逃亡生活
「いたぞっ!回り込めっ!」
はぁはぁはぁ……もうダメ……。
ミャアは追われていた。
訳も分からず、メルのハウスを追い出されてから5日経つ。
なぜメルが怒っていたのかは、その後全体に流れたチャットで理解できた。
理解できたが、納得できたわけではなかった。
……私が泥棒??なんの冗談よ。
大体、盗まれたってアイテムの事だって、どんなものか知らないし。
わかっているのは、自分はそんなことしていないけど、皆は信じてくれない、私が犯人だと思っているってこと。
「くっ……。」
背中に矢が刺さる。
「い、痛いよぉ……。」
VRなので、本物の痛みからは程遠いが、それでも、指先を軽く切った程度の痛みはある。
そして、その痛みのせいで足が鈍り、その隙に前に回り込まれてしまう。
「悪いな、嬢ちゃん。犯罪に手を染めた自分を後悔しな。」
男の言葉と共に剣が振り下ろされる。
ズシャッ!
ザシュッ!
グシャ!
振り下ろされた剣の刃が切り返し、下から斬り上げられ、再度頭上から斬り下ろされる。
連続した三撃、それでミャアは命を失う。
幽霊状態になったミャアの前で、男達が死体をあさる。
「ちっ!何も持ってないぜ。」
「システムからのGoldも1000Goldもねぇ。湿気てやがんな。」
「そういうなよ。こいつ何度もキルされてるんだ。俺も今回で3度目だしな。何も持ってなくても仕方ねえだろ。……オイ聞いてるか。次までに装備揃えておけよっ!」
一人の男が何もいないところに向かって叫ぶ。
USOではアバターの死亡後、幽霊状態でその場にとどまり、通常のプレイヤーから姿を見ることは出来ない。が幽霊側のプレイヤーは周りも見え、声も聞こえる。
だから、このプレイヤーは、まだそこにいるであろうミャアに向かって叫んでいるのだ。
因みに、幽霊状態のプレイヤーを目視したり、会話したりするにはネクロマンシー系のスキルが必要になる。
尚、幽霊状態のプレイヤーは、他のプレイヤーに蘇生魔法をかけてもらうか、蘇生薬を使用する/してもらうか、もしくはフィールド上にランダムに現れる「旅の修験者」に蘇生魔法をかけてもらうか、各地にある教会の蘇生ポイントまで移動して回復するしかなく、場合によっては、蘇生するまでにかなりの時間がかかることもある。
ただし、蘇生ポイントは限られているため、死んだ場所近くの蘇生ポイントを押さえて待ち伏せしていれば、蘇生後すぐキルというのも可能になってしまう。
そのリスクを軽減するために、蘇生後ランダムで別のポイントに跳ぶ機能も備えているが、使用するかしないかはプレイヤーに委ねられている。
ニャオは、周りにまだプレイヤーがいるのを見て、そのままログアウトすることにした。
◇
「ふぅ……。なんか疲れた。」
あの事があってから、美也子のログイン時間は減っていた。
1日目、2日目ぐらいはまだよかった。
山間で鉱石を掘っているところを邪魔されるぐらいで済んでいたのだから。
それが、3日前から、様子が変わってきた。
プレイヤーの殆どが、ミャアの姿を見るたびに襲い掛かってくるようになったのだ。
お陰で、この三日で十数回も死亡することになり、持ち歩いていた装備も何もかも無くしてしまった。
特に携帯溶鉱炉を失ったのはかなりの痛手だった。
知り合いのいない状況下においてレッドネームで街中に入れない今、鉱石を掘ってもインゴットに生成できないから、なにも作ることが出来ない。
というか、この三日というものは、ログインする→やることがないから鉱石を掘る→襲われる→掘った鉱石含めて全部奪われ、何もない状態でログアウト……というルーティーンが出来上がっていた。
お陰で、数日前までは、検査と食事時間以外の殆どをUSO内で過ごしていたのが、この数日は1時間程度でログアウトしている。
「はぁ……暇。」
最近は母親以外お見舞いに来る人はいなくなり、母親も、仕事が終わる夕方に顔を出すだけなので、今の時間帯はお昼を食べる以外やることがない。
「詰まんないなぁ……何でこんなことになったんだろうね。」
美也子はタブレットを片手に、なんとなくUSO関連のページを辿ってみる。
攻略ページなどは1年ほど前で更新が止まっているものが多い……新たにアップデートなどがないせいで、更新するほどの内容がないからだ。
逆に個人のブログなどは頻繁に更新されているが、内容は美也子……ミャアに対しての誹謗中傷的なものばかりだった。
「私……何もしてないのにね。……リアルもネットも変わんないってことかぁ。」
美也子はタブレットをわきに置くと、ボソッと呟く。
リアルでは、意味のない嫉妬からの、無知蒙昧な行動に巻き込まれて、こうしてまともな日常生活が送れなくなった。
母と恵子さんが話しているのをこっそり聞いた……私の身体、結構ヤバいらしい。下手したら成人まで持たないかもって言ってた。
美也子はそれを知った時「あぁ、それでか」と妙に納得してしまった。
色々理由付けしていたが、入院患者がネットゲームし放題って、やっぱりおかしいよね?
先が長くないから、今のうちに好きな事をさせようって言うのなら、納得できるってもの。
でも、出来る事なら、本物の太陽の下で走り回っていたかった。
こんなことになったのって……私が悪いの?
いくら自問自答しても答えは出てこなかった。
◇
更に三日が過ぎた。
あれからUSOにはログインしていない。
そのせいか、リハビリの経過も思わしく無く、薬が増えた気がする。
今の時刻は午前2時……昼間、やることがないため寝てばっかいるから、こんな変な時間に目が覚めてしまう。
「……こんな時間誰もいないよね?」
美也子はHMDギアを被ると、久しぶりにUSOへとログインした。
◇
「……真っ暗……ってそうか、森の中だっけ。」
しかも幽霊のままだった、と周りを見ながら、前回のログアウト前の事を思い出す。
「……って、こんな時間にも人がいる。何やってんの、早く寝なさいよっ!」
自分の事は棚に上げてそう呟くミャアだった。
人のいる場所を避けながら移動する事、30分ほど。ようやく人気のない復活ポイントに辿り着いた。
ハウジングが実装されてから、これらの復活ポイントが使用されるのは、何らかのイベントがある時ぐらいだという。
「ここどこだろ?」
真っ暗な森の中。
種族特性のお陰で、闇夜でも周りを見渡せるのだけど、それでも暗いという事は、かなり深い森の中だという事。
お陰で人の気配もないから、安心して復活できる、と、ミャアは復活の祭壇を起動させる。
「あっ……。」
蘇生した途端、システムアラートが目の前を埋め尽くす。
「あ、そっか、宿屋の期限切れ……。」
宿屋にもハウジングほどではないがアイテムを保管することが出来る。
ミャアは、携帯用調合セットを手に入れるまでは、合成や調合を宿屋ですることが多かったので、調合セットや素材を一時的に預けていたのだ。
宿屋には2週間分の代金を先払いしていたのだけど、期限が切れたから、預けてあったアイテムが強制的に戻っていたらしい。
「うぅ……素材が多すぎて動けないよぉ。それに、こんなところ襲われたら……。」
ミャアは、多くの素材に埋もれたままこれからどうしようか考える。
「……ハァ、仕方がないかぁ。」
ミャアはそう呟くと、収納からハウジングツールを取り出す。
初期装備を始めとした一部のアイテムは、エネミーやPKの被害に合っても無くすことがないような仕様になっているのがいくつかある。ハウジングツールも、その一つだった。
「サーチ……っと、意外と近くにあるのね。」
ハウジングツールの機能の一つに、ハウスを建てることが出来るかどうかを調べる機能がある。
大体100mぐらいの範囲と狭いのが難点だが、建てようとして失敗、という事を繰り返さずに済むのがいい。
「えっと……「豪華な山小屋」ね。……背に腹は代えられないかぁ。」
立地場所に移動して、建てることのできる物件を探すと、一つだけヒットする。
サイズはSMと小さいが、後付けで設備を整えることも出来、一通りの機能が備わっている中々のモノだ。
「……設置、と。」
銀行から支払いが完了したというシステムメッセージが現れたかと思うと、目の前に立派な山小屋が一瞬にして建った。
「……へぇ、中は意外と広いのね。」
SMサイズは小さいとはいえ、リアルで60坪程度の場所が確保され一般的な一軒家ぐらいの建物が建つ。
しかも、中に家具などが入っていないから、余計に広く感じるのだ。
「とりあえずここにセットを置きましょうか。」
20畳ほどの広間に、調合セット、錬金釜、合成ボードなど、返ってきた設備を適当に並べて配置する。
そして、素材をその横に山のように積み上げておく。
「これで、盗られる心配はなくなった、と。……でも、収納箱とか欲しいよね?」
山になっている素材を見ながらそう呟いて溜息をつくミャアであった。
◇◇ ~ある古参プレイヤー達 その12~ ◇◇
「メルっ!あなたなんてことしたのっ!」
今まで見た事もない形相で声を荒げるミリハウアを見て、メルは少しカチンとくる。
「ミリ姐さんは、あの子に騙されてるんだよっ!レッドネームなんか信じちゃいけないんだよっ!」
つい、カッとなってきつく言い返すメルだったが、ミリハウアの残念そうな表情を見て、ハッと我に返る。
「あのね、メルちゃん。ミャアちゃんがアイテムを盗むって無理があると思わない?」
諭すようにそう告げるミリハウアに、メルは「でも……」とだけ呟く。
「でも姐さん、実際にメルちゃんは被害にあってるんですよ?それなのに……。」
横からメルを庇う様にモエが口を挟む。
「だけどね、よく考えてみて。あの子はまだ、碌にUSOを知らない新人なのよ?そんな子がレアアイテムを盗んでどうできるって言うの?」
「あっ……。」
ミリハウアの言葉に、メルは何かに思い当たったようで、思わず口を抑える。
「分かった様ね。あなたが無くなったと言っているアイテムは、恩赦状を除いて、あの子にとっては全く価値のないものなの。」
恩赦状以外の盗まれたアイテムは、市場相場にすれば1~10M程の価値があるが、それは買い手があって初めてできる価値であり、NPCに売っても数百Goldにしかならないものだ。
始めたばかりの新人では、装備できないものばかりだし、市場相場を知っているとは思えない。装備目的であれば、新人でも装備できる、それなりに価値のある装備を持っていくはずだし、お金目的であればNPC相手でも換金できる宝石類を持っていく方が足がつきにくい。
「でも、相場なんてネットで調べれば……。」
モエがそう告げるが、その言葉には力がない。
「そうね、調べればわかるかもしれないけど……どうやって処分するの?」
一番手軽なのは「露店」で売り出すか、直接プレイヤー間取引をするしかない。
しかし「露店」は街中でしか行えないので、現在レッドネームになっているミャアには使えない。
また、直接のトレードをするには、やはりレッドネームが難になる。
レッドネーム相手であれば、わざわざ取引などしなくても、襲って奪い取ればいいのだから。
取引すると持ち掛けて、数人で囲んでしまえばいい。
だから、その事がよくわかっているレッドネームは直接取引などしない。
その手の事例がネット上であふれかえっている昨今、いくら新人のミャアといっても、そんなリスクを冒すとは到底考えられない。
さらに言えば、USOを始めてからのミャアの交友関係を見るに、ミリハウア以上に親しいフレンドはいないという事は断言できる。
そのミリハウアでさえ、警戒されているような現状で、レアアイテムを安全に取引できるような仲介をしてくれるプレイヤーがいる筈もない。
つまり、それらのアイテムをミャアが盗んでもどうしようもないという訳だ。
「あ、でもでも、恩赦状を盗むカモフラージュとか?」
本当の狙いは恩赦状で、他のアイテムは、本当の狙いを悟らせないためじゃないか、とモエが言う。
「何のために?」
それに対し、メルがそう聞き返す。
よくよく考えてみれば、新人が恩赦状というアイテムの価値を知っている、と考えるには無理があると、メルにも思えてきた。
そもそもレッドネームになる奴らは、何らかの間違いでレッドになったもの以外は、レッドから足を洗おうなんて思わないものだ。
レッドが恩赦状を必要とするのは、詐欺行為など、相手を油断させるためにブルーネームに戻りたいと思った時だけであり、それゆえに、あまり市場に出回らないため、それなりに長くプレイをしていても、その存在を知らないというプレイヤーも多い。
なのに、新人のミャアがそのアイテムの事を知っていた、というのは明らかに不自然だ。
「姐さん、ゴメン……。だけど、アイテムが無くなってるのは確かなんだよ。」
「そうね、その事実は動かせないけど……とにかくミャアちゃんの話も聞いてみないと。」
しかし、ミリハウアのフレンド通信に対し、ミャアからの返信が来ることは無かった……。
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