冤罪!?
「出てってよっ!!」
昨日から始めた、散歩という名の土地探しを終えて、ログアウトしようとメルのハウスによったところ、当のメルが鬼のような形相で叫ぶ。
「いくらミリ姐さんの頼みでも、アンタなんか入れるんじゃなかったわっ!レッドはやっぱり信じられないわっ!早く出て行ってよっ、二度とこの家に近づかないでっ!今度見かけたらキルするからねっ!!」
訳が分からなかった。
ただ、メルが本気で怒っていることは伝わってきたので、ミャアは仕方がなく、その場から離れる事しかできなかった。
◇
メルは、トボトボと去っていくミャアの背中を眺めている。
戻ってくるようなら、今手にしているナイフを投げつけるつもりだった。
しかし、ミャアは振り返ることなく視界から消えていく。
メルの脳裏には、一瞬、去り際のミャアの泣きそうな顔が浮かび、胸がチクリと痛む。
……ううん、アレは演技よ。
ああして同情を誘って、懐に飛び込むのが手口なんだわ。
姐さんも人がいいから、ああいう手合いにコロッと騙されるのよ。
私がしっかりしなきゃ、と頭を振りながらメルは家の中に戻る。
他に被害がないかをしっかりとチェックして、他のプレイヤーにも注意喚起しないといけない。
メルはそう、思考を切り替えると、ハウス内のアイテムのチェックを始める。
それなりに広いハウスなので、収納量もかなり多い。
そして、メルも古参と言われる部類に入るため、それなりにアイテムをため込んでいるから、それらすべてをチェックするのはかなり骨が折れる。
しかも、持っていたかどうかうろ覚えのアイテムに関しては、盗られたのか無かったのかの判別がつかない。
「あ、メルちゃん、こっちの箱はチェックしたよ。」
奥でアイテムチェックをしていたモエが、そう声をかけてくる。
「ありがとうね。めんどくさいことに付き合わせてゴメン。」
「いいよぉ。でも、アクセス権の変更し忘れなんて、メルちゃんにしては迂闊だったねぇ。」
モエが苦笑しながらそう言う。
今回の事件の起こりは、あるアイテムが無くなっていたことが今朝発覚したことから始まる。
そのアイテムは「恩赦状」というもので、効果は赤ネームの持続時間を10時間短縮するというものである。
レッドネームから足を洗うためには、ゲーム内時間で300時間犯罪行為を行わない、という制限がある。
これは襲われた際に反撃して相手を殺してしまっても適応されるため、かなり厳しい条件である。
レッドネームは、他のプレイヤーが合法的にPK出来る的であるため、300時間一度も狙われない、という事はありえなく、また、相手を殺さずに逃げ回るというのは、無抵抗に近いため、各プレイヤー間に、瞬く間に情報が知れ渡る。
プレイヤーにしてみれば、反撃してこないPKなど、カモ同然なのだから。
だからこそ「恩赦状」は、赤ネームにとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
たかが10時間という人もいるかもしれないが、意外とバカに出来ないものがある。
その証拠に、オークションに出せば、最低でも1M(100万)Goldの値が付き、高い時には10M近くまで跳ね上がる時もある。
勿論買い手はPK達レッドネームだ。中には転売ヤーもいるが、最終的にレッドプレイヤーの手に渡る。
メルは、このアイテムを世に出すのは、レッドネームに利益をもたらすものだと考えているので、手に入れても売りに出すことなく、家の収納の肥やしにしていた。
ミリハウアが、新人を連れてきたとき、その新人がレッドネームだったことに、正直不快感を感じたものだが、それ以上にミリハウアが保護している相手というので、出来るだけの事をしてあげようと思ったのだ。場合によっては「恩赦状」を譲ってもいいと考えていたのだが、流石に1M以上もする高額アイテムを、メルの判断だけで新人に渡すことは出来ない。
取りあえず判断はミリハウアに委ねようと、家の中に眠っていた恩赦状7つをミリハウアが開けることのできるBOXへと移動しておいた。
ハウス内のセキュリティは「フリー」「フレンド」「パートナー」「オーナー」の4段階ある。
このセキュリティーはハウス内全体だけでなく、設備の個々に設定できるので、これは誰でも使用できる、これはオーナーしか触れない、といったように細かく仕分けることが出来る。
メルは、ミリハウアとモエ、そしてマイアーだけ「パートナー」としてハウスに登録してあり、今までは、このハウスのセキュリティレベルは「パートナー」にしていたのだが、ミャアを受け入れるにあたり、ハウス内のセキュリティレベルを「フレンド」まで下げたのがいけなかった。
ハウス全体のセキュリティを変更すると、個々のセキュリティも、ハウス準拠になるので、その後個々に設定し直す必要があるのだが、メルのハウスに出入りするのはミリハウア達だけだったため、セキュリティの変更をしたことがなく、そういう仕様になっていることをすっかり忘れていた、メルのミスである。
今朝方、その事を思い出したのだが、まさかミャアが黙って盗っていくような娘じゃないだろうと油断していたこともある。
だけど、念のため、とログインしてからセキュリティの変更をしようとして、恩赦状が無くなっていたことに気が付いたのだ。
ハウスはプライベート仕様なので、中に入れるのはフレンド以上で登録したプレイヤーのみ。
そして、メルのハウスに登録されているのは、オーナーのメル以外には、パートナーのミリハウアとマイアーとモエ。そしてフレンド登録したばかりのミャアだけだ。
となれば、ミャア以外に盗む者がいる筈もなく、また、モエが、「今朝早くにミャアちゃんが家の中にいた」という証言をし、念のためにハウスの出入りログを確認したところ、朝の4時ごろにミャアがハウスに入ったというログが残っていたため、彼女が盗人だと決定づけた。
可愛くて庇護欲をそそる娘だっただけに、会って間もないメルも、力になってあげようと思っていた矢先のこの事件だ。
メルは「裏切られた」という思いが強く、それ以上に敬愛するミリハウアを騙していたことが許せなかった。
ムカムカしながらも、アイテムのチェックを進めていく。
結果、被害は恩赦状7個の他、いくつかのレア装備が無くなっていた。
倉庫の肥やしになるぐらいなので、メルたちにしてみれば大したものでもないが、それでも叩き売りしたとしても10M近くにはなるだろう。
「こんなことする娘には見えなかったのにね。」
モエが、ボソッと呟く。
「……一応、姐さんには報告しておかないと。」
メルは、何とか声を絞り出してそれだけを言う。
悔しくて悔しくて、視界が涙で滲んでいた。
「そうね……後、他のプレイヤーにも伝えるべきだと思うけど。」
モエの言葉に、メルはコクンと頷く。
PKを始めとする犯罪行為は、一種のロールとしてゲームシステムに認められている。
であるなら、被害を未然に防ぐのも、プレイヤー自身で自衛するしかない。
その為に情報の拡散は必要な事だ。
メルはシステムウィンドウを立ち上げ、全体チャットのウィンドウを開く。
そして、ゆっくりと、ミャアによる被害を訴え始める。
このことにより、現在ログインしているプレイヤー全員が、ミャアという獣人の女の子が犯した犯罪を知ることとなった。
◇◇ ~ある古参プレイヤー達 その11~ ◇◇
『……以上が今回の被害のあらましです。皆さんも気を付けて、騙されないようにしてください。』
メルというプレイヤーからの全体チャットは、そんな言葉で締めくくられている。
「オイ、ウソだろ……。」
「そんな、あの娘がそんな事をするなんて……。」
「い、嫌だっ!俺は信じないぞっ!」
「クッソぉっ!可愛い顔して騙しやがってっ!」
「これだから女は信じられないんだっ!」
「み、皆。落ち着けって。ミャアちゃんがそんなことするわけないだろ。」
「だけど、アイツ今はレッドなんだろ?不可抗力って言ってたけど、それもウソなんじゃねえか?」
「そうだっ!レッドになる奴の事は信用できねぇよっ!」
突然の出来事に、古参プレイヤーたちは騒然となった。
中にはミャアを庇うものもいたが、上がる声の殆どは「ミャアに騙された」というものである。
「いいかおまえらっ!あの女見つけたら、すぐに知らせろよっ!見つけ次第PKKするんだっ!」
「「「「「「おぉっ!」」」」」」
かくして、ミャアの知らないところで、ミャアの討伐隊が組まれるのだった。
タイトル通り、冤罪なんですけどね、一度そう決めつけられると、証明する手段がないのですよ。
ネトゲの闇……ですねw
昔は、詐欺行為をロールしてブログに晒すという暇な人もいましたが、被害者側、そして罪をなすりつけられた側としては、とんでもない事ですよ。
ロールプレイとはいえ、それを楽しんでみている周りの人という存在があるから余計に……ね。
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