初めてのUSO
光に包まれたと思ったら、一瞬にして周りの景色が変わる。
「わぁぁ~っ!」
美也子の口から感嘆のため息が出る。
周りはアンティークな西洋風の街並み。よくファンタジー小説に描かれているイメージそっくりの風景が目の前に広がっている。
「あー、お城だぁ。」
遠くにそびえたつ白亜の城。
かなり距離があるように思えるが、ここからでも見れるという事は、かなり大きいのだろうという事がわかる。
「えっと、先ずは……。」
美也子は事前に調べていた通りにステータス画面を開く。
「えっと、これが私……キャラ名は「ミャア」ね。……うーん恵子さん、私の事ネコ扱いしてる?ネコミミついてるしぃ。」
アカウント登録だけでなくキャラエディトを含め、初期設定は全て恵子さんに任せたことを、少しだけ後悔した。
美也子……ミャアの種族は獣人で、頭には可愛いネコミミが、お尻には尻尾がついている。
はぁ……と、一度溜息をついた後、ミャアは気を取り直す。
なんだかんだ言っても見た目は可愛い。美也子は可愛いものが好きだ。可愛いは正義!と言ってはばからないのだ。
だから自分が可愛いなら、それでいいじゃないか、と思い直すことにしたのだが……。
「えっと、コレって『初期装備』ってヤツかな?……あまり可愛くないね。」
ミャアは自分の姿を「天使の姿見」というアイテムで映し出し、じっくりと観察する。
この「天使の姿見」は、ステータスアイテムで誰もが最初から持っているアイテムで、効能は、自分の姿を映し出す……と言うか、装備の試着用アイテムだ。
新たな装備をこの姿見にセットすると、それを装備した姿が姿見に映し出されるので、購入前、装備前にどんな感じなのかが一目でわかる。見た目を重視するなら必須のアイテムといえるのだ。
勿論、新たな装備がなくても、こうしてただの姿見として使える。
姿見に映っているミャアの姿は、背丈はリアルと同じぐらい……因みにリアルのミヤコの背は143㎝……。
腰まで届く、ゆるふわなウェーブのかかった、薄い金色の長い髪。
頭には、三角の可愛い耳がぴょこぴょこと動いている。
つぶらな瞳の色は、透き通るような碧色と、光の具合で金色にも見える榛色のオッドアイ。
大きくも小さくもない、絶妙な大きさの胸には少しだけ違和感を感じるが、くびれた腰には密かに満足感を覚えた。
「うん、やっぱり可愛いよね、私。」
そう声に出してみて、その場でくるりと回ってみてから、周りの視線に気付いて、思わずうつむいてしまう。
とにかく、この『ミャア』が、この世界での私なのだ。私が自由に走り回れる世界……USOの世界をこの姿で楽しむんだ。
「ん~……。」
そう考えたミャアは、恐る恐る足を踏み出す。……うん、ちゃんと歩いているって感じ!
足が地に着く、というのだろうか?
一歩、二歩とゆっくりと歩いてみる。
久しぶりの感覚に、ミャアはいつの間にか時と場所を忘れて走り出していった。
「はぁはぁはぁ……現実でもこんなに走ったことないよぉっ!」
力尽きたミャアは、草原の真ん中でぼふっと倒れ込む。
「あ~、ちゃんと空には雲があるんだねぇ。」
ほんのわずかな違和感があるものの、気のせいと割り切れば、ほぼ現実と変わりのない世界。
ミャアは空を見上げながらいつしか、涙を流していた。
ふと、ミャアの顔に影が落ちる。
「あれ?キミどうしたの?」
ミャアの顔を覗き込んでいるのは、角の生えたウサギだった。
「可愛いね。」
ミャアは起き上がり、そのウサギに手を伸ばす……。
「ひゃんっ!」
ミャアがウサギの頭に手を触れた途端、ウサギが襲い掛かってきた。
ミャアは知らない事だったが、USOには初心者保護機構があり、スキルレベル合計30以下のキャラクターには、アクティヴエネミーが襲い掛かってこないというシステムになっている。
しかしそれは、あくまでも襲いかかってこない、というだけで、プレイヤーから攻撃すれば、当然相手も反撃してくるのだ。
そして、ミャアの手がエネミーに触れたことにより、攻撃フラグが立ってしまい、こうして攻撃を受けているというわけなのだが……。
「な、何でぇっ!」
ウサギの体当たりを受け、ミャアのHPのバーがぐっと減る。
「何でよぉっ!」
ミャアが慌てて逃げ出そうとするが、ウサギの方が動きは早い。
あっという間に回り込まれ、角が美也子のお腹に突き刺さる。
「いったぁ~いっ!もう怒ったよっ!」
ミャアはウサギに飛び掛かるが、あっさりと躱される。
「えっと……こういう時は何か武器で戦うんだっけ?」
ミャアは、病室でチェックしたUSOの基本マニュアルを思い出す。
「えっと、武器、武器……。どこにあるのよっ!」
戦闘中にそんな事をしている余裕はないはずなのに、素人であるミャアはそんなこともわからず……。
そして、ウサギの戦闘AIがその隙を見逃すはずもなくて、ミャアはあっさりと止めを刺されてしまった。
「……ハァ、酷い目に遭った。」
ミャアは、死亡状態から回復した教会で身を起こす。
「えっと、取り敢えずスキルを取らないといけないんだね。……どうすればいいんだろう?」
ミャアは、教会の外のベンチに腰掛けてシステムウィンドウを開く。
キャラ名:みゃあ
種族: 獣人
種族特性: 夜目・気配探知・気配消去・潜伏・敏捷度ボーナス
所持金:900Gold
習得スキル :
スキルポイント:10
装備スキル:
装備
頭:
首:
身体上:初期ワンピース
身体下:-----
腕:
手:
脚:
足:
インナー:
他:
右手装備:
左手装備:
アクセサリー
HP:35
MP:40
攻撃力:3
防御力:3
魔法攻撃力:0
魔法抵抗:0
称号
【ウサギに敗れし者】
……なんかよく分からないけど、不名誉な称号がついているって事だけは分かった。
……とりあえず、今のままでは私はウサギにも劣るってわけね。
となると、まずは装備を揃える必要が有るのかな?
みゃぁはとりあえず近くの武器防具店へ入ってみる事にした。
◇
「ふぇぇぇ……。」
お店の品ぞろえに、思わず変な声が出てしまう。
品揃えが凄かったというのもあるが、それ以上に……値段が高いっ!
一番安い防具が、鎖帷子。
ウサギの攻撃など、モノともしないだろうけど、800Goldもする。
……手持ちのお金がほとんどなくなっちゃうよ。
それ以前に、重くて動きが鈍りそうな気がした。
「はぁ……。」
「嬢ちゃん、ちょっと待ちな。」
諦めて帰ろうとしたとき、店の奥にいた店主に呼び止められる。
……えっと、万引きとかしてませんよ?
「何言ってるんだ?……ほら、こいつ持っていきな。」
店主がポンッと投げてよこしたのは、小ぶりのナイフだった。
【皮剥ぎナイフ】
攻撃力+1 (解体+5)(効率+10%)()
貰ったナイフを見てみると、こんな情報が表示されていた。
「オジサン、ありがとう。」
何故くれたのか分からなかったが、とりあえずお礼を言って店を後にする。
「はぁ……しかし高いよねぇ。」
ベンチに腰掛けながら、ブツブツと独り言を言いながら考える。
「確か、こういうゲームって、モンスターを倒してお金とレベルを溜めるんだっけ?」
うろ覚えの知識から、そんな事を呟く。
だけど、多分最弱と思われる、あのウサギすら倒せない自分。
倒すためには装備が必要。
装備を買うお金がない。
お金を貯めるためにモンスターを倒す……装備がないから倒せない。
倒すためには……。
ダメだぁ……ダメダメループに陥ってるよぉ。
こういう時は、別の事を考えて、頭を切り替えるのが大事なんだよね。
ミャアはとりあえず街中をぶらついてみようと思い、そのまま歩きだすのだった。
◇◇ ~ある古参プレイヤー達 その1~ ◇◇
「おい、立ち上がったぞ。」
「お前ら、慌てるな。そぉっとだ、気付かれないように距離を置いてだなぁ……って聞いてるのかっ!」
彼らは、USOを初期からプレイしている、いわゆる「古参プレイヤー」達だ。
USOが開始されてから1年半。運営は、多くの新規プレイヤーを捌くことを優先にしており、USO自体のアップデートについては後回しになっていた。
いくら自由度が高いと言っても、碌にアップデートされないまま1年以上も放置されていれば、やる事が無くなり暇を持て余すプレイヤーも出てくる。
中には、早々に見切りをつけて、プレイを休止しているプレイヤーもいたが、暇を持て余しながらも、面白いことは無いかと、だらだらとプレイしている者達もいる。
彼らはまさしくそう言う者達だった。
そして、そんな彼らが目に付けたのは、いわゆる新人教育。
アップデートはされなくても、新人は入ってくる。
そんな新人達が、最初に戸惑うのは、USOの売りでもある「自由度の高さ」
自由度が高すぎて、何をしていいのかが分からないのだ。
そう言う新人たちに声を掛け、色々レクチャーしたり助けてやることに、喜びを、面白味を、そして暇つぶしを見出しているのが、彼ら古参プレイヤー達なのである。
やってることは、ただのおせっかいだが、それによって助けられる新人プレイヤーも多く存在する。だから、それを止めるものがいる筈もなく、逆に賛同することが多く、いつの間にか組織として膨れ上がっていたりする。
そんなおせっかいな彼らにも、苦手なモノはある。
それは『女の子』だ。
USOはVRにもかかわらず、プレイヤーとキャラクターの性を一致させていない。これはトランスジェンダーに配慮しているためと、公的に謳われているが、実際の所は分かっていない。
ただ一つ言えるのはUSOにはネカマもネナベも存在する、という事だ。
といっても、VRの性質上、リアルと異なる性を選ぶと、操作上に大きな負担がかかるため、快適なプレイが出来ないというデメリットが存在する。
その為、ネカマや、ネナベプレイは、余程の根性と覚悟がなければ出来ない。
つまり、何が言いたいかというと、女の子キャラの80%はプレイヤーも女の子だという事。
そうでなくても、キャラクターとはいえ、女の子に声を掛けるのは、毎日、平日の昼間からプレイしているような輩にはとてつもなくハードルが高い、という事だ。
気にせず、気軽に声を掛けれるような人物であるならば、毎日真昼間からUSOにログインするような生活は送ってないだろう。
閑話休題
彼らが、今回目に付けたのは、ネコミミの可愛い女の子。
彼女の愛らしい姿に、何人かが後をつけるといったストーカー染みた行為に対して、何人かが注意喚起を促している間に、彼女は走って街を出て行ってしまった。
……かと思うと、教会で復活していた。
強制表示された称号を見るからに、どうやら、外でウサギに瞬殺されたらしいという事が分かる。
「お、俺見てたぜ。か、彼女が、愛らしい笑顔を、う、浮かべて手を差し伸べたんだ。」
ストーカーの一人がそう告げると、その場にいた全員が、「それで攻撃フラグが立ったんだな」と、うんうんと頷いた。
きっと彼女は、愛でようと手を伸ばしたつもりだったのだろう。
そう考えると、彼らの中で、ミャアの姿が萌え萌えしてしまうのも仕方のない事だった。
「いいか、おまえらっ!抜け駆け禁止っ!彼女を温かく見守るんだぞっ!」
一人の剣士がそう宣言する。
するとそこに、一人のスカウトが走ってきて新情報を告げる。
「隊長っ!彼女がクエストを受けましたっ!」
「よしっ、みんなで見守るぞ。彼女が失敗しないように、失敗しそうになったら、さりげなく手を貸すんだっ!いいか、さりげなく、だぞっ!決して我々に存在を知られないようになっ!」
隊長と呼ばれた剣士の檄が飛ぶと、彼らは街中の方々へ散っていく。
そんな動きが街中にあるとは知らず、ミャアは、NPCから受けたクエストにぼぞむのだった。
オープンワールドのMMORPGにありがちですよね。
「自由度が高すぎて何をやっていいか分からない」っての。
私も、何やっていいか分からないから、そのままやめたっていう経験が何度もあります。
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