プレイヤーハウス その1
「ねぇ、ミリ姉。」
「ん、どうしたの?ミャアちゃん。」
採集しながら、ふと疑問に思ったことを聞きたくて、近くにいたミリハウアに声を掛けると、暇そうにしていた彼女は満面の笑みで応えてくる。
彼女が一緒に居るのは、単にボディーガードとしてだった。
ひょんなことからレッドネームになってしまったミャアは、現在誰から狙われてもおかしくない立場になってしまった。
レッドネームから足を洗うには,罪状を打ち消す特殊なレアアイテムを使いまくるか、罪が消えるまでの期間……プレイ時間300時間を大人しく過ごすしかない。
ミャアは、幸いにも、登録したての新人だったため、保護システムが働き、300時間の所を100時間まで減罪されていた。
それでも、普通にプレイしていて大体2週間から3週間は、街にも入れず、いつどこで誰に襲われるか分からないという恐怖におびえる毎日。襲われたとしても、返り討ちにして殺してしまえば、いままでの時間がリセットされるという極悪仕様。
つまり、脚を洗いたいのであれば、ひたすら逃げ続けなければいけない。まだ始めたばかりのミャアにとって、このペナルティは重すぎた。
そんなミャアを心配して、できうる限り近くにいてくれるというミリハウアの申し出は大変ありがたく、そして申し訳ないものだった。
「何でミリ姉はここまでしてくれるの?……やっぱり……身体が目当て?」
ミャアはそう言いながら上着をそっとずらす。
とても恥ずかしいけど、ミャアはミリハウアに身体を差し出す以外に代償を持っていない。
「ちょ、ちょっとっ!ストップっつ!!」
脱ぎ始めたミャアを、ミリハウアは慌てて止める。
この新人は、ちょっと眼を離すと、とんでもないことをしでかす。
……天然?これが天然ってもの???
「あのね、確かにミャアちゃんの身体はそそるモノがあるけどね。そんな体目当てって思われてると、お姉さん悲しいわ。」
「……そう言いながら、私の胸を揉むこの手は?」
「あぁっ、本能レベルで誘いをかけてくるミャアちゃん……怖ろしい子……。」
「……。」
「……冗談は置いといて、まず、なんだかほっとけないってのが一つ。」
背後からミャアを抱きしめながら、ミリハウアは言葉を紡ぐ。
「後はね、折角の女の子プレイヤーがいなくなるのはやだなぁって。」
ミリハウアの言葉に、ミャアは首をかしげる。
「んッとね。ミャアちゃんは分かっているかどうか知らないけど、こういうゲームをする女の子って少ないのよ。そこにきて、こういうゲームをしている男共は、女の子に対してデリカシーがないのが多くてね……。」
ミリハウアは少しだけ遠くを見る仕草をする。
ミャアはそんなミリハウアに身体を預け、後頭部にあたるフカフカに身を委ねる。
「だからね、折角ゲームを始めてくれた女の子には、もっともっと、このゲームを……この世界を……好きになってもらいたいじゃない。……好きなモノをすすめるって気持ちわかるでしょ?」
「うん……角にあるケーキ屋さんのモンブランのおいしさを、みんなに知ってもらいたいって言うのと同じだね。」
「そう、それよっ!……ちなみに、そこのケーキ屋さん、ガトーショコラはどんな感じ?」
「ガトーショコラですかぁ?ちょっとチョコレートがくどいような……好きな人にはたまらないかもしれませんけど。」
「いいねぇ。ちなみにね、ウチの近くには洋菓子屋さんが3つあってね……。」
暫くの間、ケーキ談議で盛り上がる二人。
ゲームの世界でも、年頃の女の子達が醸し出す雰囲気は変わり映えのないものであった。
「ところで、ミリ姉。プレイヤーハウスってどうやったら手に入れれるの?」
雑談を交えながら、ミャアは気になっていた事を聞いてみる。
「プレイヤーハウスねぇ……まずは『ハウジングツール』って言うアイテムが必要かな?」
「はうじんぐつーる??」
「そう、家のカタログと設計図と地図と各種書類が一緒になったようなものかな?とにかく、コレがないと始まらない。」
「それってどうやったら手に入るの?」
「………普通に街で売ってる。」
ミリハウアは、目を輝かせているミャアに、申し訳なさそうに告げる。
今のミャアにとって、「街で売っている」というのは一番残酷な言葉だからだ。
「うぅ……。うー、うぅー……。」
ミャアが、しばらく身悶えた後、上着を脱いでミリハウアに抱きつく。
「み、ミリ姉なら……何されてもいいから……欲しい……。」
潤んだ目で見上げられながら「欲しい」って言われると、胸の奥にクるものがある。
もし分かっていてやってるなら、トンでもない少女だとミリハウアは思う。
「こらこらっ!色仕掛け禁止っ!襲い掛かりたくなるでしょうがっ!」
「うぅ……ハウジングツールの為なら……襲っても……いいよ?」
「それをやめなっていうのっ!」
こからともなく取り出したハリセンで、ミャアの頭を叩く。
「まったく……はい。」
ミリハウアがトレードウィンドウを開き、そこにハウジングツールを置く。
「これって……。」
「私の持ってる奴。中古だから半額でいいわよ。」
ミリハウアは、街に戻れば買えるから……という。
半額でも、5万Goldもするアイテム。しかも、中古とはいっても、新品と何ら変わりなく、ミリハウアは新たに買うために10万Goldを払う事になるのだから、ミャアとしてはその行為にタダで甘えるわけにはいかない。
「定価でいいよ。この間大金手に入れたし……。」
そう言ってミャアはトレードウィンドウの金額の欄に10万Goldを指定する。
USOでの金銭のやり取りは、宝箱や倒した敵のドロップ以外は、直接銀行を通してやり取りが行われる。
勿論「相手の目の前に金貨を積み上げる」みたいなロールを楽しむために、アイテムとしての金貨、銀貨、銅貨などは存在するが、インベントリを圧迫するのと、死亡時のロストのリスクなどから、持ち歩くプレイヤーは少ない。
だから、レッドネームになって街に入れないミャアでも、プレイヤー同士の取引であれば、困ることは少ないのだ。
因みに、レッドネームになった要因である「プレイヤー大量爆殺」によって得た金額は実に1000万Gold以上にもなり、ミャアはちょっとしたお金持ちの気分だった。
尚、ミャアの取得金額がそれほどの大金になったのは、爆殺したプレイヤーの殆どが古参プレイヤーだったことに意由来する。
PKで相手を倒すと、相手の持ち物すべてをGoldに換算した総評価額の1/2が、自分の銀行に振り込まれ、更には相手の持ち物を奪う権利が与えられるのは、前述の通り。
古参プレイヤーたちは、奪われるリスクを嫌い、高価なアイテムは持ち歩かないか保険をかけているのだが、こと装備に関しては当然持ち歩く必要がある。
そして、古参プレイヤー程、その装備の価値は高い。
古参プレイヤーたちの装備の相場をGoldに換算すれば、平均80万Gold以上にもなる。
もっとも、計算されるのはNPC準拠になるため、評価額と実売の価格にかなりの差が出るのだが、それでも10万Gold以上の評価がつく。
それが60人分という事なので、いかに大量のGoldが手に入ったか?という事だ。
ただ、このことで、大いに慌てたのは運営サイドだ。
レッドネームになるプレイヤーとキルされる側のプレイヤーが示し合わせれば、無限Gold増殖が出来てしまう事に気が付いたのだ。
例えば、Aというレッドネームのプレイヤーがいたとする。
このAが評価額100万程のアイテムを持ち、Bというプレイヤーにキルされると、Bの銀行に50万Goldが入金される。
そしてBがそのアイテムをAから奪う。その後に復活したAがBをキルして、アイテムを奪い返すと、Aの元には奪われたアイテムと、銀行に50万Goldが振り込まれる。
これを繰り返せば、A,Bともに無限にGoldを増やすことが出来るというわけだ。
その事に気づいた運営は、キルしたプレイヤーの銀行に振り込まれるGoldの元を、システムではなく、キルされたプレイヤーの資産に変更した。
これにより、キルしたプレイヤーは、相手の資産の上限までしか奪うことが出来なくなり、ついでにレッドネームをキルした場合は、評価額の100%に切り替えられ、レッドネームのデメリットが増すこととなった。
この対応が迅速だったために、いち早く気付いたプレイヤーも、このバグを使ってGoldを増やすことは出来なかった。
尚、このシステムが、以前から適用されていれば、ミャアは今頃、多くのプレイヤーから恨みを買う事になったのは間違いないだろう。
そんな裏事情をミャアが知ることはなかったが、降って湧いた大金を得ているのに、ミリハウアに負担をかけるのは心苦しいといって、ミリハウアから正規の値段でハウジングツールを受け取るのだった。
ハウジングシステム、好きな人は好きですよね。
……作者の場合、大抵はただの物置になってしまうのですが(^^;
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