかった。
自分はどうなってしまうのかと思った。これは何かの重い病で、自分はそれに犯されてしまい、死が自分を迎えにくるのかと思った。
そんな地獄のような毎日が続く内に、自分はふと思う。それは疲弊しきった、極限まで追い込まれていた自分の精神や、理性の責任にするにはあまりにも酷だっただろう。
《それ》に触れてみた。自分の身体中にはびこる《それ》を、その指で触る。最初は何も起きない。
けれど、少しずつそれがなんなのか、感覚で理解していく。具体的にというよりは、抽象的な理解。
指で弄ると、少し痛む。強く押すと、鈍い激痛が襲う。
徐々に加減が分かっていく。こうすれば、こうなる。ここをこうすれば……そうなる。
そんなことが分かっていく。自分の感覚と《それ》は呼応していった。
少しの快感。やがて自分は、《それ》に魅せられていた。他者には不可能、だが自分にはそれができる。
自分は選ばれた存在なのかと、そう思うとそれは素晴らしい感覚だった。
自分は他人とは違う。それだけのことが、たまらない愉悦。陶酔のような悦楽。
それだけが自分を、救えない人生の中で楽しませた。変わることのなかった自分の人生が、変わったような気がした。
そして暗転する…………
ある日間違った。加減を間違えた。力の入れ方を、間違えた。力の使い方を、間違えた。触れる場所を、違えた。指の角度、深さ。
そうすると、それはほどけた。結び目をほどくように、肉が裂ける。血が流れ、臓物を溢れさせる。
それは恋人の、身体で起こった。痛い痛いと、彼女は泣いていたと思う。
それは僕の、二度目の間違い。
豪華な装飾や家具が、赤い血で汚れる中で……バラバラに散らかった肉片は、その原形が知れない程だ。
スウースウー、一人の寝息のみが聞こえる。高級ホテルの最上階、スイートルーム。
そこに一つだけ、辛うじて形を保つ肉体の破片が落ちていた。それは、細長く肌色で……両端から赤い液体。
両端をえぐりとられたような痕跡。
手を握りあう、二組の腕だった。右腕が肩から指先まで……左腕が肘から先まで。とても綺麗な、女性のような白い腕。
まるで姉妹のように、持ち主を失った二本の腕は、お互いの存在を求め合うように……指先を絡めて繋ぎ合う。
きっと行き先が天国でも地獄でも……二人は一緒だろう。