1/一期一会
「ねえ、ボディーガードさん。……ねえったら。私、死ぬのかな? 誰かが私を、殺しにくるんでしょ?」
「……そうならないようにするのが、僕の仕事だ。余計な心配はしなくていい。君は生き残る。最も、いつかは死ぬけどね。君の寿命迄君が生きていられるようにするのが、僕の仕事だ」
「……そっか。じゃあ何でいつか死ぬのに、皆必死になって生きたがるんだろうねえ? 死ぬのは恐いからかな」
「それもあるだろうけど、皆色々あるんだろう。一概に答えを出すことはできないさ。生きたい理由なんて、人それぞれだ。誰かの為に生きたい奴。自分の為に生きたい奴。仕事の為に生きたい奴。……そして、死にたくないから生きたい奴もいる。なにがなんでも生きたい奴がいる限り、僕の仕事はなくならない。……僕は、君の父親に君を守るように依頼された。勿論報酬は貰う。既に前金は受け取ったよ。だから仕事はこなす。何たって僕はプロだからね」
「……あなた、高校生位にしか見えないけと、それでぷろ? とつも凄腕のボディーガードには見えないけど」
「そう言う君だって女子高生じゃないか。あの有名なお嬢様学校で生徒会長をやっているんだろ? 知ってるよ。天童財閥の総帥、天童清の一人娘、天童灯。容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備の天童財閥の跡取り娘。君の結婚相手が、天童財閥次期当主になる。全く、お疲れ様だよ」
「……うるさい。私だって好きでやってるんじゃない。私は、天童。生まれたときから天童なのよ。天童の名が私を縛るのよ。だから私は天童灯。行く行くは好きでもない男と結ばれ、好きでもない男の子供を産まなければ、ならないの。それが私の、宿命だから……」
彼女は、物憂げな表情で僕を真剣に見つめていた。
他に誰もいない高級ホテルのスイートルーム。
他の誰よりも綺麗なドレスを着て、他の誰よりも美しい顔で、他の誰よりも不幸な彼女は、ベッドに腰掛けて僕の方を見ていた。
整った、キラキラしたラインが縁取る輪郭。
美しい目鼻立ち。可愛らしい大きな目。
そして宝石のような輝きを放つ髪の毛。長い髪の毛。色は黒だが、それで充分彼女は美しい。
これ以上は野暮だ。他の全ての同年代女性を敵に回しかねない美貌と言えば想像できるだろうか。
……いや難しいだろうな。何せ僕は想像力に乏しいと、人に良く言われるからだ。
「ああそうかよ。僕には関係無いけどな。君と僕は、他人なんだからな。全くの無関係。赤の他人、だからな」
「そうよ。余計なことは言わずに訊かずに、ただ私を守ってくれればそれでいいの。……所で、そろそろあなたの名前、教えなさいよ。なんて呼べばいいか、分からないんだから」
ん~。まだよくわかってないなこいつ。僕がプロだっていうことの、本質を理解していない。
「あのなあ、僕はプロだって言ったよな」
彼女は首を傾げて聞き返す。こいつ、頭良いんじゃなかったっけ。
「それが……?」
「だから、本当の名前、本名なんて教えるわけないだろ。公務員じゃないんだぞ。これは表沙汰にはできない仕事なんだよ。分かってるか? だから僕が呼ばれたんだ。」
「……じゃあ、なんて呼べばいいの?」
……まあしかし、呼び名は必要か。いざというときにコードネームのような物は役に立つ。
それなら……そうだな……。
「キリコと呼んでくれ。それが一番分かりやすい。いつもの呼ばれ方だ」
「キ…リ…コ? なにそれ? 変なの……。キリコ? そう呼べばばいいの? なんだか呼びにくいよ」
「嫌なら《お前》とか、《君》とかでも構わない。僕はどうでもいい。どうせ少しの間だ。君のボディーガードは。君の命を狙う奴を、引き裂いて壊して崩してこの世にいなくすれば仕事は終わり。それ迄の関係なんだから」
「……そんなこと、君にできるの? どうやるの? その細い腕で、その、なんていうか普通の体格で、私と同じ位の人間の男の子が、……相手だってプロなのよ」
僕は笑う。なんて馬鹿馬鹿しい。なんて下らない。そんなこと、僕が失敗する理由にはならない。
「だからいったでしょ。僕はプロだって。まあ待ちなって。その内見せてあげるよ」