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最終話 それから

 三人の姫たちの無実が証明された。


 そのすぐ後で、辺境伯令嬢リーザはその場にパタリと倒れた。真偽判定の魔法陣からは光が失われ、彼女のマナが既に限界だったことが誰の目からも見て取れた。


 彼女を優しく抱き起こしたのは、マリエンヌだ。


「ありがとう。無理をさせてしまったわね……誰か、リーザを休憩室へ運んで。女性騎士の警護も頼むわ。今回の一番の功労者よ、丁重に扱って」


 リーザが運ばれていく様子を、貴族たちは拍手で見送る。皇帝もまた、うんうんと頷いて運ばれていく彼女を愛おしげに見送ると――


 一転、冷めた目に変わる。


「さて……ヒルデ。釈明はあるか」

「違うの! 違う、違うのよ! 私は本当に、配下の騎士がパンツを持ってきて、それで……!」

「御託はいい。お前はその薄汚い野心のため、これまでどれだけの人々を虐げてきた。傷つけてきた。お前の言動の影響力は、悪気はなかったで許されるほど軽いものではないと、いつになったら自覚するのだ……もういい。首を差し出せ」


 そう言って、皇帝は腰から剣を抜く。

 ヒルデはペタンと尻餅をついて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を隠しもしないまま、這うようにしてその場から逃げようとする。


 そんな中、皇帝の前に立ちはだかる者が一人。


「どういうつもりだ、マリエンヌ」

「そこまでにしてください、陛下」

「ヒルデの悪行を見逃せと言うのか」


 マリエンヌはふぅと息を吐くと、寂しげな表情を浮かべて、小さく首を横に振る。


「陛下は……変わってしまわれました」

「……昔の私のままでは、皇帝は務まらん」

「えぇ。この大国を背負うことは、わたくしなどには想像もつかないほど重く苦しいものなのでしょう。もっと早く陛下に寄り添えていたら。一緒に重荷を背負えていたら。そう後悔しない日はありません」


 彼女はそう言って、胸元でキュッと拳を握る。


「せっかくの機会です。少しゆっくり……そうですね。二人きりでお話しませんか?」

「……何のつもりだ」

「わたくしは陛下の心の声をお聞きしたいのです。寄り添いたいのです。そうやってじっくり話してもなお、ヒルデさんの処刑を決意なさるというのであれば、それを止める権限などわたくしにはありませんが……もし可能なら、考え直していただきたいと思っております」


 場が静まり返り……数秒か、数十秒か。

 たっぷりと時間をとった後で、皇帝は剣を鞘に収める。その姿に、マリエンヌは満足そうな表情を浮かべて皇帝に駆け寄ると、その手を取った。


「分かった。ヒルデの処分は一旦保留だ」

「ありがとうございます」

「ヒルデ、喜べ。お前の寿命は、少なくとも1日は伸びた。マリエンヌによく感謝して……家族への別れの挨拶は、今日中に済ませておけ」


 皇帝はそう言い残すと、マリエンヌを伴ってその場を去っていった。


 そして、その翌日。

 なんだかツヤツヤしたマリエンヌと、やたらげっそりと干からびている皇帝クラウスは、今回の件でヒルデの処分をしないと発表した。あわせて、近いうちにマリエンヌを正式に皇后として迎え、新しい皇家が始動することが周知される。


 国内の大派閥は、どこもかしこもマリエンヌへの感謝と祝福の声で溢れていた。

 公爵令嬢ヒルデを救われた中央貴族派。侯爵令嬢ハンナリセを救われた地方貴族派。高位神官ニャッキを救われた神殿派。剛力令嬢アヤメを救われた軍閥派。中小派閥まで含めればキリはないが、マリエンヌの皇后としての支持は盤石だと見て良い。


 それから数日が過ぎる頃には、皇帝が身を固めるという情報が帝都の一般市民たちの間にも広まった。女たちの井戸端会議には新ネタがどんどん投入され、男たちは再び酒を飲む口実を手に入れて、帝都の雰囲気はいっそう楽しそうなものになっていた。


 さて、そんな慌ただしい帝都から。

 竜車が一台、のんびりと辺境へ向かう。


「リーザちゃん、最後に姉貴に挨拶しなくて良かったの? たぶん今度会ったとき怒られると思うけど」

「いいんだって。皇后陛下はこれからどんどん忙しくなるだろうし。それに……シモンを連れてきちゃったから、なんかちょっと気まずいなぁって」


 リーザはそう言って笑った。


 そう、皇帝に婿を紹介してもらおうと息巻いていたリーザであったが。そんな彼女のもとに現れたのは、マリエンヌの弟であるシモンであった。彼はなんだか似合わない敬語を使って、リーザにぎこちなく求婚してきたのである。

 確かに考えてみれば、年下ではあるが、リーザの求める婿の条件にシモンはピッタリと合致している。人柄も家柄も悪くない。とはいえ、知り合ってまだ間もないので、ひとまず辺境に連れ帰って様子を見ることにした……というのが、ことの経緯である。


「まぁ、シモンの求婚にはアンヤーク伯爵家の意向も多分に絡んでるんだろうけどね」

「信用ないなぁ。僕は純粋に惚れたのに」

「でも辺境にもアンヤーク家の人員を送り込んだりするんでしょ? あー怖い怖い」


 リーザはクスクスと笑いながら、今回の旅で手に入れたモノを静かに思い返す。皇帝クラウス、皇后マリエンヌとの友情。アンヤーク家との繋がりや、高位神官ニャッキとの出会い。ハンナリセやアヤメとも和解することができたし、しょぼくれたヒルデはただのオモシレー女に変わり果てていた。


 そして彼女の隣には、男の子が一人。


「リーザちゃんをデレデレに惚れさせてやる!」

「その前にヨボヨボにならないといいけど」

「え、そんな時間かかる想定!?」


 さてさて、辺境に帰ったリーザが、果たしてこれからどんな人生を歩んでいくことになるのか。シモンの恋はちゃんと実るのか。それは歴史書にどのように記述されて、実際のところはどうだったのか。


 それはまた、少し別のお話である。


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