レッドネーム
「……反省してる?」
先程からクドクドと御説教をしているのは獣人族のミリハウア。
彼女は、USOのサービス開始当初からの古参プレイヤーで、その容姿も相まって、人望熱い頼れる姐さんとしてそれなりに有名なプレイヤーである。
「反省してますぅぅぅ……。」
しょんぼりと項垂れているのは、ミリハウアと同じネコ耳を生やしたミャア。
まだ、USOを始めて2週間もたっていない新人プレイヤーであるのだが、その名前は赤い。
USOでは通常青色でプレイヤー名が表示される。
そして、パーティを組むと、他のプレイヤーからは青色のままだが、同じパーティ同士であれば黄色で表示される。
また、ギルドに加入すれば、ギルメン同士は緑色に表示されるというように、そのプレイヤーの状態によって名前の表示色は変わる。
そして、その中でも特殊な意味合いを持つ色が灰色と赤色だ。
灰色は「グレーネーム」といい、「犯罪者」を示す。
他の善良なプレイヤー(青色ネーム)に対して攻撃を仕掛けたり、盗みを働いたりした場合に、この色に変わる。
といっても、大規模なモンスター掃討戦で広範囲魔法に味方を巻き込んだりするフレンドリーファイアーなどで、図らずもグレーネームになったりすることもあるので、グレーネームだからといって、必要以上に警戒することも蔑視することもない。
フレンドリーファイアーなどで、想定外にグレーネームになってしまっても、一定期間大人しくしていれば、表示色は青色に戻る。
元に戻るまでの期間は、状況に応じて変動するが、大体数時間から3日程度である。
これはオフライン時でもタイマーは動くので、ぶっちゃけグレーになっても、3日も放置しておけば、次にログインした時は元に戻っているという訳だ。
それに対し紅い表示……いわゆる「レッドネーム」は、犯罪者の中でも、PKに対して付けられる。
といっても前述のフレンドリーファイアーの事もあるので、グレーの状態でさらに数人のプレイヤーを殺さない限り、赤色になることは無い。
逆に言えば、赤色のネームは、自らの意志で殺人を犯している犯罪者中の犯罪者である証なのだ。
「ミャアちゃん、分かってる?レッドネームになるって事は、街中であろうとも、他のプレイヤーから襲われたって文句は言えないって事なのよ。しかも、ハラスメント警告のラインも緩くなるから、こうされてもハラスメントとして訴えることも出来ないのよ。」
「ひゃうっ!」
ミリハウアが、ミャアの胸をわしづかみにして揉みしだく。
「あっ……あんっ……ミリ姉……ダメぇ……。」
思わず漏れ出るミャアの切なげな声を聴いて、周りにいたプレイヤー達がソワソワと落ち着かなくなる。中には前かがみになって硬直している者達もいた。
例の爆発事件の後、ふらつきながら街に戻ったミャアは、門のところでNPCに遮られ中に入ることが出来ずちょっとした騒ぎになっていた。
そこに、死に戻りしたばかりのミリハウア達が駆けつけ、騒ぎのもとになっているのがミャアだと知ると、数人がかりで、ミャアを街の外にあるミリハウア達のギルドメンバーのハウスへと連れ込み、事情聴収を始めたのだった。
そして、詳しく話を聞けば、ミリハウア達が毛戦の場に指定した広場の下には、ミャアの失敗作が埋められており、爆発の原因となった火の玉も、ミャアの被害にあったうさぎの成れの果てだという事が分かってから、延々と1時間にわたりミリハウアのお説教が続いていたのだ。
「はぅっ……ゴメンナサイ……反省してる……だから胸は……あぁぁンッ……。」
……可愛ゆす……。
冗談半分に胸を揉んでみたのだが、腕の中で悶えるミャアの愛らしさに、手を止めることが出来ない。
ミリハウアの性癖はノーマルなのだが、ミャア相手なら百合ってもいいかも?などと危ない思考が頭の中を閉める。
バシッ!
突然ミリハウアの頭が叩かれ、その隙にミャアがミリハウアの腕から逃れる。
「姐さん、いい加減にするっす!」
ミリハウアの前にハリセンを持った女の子プレイヤーが仁王立ちしている。
彼女の名は、マイアー。ミリハウアがミストレスを務める『聖女の祝福』のサブミストレス
「怖かったねー、よしよし。」
そして、逃げ出したミャアを、抱きしめあやしているのは、このハウスの持ち主、メルだった。
「まぁまぁ、マイちゃん。ミストレスだって悪気があるわけじゃないし……。」
怒れるマイアーを宥めているのはモエ。この4人が『聖女の祝福』の幹部メンバーである。
幹部といっても、初期に立ち上げたのがこの4人というだけで、現在では20人を超える、それなりの規模のギルドになっているが、女性メンバーは今も変わらず4人だけなので、特に仲がいい。
「ま、まぁ、とにかくだ、レッドネームは百害あって一利ぐらいしかないし、一度レッドになると足を洗うのが厳しい。幸いにも、ミャアは新人で初犯だから、救済措置がとられているがそれでも1か月近くは不自由することになる。だから……。」
ミリハウアはそこで言葉を切り、メルの方を見る。
「うん、姐さんの頼みだしね。」
「悪い。」
メルとミリハウアはそれだけの言葉を交わし、再びミャアの方を見る。
「ミャアは、レッドの間は街に入れない。これは分かるな?」
ミリハウアの言葉にミャアは頷く。
先程教えてもらった事だ。
レッドネーム……PKのメリットとデメリット。
PKのメリットは、まず、倒したプレイヤーの所持財産の半分をGoldとして受け取ることが出来る。
これはプレイヤーが所持しているGoldそのものだけでなく、装備などのアイテムもGold換算されて計算される。
簡単に言えば、倒した相手がNPC販売1000Goldのロングソード、800Goldのチェインメール、300Goldの盾を装備していて、100Goldの未使用ポーションを3つ、現金を300Goldを持っていた場合、300Goldに、装備アイテムの相場価格2400Goldが加算された2700Goldの半分、1350Goldを手に入れることが出来る。
さらに、倒してから一定時間所持品をあさる権利が与えられる。この一定時間というのは、身ぐるみはがして持ち去るのに十分以上の余裕があるので、PKに襲われた折れた者は、所持品を諦めざるを得ない。
一方的に襲われるプレイヤーへの措置として「保険システム」が存在するが、それでも奪われる確率が1割は残るので完全ではない。
万が一奪われた場合、評価額の100%のGoldが支払われるが、奪われたのが滅多に手に入らない伝説のレア武器だった場合、「お金の問題じゃない」となるのはまちがいない。
このように、エネミーを倒してもGoldが手に入るわけじゃないというUSOのシステム上において、PKであれば容易にGoldを手に入れることが出来る為、PKに手を出すプレイヤーは少なくない。
デメリットは、まず、他のプレイヤーから狙われること。
通常のプレイヤーが通常のプレイヤーを襲えばレッドネームになるが、レッドネームのプレイヤー相手であれば、ペナルティーなしにプレイヤーを襲うことが出来る。
レッドネームであっても、倒した場合の報酬は変わらないため、レッドネームのプレイヤーを専門に狙うPKKというプレイヤーもいる。
レッドネームは保険システムを使えないため、PKよりPKKの方が割がイイと豪語するプレイヤーもいる。
次に、街中へ入ることが出来ない。
例外として、レッドネームが支配する村や、レッドネームを受け入れている街などを除いて、街中へ入ることが出来なくなる。
街中に入れないという事は、街中の施設も使えない、街中のハウスにも当然入れない。
街の外にある程度充実した拠点を持っていて、尚且つ、売買等を仲介してくれるプレイヤー達とのコミュニケーションが取れて無ければ、簡単に詰む。
その為、現状に飽きた古参プレイヤーが新たな刺激を求めてPK,PKKに手を出すというのがほとんどであり、プレイ期間1か月未満でレッドネームになるというのは非常に稀な存在だったりする。
因みにミャアの場合、意図せずに大量殺人をしてしまいレッドネームになったわけだが、本人にその気はなかったため……と言うか何が起きているか分からなかった為、ミャアによってキルされた60名のプレイヤーに被害はなく、システム的にミャアが大量のGoldを手に入れただけで、キルされたプレイヤーの持ち物に被害がなかったため、他のプレイヤーの被害がなかったから、こうしてミリハウアからのお説教だけで済んでいる。
「それではミャアも困るだろうからな、レッドが消えるまで、良かったら、このメルのハウスを利用するといい。」
「いいの?」
ミャアは、ミリハウアとメルを交互に見る。
「クラフター用の設備はキッチンぐらいしかないけどね。後、ドレッサーとかは勝手にあさるの禁止。アイテム保管したいなら、「一時置き箱」用意しておくからそれを使ってね。」
「……ありがとう。」
ミャアは頭を下げる。街中に入れない今の状況では、安全にログアウトできる場所は非常にありがたい。
外のフィールド上でログアウトした場合、ログアウトしても、アバターが1分ほどその場に残る仕様になっている。
その間は完全に無防備で、アバターが消えるまでの間に襲われ身ぐるみはがされることは、良くある話だ。
その点、プレイヤーハウスの中であれば、安全ログアウトが出来るので、それをさせてもらえるだけでも、感謝するには十分だった。
ミャアは、再度メルに頭を下げ、ログアウトする。
接続が切れる前、一瞬だけ見えたあの娘の昏い笑顔が、やけに気になった。
◇◇ ~ある古参プレイヤー達 その9~ ◇◇
あるプレイヤーハウス。誰も居ないのは分かっている。
……だけど急がなくては。もうすぐ夜が明ける……。
薄暗闇の中、窓から差し込む微かな明かりを頼りに、倉庫をあさる。
……あった。
ソレを、まとめて手に取り、収納にしまい込む。
一瞬、彼女の悲しげな表情が頭をよぎるが、頭を振ってその感傷を追い払う。
……悪いのは、全部あの娘……なんだから……。
言いがかりに過ぎないことは自分でもわかっている。
分かっているけど、ただそれだけを呟いてハウスから出ていき、薄暮の中へ姿を消していった。
PKに対するペナルティって、甘くないですか?
いくら言葉を言い繕っても、PKは弱い者いじめで犯罪者なんだから、もっとペナルティ厳しくていいと思うんですよ。
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