表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

12/百鬼夜行(後)

「!?」


渾身の一撃を防がれたというよりは、何故それが起こったのか分からないというような当惑。


そんな表情を、金髪少女は浮かべて動けない。


僕は左手で彼女の斧を持つ両腕を止め、戸惑うばかりの彼女をよそに、もう右手による更なる拘束をかける。


指を絡ませ、爪を食い込ませ、彼女の全身の動きさえ奪い、そうなってしまえばその斧は、ただの飾りだった。


「……なんで」


「くっ、ああ。はなせっ、はなしてっっ、いたいよおっっっ!!」


その後ろには、その瞳に信じられないもの映しているような顔で、立ち尽くす彼女。


僕の拘束に自由を奪われている、金髪少女は子供のようにじたばたと暴れるが、それはどこか力ない。


「…………」


後ろでは、マモりさんまでもが言葉を失っている。


「あれ、どうしたかな? あの《切断魔》っていうのは、僕みたいな細腕でさえ止められる程度のものなのかい?」


そんな風に、毒づいてみた。


すると、後ろで未だ困惑から抜け出せないでいる彼女が、僕の言葉を受けて返す。


「……違う、違う。なんで……どうして。いや、そんなはず……あなた、なんで」


「ん? ああ、この腕のことかい」


僕は、彼女によく見えるように身体を捩った。


そのつなぎ目がはっきりと見えるように、彼女によく見えるように。


薄い傷跡のようなものを辛うじて残した、完全に元通りの左腕を……。


「……どんな、手を……。何をっ、一体何をしたっ!?」


今までの冷静なそれとはまるで違った彼女の言動。


「よかったなあ。あんなに綺麗にぶった斬ってくれちゃうから、もしかしてくっつかないかもとか思ったけど、杞憂だったみたいだ」


「だからっっっ!?」


はぐらかすように、真面目に取り合わない僕に向かって彼女は、もう苛立ちを隠さない。隠せない。


「なんでっ、なんでどうしてそんなっっっ!?」


「うるさいよお前」


「……!?」


ぎりぎりと、金髪少女を抑えながらの会話だったけれど……僕ははっきりと言う。


「……君達は一体、この僕を何だと思っていたというのかな。どうやら僕がここにいることは知っていたみたいだけど……それでのこのこやってきたというのなら、君達はとても愚かだ」


僕だって、プロなんだぜ。


プロフェッショナル、煉獄の修羅、《斬離虎》。自分でいうのもなんだけど、それなりに名の知れた、恐れられたら三文字だ。


「普通の人間だとでも、思ったのかっつうの」


「つ……!?」


そして、無感情に執行。情けのない、容赦の欠片もなくそれを、する。


「くあっ、ああっっ。いやあああっっっ、きゃああぁぁぁぁぁっっっ!?」

ごきっと、明らかに人体の損傷が聞いてとれる音を、金髪少女の腕がたてる。


僕は、彼女の右腕を握っていた自分の左腕で《いつものこと》をした。すると当然のように……


ついでボトッという、柔らかい何かが床に叩きつけられる音がして、そこに目をやれば。


……やれば、金髪少女の足元に何かが落ちている。


肌色がその面積の殆どを占め、しかしその先端には更に先をえぐり取られたような、痕跡と共に赤い液体が……


「……っっっ???」


彼女の右手は、在るべき場所には既になかった。


そして物理法則に則り、巨大な斧がそのウエイトを支えるものが無くなり、重量に沈んでいく。


床に重く突き刺さるような音。それは彼女の腕だった腕が転がるすぐ隣の床に、まさに突き刺さっていた。


「あ、ああ。うっ、うあぁ。腕が……腕がぁっっっ!?」


「ふう、まずは一本」


そうして軽く息を吐き、僕は彼女の身体を前に向かって押しやる。


するとその小さな矮躯は、なんの抵抗もなくバランスを崩し、後方に突き飛ばされる。


やはりいくら身体能力が外れていても、身体その物は未熟なそれだ。


崩れ落ちる金髪少女を、辛うじて受け止める彼女。その図はあまりにも無防備で、やろうと思えばそこで終わっていたかもしれない。けれど……


あえて僕は、そうしなかった。


「お姉ちゃん……お、姉ちゃん。ううっ、いたい。……痛いよう」


「……可哀想に、大丈夫? 痛いわよね。本当に、本当に……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。私のせいだわ」


私の、せい……。


そう言った。


「こんな傷跡、有り得ない。まるで万力にでもねじ切られたような、切断面とは違う。なんで、どうしてこんな……」


彼女がそう言うのも当然のことだった。


人の身体というのは、豆腐やパンのように単純な構造ではない。単純な構成ではない。


まして腕などは、肉、神経、皮、そして骨が入り混じる。本来ならば、斬ってきれるような形態にないのだ。


それこそ斧でもない限り、……それにしたって、大変な重労働だろう。何回も何回も、吹き出す血液を、溢れ出す臓物に目をつむりながらの作業。


一太刀で斬り伏せる、金髪少女の方が異常なのだ。


いくら少女の体型のそれに、強度や耐久力が低いということがあったとは言え……握力だけで人間の腕を切断するなど、ましてねじ切るなんてできるはずが……


そんなことを、彼女は考えているのだろう。《切断魔》の片割れであり、人体掌握に長けているからこそ、目の前の現実を疑う。


あってはならないこと。起きてはいけないこと。


「……あなたは化け物ですか」


「あーもうだからうっせーっつうの。僕はだから人間だって……」


髪の毛をくしゃくしゃと、むしゃくしゃした自分を卑下するように。急に彼女の態度に腹が立った。


「実はさあ、今回は僕の方からも、君達を……最も《達》だなんて思わなかったけれど、待っていたというか……待ち構えていたんだよね」


「……どうして、ですか」


金髪少女の身体を支える彼女のその顔には、先程までの冷静さは消えていて、既に余裕はない。


もう最初のように気配を消すような芸当は、使えないはずだ。


「君達さあ、五体を奪って殺すんだってねえ。本当に、正気を疑うぜ。手足ってのは、人間にとって命の次の次くらいに、重要なものだろうよ。生きていたって、それがなけりゃどんなに明るい人生だって、たかがしれているさ」


自分の脚で歩けない、自分の手で掴めない人生なんて……その先に何があるっていうんだ。


彼女は、僕の言葉に意義を唱えた。


「あなただって、今したじゃないですか……」


「だからさあ、僕はずっと言いたかったんだよ。この日を待っていたと、言ってもいい」


プロフェッショナルの、プライドか。


「……僕の《やり方》、真似すんじゃねえよ」


僕のが、先だ。


と言った。宣言するように、高らかと。訴えるように、高らかと。


「は? え、何を……」


「殺し方を、返してもらう」


専売特許は、僕の方だ。お前らは、僕の偽物に過ぎない。


「…………」


それを受けて、彼女の僕を見据える表情が変わる。


自分の中の大切な何かを、傷つけられたような顔で。


それだけは譲れない、プロとしての、何よりも自分というアイデンティティを。


尊厳を守る為に。


「ごめんね。ちょっとだけここで、ここで待っててね」


腕の中の大切な存在に、優しくも弱くはない声でそう言う。


「お姉ちゃん……」


「お姉ちゃんは、やらないといけないの。例え駄目になることが分かってても、できないことが分かってても、下がれないわ」


あなたは逃げて。この化け物の居ないところへ……


そう言った。


そう言ったけれど、そうして離しかけた……金髪の少女は。


「お姉ちゃん、一人じゃないよ。私もいるよ。隣にいるよ」


お姉ちゃんと一緒にいく……。


彼女はそれをついに否定できない。愛しい愛しい存在の、そんな言葉が彼女の力になったように。


二人は強く、立ち上がってこちらを向く。金髪少女の残った左腕には、いつの間にかまた斧が握られていた。


……まあそれを拾う彼女の姿は、やはり隙だらけだったのだけど。これ以上は野暮だろう。


「お兄ちゃん、次は負けないからね」


「お初にお目にかかります。私達、二人で一つ、《切断魔》と呼ばれております。以後お見知り置きを……そしてお手あわせ願います」


金髪少女は慣れない動きでその巨大な斧をこちらに向け、(恐らくは彼女は右利きなのだろう。どことなくぎこちない動きだ)黒い瞳で初めて僕を本当に見たみたいに。


その後ろで彼女は、援護に徹するつもりか、両手を構える。やはり覚悟を決めたような瞳を、二つともこちらへと向けてくる。


「暫くの間お預かりしていた、《殺し方》。奪い返せるものならばやってみてくださいまし」


「上等だぁ、かかってこいよ! 《切断魔》ぁ!!!」


三人は、同時に笑った。それはまるで人生に最高の何かを見つけたような、清々しささえ伺えて……どことなく楽しそうにも見える。


次の瞬間、巨大な斧が眼前に迫るが……僕は避けない。迎え撃つさ。


それは三人兄妹が仲良くじゃれあうように、見えたらしい。


楽しそうに、ふざけあう三人は殺し合いなんて、そんなことをしているようには、見えなかったのだそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ