逆襲
「あっちだ、あっちへ行ったぞっ!」
プレイヤーの声が響く。
「くそっ!薄暗くてよく見えねぇ。誰か明かりをっ!」
別のプレイヤーがそう叫ぶと、近くにいた光魔法のスキルを持ったプレイヤーがライトの魔法を唱える。
すると周りが少しだけ明るくなるが……。
ずぶっ!
ライトの魔法をかけたプレイヤーの胸を小さな矢が貫く。
「グっ……し、しまった……毒……ぐわっ!」
鏃に毒が塗ってあることを知り、慌てて解毒しようとするが、それより毒の与えるダメージの方が多く、しかも早い。
そのプレイヤーが毒消しポーションを手にしたと同時に最後の毒ダメージが入りHPを焼失する。
「おいっ!」
魔法をかけたプレイヤーがロストしたことにより、ライトの魔法が掻き消える。
少しの間でも、明るさに慣れた瞳には、急激に暗くなった周りの環境になれることができず、プレイヤー達は右往左往し始める。
「気を付けろっ!どこから……ぐわっ!」
注意喚起を促そうとしたプレイヤーが、背後から心臓を貫かれる。
鍛え上げられた戦士の彼にとって、ナイフの一撃ぐらいでは致命傷にならない。
逆に相手を捕らえようと、刺されたナイフを掴もうとするが……力が入らない。
「くっ……麻痺か……俺の耐性でも抵抗できないとは……ぐわっ……。」
何とか相手を捕らえようと、動かない身体を無理やり動かそうとしているうちに、HPが尽きる。
「くっ!撤退だっ!」
残ったプレイヤーのうちの一人がそう言って身をひるがえす。
近くにいたプレイヤー達も慌ててそれに倣う……が、数歩駆けだしたところで、足元が無くなった浮遊感に捉われ、そのまま落下する。
「落とし穴っ!?」
幸いにも落下ダメージは少なく、落ちた先にもトラップがなかったので、びっくりしたもののホッと胸をなでおろすプレイヤー達。
しかし、安心するのは早かった。
穴の淵に人影が見えたかと思うと、数十個の小瓶が降り注ぐ。
「まさかっ!」
どぉぉぉぉぉーーーーーーんっ!!
叫ぶ間もなく、小瓶が爆裂し、他の小瓶と誘発して大きな爆発が起きる。
爆風が収まった後、穴の中にいたプレイヤー達で生き残っている者はいなかった。
「……そっちから襲ってきたんだからね。文句は言わせないよ?」
幽霊となったプレイヤー達に、そんな声が聞こえる。
若い女の子の声だ。
姿が見えないが、それが狙っていたターゲットだという事をプレイヤー達にはすぐにわかった。
と、同時にプレイヤー達の間で疑問が浮かび上がる。
……どういうことだ?ターゲットは無抵抗で逃げ回るだけじゃなかったのか?……と。
疑問を抱えながらも、プレイヤー達は蘇生ポイント目指して移動するしかなかった。
◇
……ふぅ、何とかなるモノね。
ミャアは、返り討ちにした5人のプレイヤーの下を漁り、根こそぎ奪う。
負けることなど想定していなかったのか、襲ってきたプレイヤー達は、結構なアイテムを所持していた。
PKにしろPKKにしろ、対人を行うプレイヤーは、負けた時のリスクを考え、必要最小限の装備と回復アイテム以外は持ち歩かないものだ。
だから、相手を倒したとしても得られる戦利品は、いいところポーション類だけなのだが、今回襲ってきたパーティは、狩の帰りだったらしく、しかもボス戦を行った後みたいで、数多くのドロップアイテムを所持していた。
「『紅のマスカレードマスク』……ボスレアじゃないの……この人たちバカなの?」
ハウスに戻り、戦利品を確認しながら、ミャアは思わず呟く。
『紅のマスカレードマスク』は頭装備にあたるもので、防具としての防御力そのものは低いのだが、『認識阻害』と『Lv2回避率上昇』、そして『火炎魔法Lv3耐性』の効果がある優れものだ。
『紅のマント』という別装備とセットになっていて、両方を装備するとセット効果として、さらに『Lv5隠蔽行動』『Lv3潜伏』『Lv3気配遮断』という効果が上乗せされる。
隠密行動を主とするアサシンやシーフ系にとって垂涎の装備であり、また、ボスからのドロップ率が0.0001と低く、しかもそのボスが手強いため、中々手に入らない。それゆえに市場での相場価格は10Mを超えるほどのレアアイテムだ。
普通、こんなアイテムを手に入れたら、即座に街ないしハウスへ帰り、銀行など安全な場所へ保管するものだ。
間違っても、所持したまま対人戦闘に入る様な行動は起こさない……はず。
「こっちは『白紙のスクロール』の山……初期スキル持ちのクラフターさんかな?っていうか、クラフタースキル持ちで退陣するなんて……。」
ミャアは、山となっている書記スキル上げ用の素材を見ながらため息をつく。
ミャアの与り知らぬことではあるが、各プレイヤーの間で、ミャアはちょっとした有名人になっていた。
曰く、所持スキルは生産系のみ。
曰く、戦い方も知らない、新人。
曰く、新人のくせにGoldをたくさん所持している。
曰く、レッドネームだけど、足を洗うために襲ってくることは無く、逃げるだけの安全なカモ。
等など……。
お陰で各プレイヤーの間では、ミャアの事を、安全に狩れる上に大量のGoldを落とす、ボーナスエネミーという扱いになっていた。
確かに、数日前までのミャアであればその通りだったかもしれない。
しかし、ただただ、刈られるだけのカモである時期はすでに過ぎ去ったのだ。
今のミャアは、人間不信を拗らせて、開き直った狩人だった。
ミャアが開き直るきっかけになった出来事は4日ほど前までさかのぼる……。
◇
こんこん……。
病室のドアがノックされる。
珍しい。
母親であればノックなんてしなくてそのままドアを開ける。
恵子さんを始め病院関係者は、そもそもノックなんてしない。
だからノックをするって事は、お見舞いに来た人という事になるけど……。
「はい、どうぞ……。」
訝しげに、そう答える美也子。
少しの間をおいて、ギィーッとドアが開かれる。
「美也ちゃん……元気?」
病室に入ってきて、恐る恐るそう声を掛けてきたのは、親友……親友だと思っていた敦子だった。
「……って、入院してるのに、元気っておかしいよね……。」
あはは……と力なく笑う敦子。
「えっと……。」
元気だよ、って答えようとする美也子だったが、敦子の後ろにいる二人の姿に目が止まり、開きかけていた口を閉じてしまう。
敦子の後ろには、悪戯をしかけた張本人の前田明人と、三輪崎加奈子がいたのだ。
明人は牛乳にすり替えた本人で、加奈子は、すり替える時間を稼ぐために美也子を呼びつけた相手だった。
暫くの無言の後、加奈子が口を開く。
「アタシらはさぁ、アンタに謝罪に来たんだよ。」
「謝罪?」
「アキアキの奴がさ、謝りに行けってうるせぇんだよ。」
明人が吐き捨てるように言う。
アキアキというのは、担任のあだ名だ。
秋田明彦……苗字と名前に「アキ」が入っているので、みんなからアキアキと呼ばれていた……。
「あんまりうるさいから来たんだけど、……でもおかしくね?アタシは、アンタにあの時、5時間目のお事聞いただけだよね??関係ないじゃん?」
「お、俺だって、天塚が牛乳飲めないなって事を知っていたらあんなことしなかったさ。というか、風が空いてるのって明らかにおかしいだろ?普通気付くよなぁ?」
それから二人は、口々に「自分は悪くない」と主張し始める。
「ゴメン……頭痛いから、もう帰って。」
うっとおしくなった美也子はそう言って毛布を頭からかぶる。
その後も何やら言い合っていた二人だったが、しばらくして部屋を出ていく気配がした。
「美也ちゃん……ゴメンね。でも……。」
敦子が小さな声で「美也ちゃんが悪いんだよ」といって病室を出て行った。
遺された美也子は、敦子の最後の言葉を何度も反芻し考えてみた。
しかし、いくら考えても、美也子には自分が悪いという要素が考えつかなかった。
唯一考えついたのは、担任の言葉を無視して、最初から自分の身体のことを暴露するべきだったのだろうか?という事だけ。
しかし、担任も学校側も、美也子の身体の事は知っていたし、クラスメイトの中にも敦子を始めとした数人は、美也子の事を知っていたはずだ。
そして、先程の明人や加奈子の言葉を信じるならば、クラスメイトの殆どが、あの悪戯の事を事前に知っていたという。
二人の主張の後半は「みんな知ってたのに何で自分たちだけが謝罪しなければならないのか?」という事だったから、まず間違いはないと思う。
だったら……みんなが知っていたのなら、敦子を含め、美也子の事を知っていたはずのクラスメイトは、何故何も言わなかったのか?
……美也子が悪いから?
「……私の何が悪いの?」
美也子の言葉に応える者は誰も居なかった……。
夜が明けた。
眠れずにUSOにログインして、他のプレイヤーたちに追われ、ログアウトしたらしたで、昼間の敦子たちの事を思い出し……。
朝の検査が終わる頃には、美也子の中に一つの決意が生まれていた。
「……結局、何も言えない私が悪いんだよね?」
誰にともなくそう呟く美也子。
敦子たちにも「あなた達のおかげで自分は今死にかけている!」と叫ぶべきだった。誰が悪いではなく、起きた結果として死にそうになっているんだという事を伝えれば、あんな自分勝手な言葉は出てこなかっただろう。
USOだってそうだ。
自分は何もしていない。
アイテムを盗んだ?
そもそも、盗まれたアイテムの名前だって初めて聞いたのに、一体何を盗んだって言うの?
自分の話も聞かずに一方的に襲ってくるプレイヤー達。
よく考えれば、黙ってやられている必要はない。
黙っているから、みんな勝手な事を言うんだ。
黙っているから、事実を捻じ曲げて、自分に都合のいい話ばかりを作り上げていく。
人なんて、誰もがそんなもの。信じるに値しない。
だから自分の身を護るためには、人を信じず、自分の力だけで何とかするしかない。
そんな考えに美也子が行きつくまでに、それほどの時間を必要としなかった。
検査が終わった後、美也子はネット上に溢れかえってるUSO関連の情報を調べ回った。
情報というのは、いつの世でも一番重要なモノだと美也子は思う。
かの有名な孫子だって「己を知り、相手を知れば百戦危うくべからず」と情報の重要性を説いているではないか。
幸いにも、今の美也子にはネットに費やす時間は十分にあった。
あふれかえる情報を整理して、自分に必要なものを選別する。
夜になる頃には、自分にとって戦いやすいスタイル、自分がUSOで目指すこと、などがおぼろげに理解できるようになった。
決意を新たにした美也子は、夜の検査が終わると、さっそくHMDをかぶり、USOの世界へログインした。
◇◇ ~ある古参プレイヤー達 その13~ ◇◇
「おい、聞いたか?」
「あぁ、「水鳥の風」の奴らが返り討ちにあったって話だろ?」
「あん?やられたのは「イケメンハンター」だろ?」
「おいおい、俺が聞いたのは「女神様に踏まれ隊」の奴らの事だぞ?」
プレイヤー達の会話で上がっているパーティ名は、いずれもそれなりの活躍をしているプレイヤーパーティばかりだった。
そもそも、それなりに知られていなければ、パーティ名なんてつかないのがUSOの世界なのだ。
「ちょっと待てよ、他の奴らの話も全部本当だとすると、全部で7つの有名パーティが返り討ちになってるって事だぞ?」
「まさか……他のレッドと組んだんじゃねえか?」
「だとしたら……下手にちょっかい掛けない方が……。」
「いやいや、俺達あれだけ煽ってたんだぜ、絶対恨まれてるぞ。」
「マジか……どうしよう……。」
あちらこちらで不穏な声が聞こえてくる。
そのどれもが、一人の新人レッドネームに関しての話題というのが凄い。
「なぁ、ミリィ。ミャアちゃんと連絡着かないのか?」
「レオンに言われなくても……そう簡単に連絡が取れるなら苦労しないわ。」
ミリハウアは、アレから何度もフレンド通信をミャアに対して送っている。
レオンハルトにそう答えた時、ぴこんっとシステムアラームが鳴る。
「あっつ、ミャアちゃんから返信!」
「なんだってっ!なんって言ってる?」
レオンハルトがずいッと近寄ってくる。
「レオン、近すぎっ!GMこーるするわよっ!」
「あ、あぁ、悪いっ!」
レオンハルトがパッと飛び退く。
「ちょっと待ってね。」
レオンハルトが離れたところで、ミリハウアはミャアからの通信を開く。
そこには一文だけ記されていた。
「今更何の用ですか?」
闇落ちした美也子ちゃんです。
このまま落ちたままになるのでしょうか?
……と言うか闇落ちの予定はなかったのですが?なんでこうなった??
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