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第四話 高位神官

 精霊神殿は多神教である。

 主神である雷神ザグルスを中心に、各地域の神話を飲み込みながら数多の神・精霊を祀っている一大宗教。偉人や悪霊すら神格化するその「懐の深さ」で、人々に寄り添いながら普及してきたのが精霊神殿であった。


 ラバースーツに身を包んだリーザは、帝都の中心地にある大きな精霊神殿を遠目に眺める。


「パンコレ神……か」

「リーザちゃん。どうしたの?」

「いや。精霊神殿にはパンツ泥棒の神様がいるんだけどね……しかもけっこう熱心で、信徒も少なくないんだ」


 一見、それは馬鹿げた神様に思える。しかし旧ビアンケリア帝国領で、パンコレ神は根強い人気を持っている神様なのだ。そのお祭りでは信徒たちが素っ頓狂な歌声を上げ、パンツをばらまきながら街を練り歩くことで有名である。

 師匠であるキリヤはあまりその話題に触れたくなさそうだったから……おそらくかつてのパンツ集め作戦が何かしらの影響を与えているのだろう。リーザはそんな風に確信していた。


 シモンは神殿をチラリと見た後で、リーザにふにゃりと気の抜けた笑みを向ける。


「それにしても、リーザちゃんの今日のターゲットは神官ニャッキか。別に悪い子じゃないだろう?」

「うん。でも今回は、灸を据える目的のパンツ狩りじゃないから……主にマリエンヌのためだよ」

「姉貴のためね。まぁ、深くは聞かない方がいいか」


 シモンはリーザの2つ年下で、一見チャラチャラしているように思えるが、実際はかなり賢く立ち回る男である。リーザはこの数日で、シモンをそのように評価していた。


「キリヤは言ってた。情報共有は最小限の範囲で」

「アンヤーク家にも似たような格言があるよ」

「それだけ真理に近いアドバイスってことかもね」

「宗教に近い刷り込みかもしれないけど」


 ふふ、とリーザは笑って、ハンドサインを出してから歩き出す。目指すは精霊神殿。警護にあたっている聖堂騎士たちを出し抜いて、高位神官ニャッキの居室に忍び込み、彼女のパンツを狩るのが今日の目的である。


 精霊神殿の建物は、トゥニカ神国の技師が設計するのが昔からの習わしである。その地域に溶け込むようデザインの細部は変えているが、基本的な作りに大きく変わりはない。

 これから忍び込もうというリーザにとっては、分かりやすくて素晴らしいという評価になるだろうか。もちろんそれで、侵入の難易度が下がるわけではないけれど。


(真面目に警備してるな……ニャッキは信奉者も多いし、気の抜けた騎士はいないか。まぁ、情報通りだけど)


 シンプルな建物ということは、すなわち隠れる場所が少ないということ。設計が共通しているということは、警備の方法にもノウハウが蓄積されて洗練されているということになる。

 そして、だからこそ……警備情報をしっかり入手して計画を練っている侵入者は、その隙を突ける。


(まぁ、言うほど簡単じゃないけどね。侯爵家の邸宅の方が何倍も侵入しやすかったなぁ。さてと……)


 各地の精霊神殿に共通している特徴。

 建物の材質が、真っ白な石灰石であること。


 それは宗教的な意味合いももちろんあるが、どちらかというとトゥニカ神国でよく採れる石灰石を何か理由をつけて輸出したいという意図があるのだろう。神殿だって人間が作った組織に過ぎないのだから、そういった生臭い側面だって普通に存在するのである。


「報告せよ」

「はっ。異常ありません」

「承知した」


 リーザの目と鼻の先で、騎士たちが定型的な報告を交わしている。どうやら気づかれてはいないらしいと、彼女は胸を撫で下ろした。


 今日のために首に巻いている薄布は、いつもの黒いものではなく白いもの……彼女が「白腕」と名付けた特注品である。

 機能としては黒腕とほぼ変わらない。マナ操作によって意のままに形を変えるのは同じだが、この白腕はさらにマナを込めることで、真っ白な色に染まり――つまり神殿の石灰石とよく似た色になるのだ。


 壁状に展開した白腕。

 リーザは神殿の建物と同化する。


(……よし。侵入を再開する)


 そんな風にして、彼女は騎士たちから慎重に隠れながら、ついにニャッキの居室までやってきた。

 彼女の部屋は、その高い地位のわりに質素である。それは神殿として清貧を是としていることもあるが、そもそもニャッキ自身の気質としてそれほど物に拘らないのだろうとリーザは推測していた。


 そうして、リーザがニャッキに近づいていくと。


(これは……?)


 ベッドサイドのテーブル。

 その上に……パンツと手紙が置かれている。


 罠であることを警戒したリーザは、平和そうな顔で眠りこけているニャッキの下半身を確かめる。確かに彼女は、現状パンツを穿いていない。少し迷ったが……まずは手紙を読まないことには何も始まらないだろう。


(手紙……魔術的な仕掛けはない。内容は――)


 パンコレ神の使徒様へ。


 たぶんデスけど、侯爵令嬢ハンナリセさんのところにパンコレ神の使徒様が現れたんデスよね。そうだと仮定して、ワタシのパンツをここに置いておくことにしたデス。必要ならぜひ持って行っちゃってくださいデス。

 えっと、ワタシの祖母ニャウシカはかつてパンコレ神の使徒様に助けてもらったことがあるデス。それで、当時の使徒様を追いかけてって、しれっと妻の一人に収まり、いろいろあって――で、ワタシが生まれたってわけなのデス。


 なので今回のパンコレ神の使徒様も、きっとワタシのパンツを悪いようには使わない。そう信じることにしているデス。有効活用してくださいデス。


(えぇぇ……師匠、一体何したんだろう)


 リーザはなんだか釈然としない気持ちで、パンツと手紙をバックパックにしまい込む。想定外の事態ではあったが、こうしてパンツを入手できたこと自体は悪いことではない。


 精霊神殿を脱出したリーザは、無事にシモンと合流する。


「リーザちゃん、ちょっと疲れてる?」

「……うん。今日はさっさと寝るわ」

「何があったのさ」

「詳しい話は明日ね。今日はもう限界」


 そうして、2つ目のパンツは予想もしていなかった形で手に入ることになったのだった。


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