第一話 皇后筆頭候補
第20回 #書き出し祭り
作者予想に正解した
さらさらしるなさん(@unlcky_Lady611)
への景品になります。
(全8話)
▼下記の2作のクロスオーバーです。本作単体でも楽しめるように書きましたが、読むとニヤリとできるかと思います。
・皇后筆頭候補(代理) は、“粛正皇帝”の最愛を求めない。
https://ncode.syosetu.com/n0928hv/18/
※作者様に許可いただいた作品になります
・暗殺者キリヤのパンツ集め
https://ncode.syosetu.com/n4450fy/
※こちらは自作です
――俺に群がる令嬢たちに灸を据えろ。
辺境伯令嬢のリーザは、若き皇帝クラウスからの依頼内容を思い出しながら、紅茶のカップをゆっくりと傾けていた。
即位三年で処刑台を血塗れにした“粛清皇帝”クラウス。その皇后候補を選定する舞踏会が昨日から始まっている。帝都では一般市民が連日酒を飲んでお祭り騒ぎをしているし、貴族たちは綺羅びやかな舞踏会に自慢の美姫を並べているが――しかしその裏では、各貴族家が熾烈な足の引っ張り合いを繰り広げていた。
そんな中、リーザは舞踏会の前日にちょっとした事件から皇帝に目をつけられてしまった。結果として、初日から皇帝にファーストダンスを申し込まれて悪目立ちすると同時に、とんでもない依頼を押し付けられてしまったのである。
――舞踏会の期間中、皇后筆頭候補として振る舞い、悪意を持って寄ってくる令嬢たちを炙り出せ。
「それで……リーザさん。どうなさいますの?」
リーザの対面に腰掛けているのは、マリエンヌという名の伯爵令嬢である。
彼女は皇帝から「この娘のことは信頼して良い」と紹介された唯一の味方であり、今日はお茶会と称した作戦会議を行っている。辺境と違って、帝都には配下がほとんどいないため、何をするにしても現地協力者は必要になるのだ。
「パンツ狩り。それが今回の作戦だよ」
「パン……え?」
「陛下からの依頼を完遂するには、生半可な作戦では駄目だと思う。それに、舞踏会が行われる10日間のうちに全てを片付けるには、今のままでは手札が足りない」
令嬢のパンツというのは、今の状況において非常に重要な切り札になりえる。
その理由は、帝国に古くから伝わる習わし。
女性は夜這いに来た男性を受け入れた際に「両思いの証」としてパンツを手渡す習慣があるのだ。当然、皇后になりたい令嬢たちは、皇帝がいつ来ても良いように準備している。
「なるほど……確かに選定期間中は、皆さん特注した名前入りの勝負パンツを毎晩身につけていらっしゃいますから」
「それが流出するのは大問題でしょ。貞操が疑われる状況というのは、皇后候補の選定争いにおいて大きな不利になる。だから、そのパンツをどう利用するにしても、強力な手札になる」
パンツ狩りをするメリットは明白である。
そして幸運なことに、それを実行するに足る技術をリーザは持ち合わせているのだ。
「足りないのは情報。誰のパンツを狩るにせよ、ターゲットの情報は必要不可欠。でも私には帝都で動かせるような配下がいないから……マリエンヌにはそこのサポートを頼みたい」
「承知しました。お任せください」
「そうだなぁ……5日目までは様子を見よう」
リーザは顎に手を当てて、頭の中で作戦を練り上げる。
「5日目までに私に近づいてきた者、危害を加えようとしてきた者……そういった者について随時、情報を探ってもらいたいんだよ。可能かな」
「もちろんです。我がアンヤーク家にお任せください」
「おぉ、怖い怖い。皇家と密に繋がりながら、実際の活動内容が謎に包まれているアンヤーク伯爵家……帝国の長い歴史の中で、どんな役割を担ってきた家なのか。あまり掘り下げると、こっちにまで火の粉が飛んできそう」
ふふふ、と怪しく忍び笑いをする二人の令嬢は、傍目には穏やかにお茶会を楽しんでいる年頃の女の子のように見えた。
「青の魔女。蛮族殺し。そんなリーザさんの異名に“パンツ狩り”という単語が加わるわけですね」
「加えないでよ。極秘任務なんだから」
「分かっております。ですが……ふふ。陛下が貴女を裏でなんと呼ぶようになるかは、わたくしが口を出せる問題ではありませんので」
そう笑うマリエンヌに向かって。
「口は出せるでしょ。未来の皇后陛下」
リーザが放った一言。
途端に、お茶会の空気が冷える。
「あら……てっきり、リーザさんは余計な詮索などなさらない方かと思っておりましたわ」
「余計な詮索はしないよ。でも必要な確認はする。もし私の推測が当たっていて、マリエンヌが皇后になることが既に決まっているのなら……良い話があるんだ」
リーザはクスクスと笑いながら、紅茶のカップを静かに置いて、マリエンヌに挑戦的な視線を向けた。
「私の策に乗れば……上手くやれば、貴女の皇后としての立場を盤石にすることができる。女たちが一枚岩になれば、陛下の治世は今よりずっと安定するでしょ。乗る気はある?」
「あら。詳しくお話を伺っても?」
「もちろん。計画の細部についてはマリエンヌに相談したいと思ってたんだ。私は宮廷事情に明るくないから、マリエンヌの忌憚のない意見が欲しいんだよ。まずは――」
そうして行われた二人の令嬢による悪巧み……それは歴史書に残る類のものではなかったが、これによって“粛清皇帝”とまで呼ばれたクラウスの治世は、その評価を大きく変えることになる。
それから数日後。
舞踏会の開催期間も半ば。
5日間も連続で皇帝のファーストダンスを独占しているリーザは、計画通り皇后筆頭候補と呼ばれるようになっていた。
「恥知らずの野蛮な田舎令嬢が」
「ヒルデ様を差し置いて生意気です」
「蛮族殺しのくせに」
取り巻きたちと一緒にグチグチと嫌味を言っているのは、公爵令嬢のヒルデ。
皇帝が「必ず灸を据えるように」と名指しにするほど高飛車な彼女は、やはりというべきか、魑魅魍魎の貴族令嬢の中でも際立ってネチネチしている。そして周囲の取り巻きは、それをひたすら肯定し続ける。
血統を見れば、彼女の扱いも当然だろう。
ヒルデの母親は前皇帝の妹であり、皇家からボウケイノ公爵家に嫁いだため……つまりヒルデは、皇帝クラウスの従妹という立場になるのだ。
そんなヒルデのもとに、一人の令嬢が近づく。
「あら、ヒルデさん。ごきげんよう。貴女がいらっしゃるだけで、舞踏会の壁がとても華やぎますわ」
――意訳。壁の花ざまぁ。
彼女は侯爵令嬢ハンナリセ。
柔らかい笑顔で猛毒を吐く彼女は、地方貴族派の中で最有力の皇后候補である。グラマラスな体型と蠱惑的な泣きぼくろが魅力的だと評判で、奥ゆかしくお淑やかな令嬢だと噂されている。
「陛下からは今日もダンスのお誘いを受けてしまいました。光栄ですが、殿方の体力についていくのは大変ですね」
「……くっ」
「あら大変。ヒルデさん、そんなお顔をされたら、お上手に作られた淑女の仮面が剥がれ落ちてしまってよ」
ハンネリセが皇帝と踊ったのは3回。
一方で、ヒルデを含む多くの令嬢はこの5日間で1回きりしか踊る機会を与えられていない。誤解を恐れずに述べるのなら、参加賞として義理で踊ってもらったに過ぎないのだ。
「あら……何やら空気が土臭いと思ったら」
「ごきげんよう、ハンナリセさん」
「リーザさん。帝都の水は肌に合いまして? 自然豊かな辺境とは色々と勝手が違うでしょう。貴女のような清らかな乙女は、森の緑のほうが似合うのではないかしら」
――意訳。田舎にすっこんでろ。
彼女はそうやって、リーザに対しチクリと突き刺すような一言を残すと、穏やかに微笑んでその場を去っていく。おそらくはこうして、少しずつリーザの心を削るつもりだろう。
公爵令嬢ヒルデの生家であるボウケイノ公爵家が中央貴族派の筆頭ならば、侯爵令嬢ハンナリセの生家であるカーネモーチ侯爵家は地方貴族派の筆頭である。侯爵領には大規模な鉄鉱山があり、皇家としてもその影響力は無視できるものではない。
ハンナリセが毒を吐き散らかしながら去っていき、悪化した空気の中。今度は神官服に身を包んだ褐色肌の美少女が現れる。
「なんか雰囲気がギスギスしてるのデス」
精霊神殿の高位神官ニャッキ。
彼女はトゥニカ神国から派遣されてきた神官であり、おそらくはその美貌を使って帝国中枢部に入り込もうと……少なくとも本国はそういう意図をもって彼女を送り込んだのだろうと、誰もが推察していた。が、彼女の性格がどうも皆の警戒を緩めさせてしまう。
そのニャッキが皇帝と踊ったのは4回。
回数で見ればリーザに次ぐ多さである。
「リーザさん。あまり落ち込まないで下さいデス。お祖母ちゃんが言ってたデス。あまり理不尽な言動をしている子たちは、今に神様から相応の天罰が下るのデス」
「天罰って」
「リーザさんとは色々とゆっくりお話したいと思っているデスよ。ここではなんデスから、ぜひ神殿に来てくださいデス」
ニャッキはよく分からないことを口走ると、リーザににっこりと笑いかけてその場を去っていく。
明るくて自由奔放な彼女は、普段はみんなから好かれる存在である。しかし今、皇后候補の選定という貴族の今後を決める場。彼女を応援しているのは精霊神殿と関係の深い貴族たちで、神殿派などと呼ばれている派閥である。彼女もしっかり権力闘争の渦中にいるのだ。
そんなニャッキと入れ替わるように、一人の令嬢が現れる。
「ふん。どいつもこいつも……軟弱者がピーチクパーチクうるせぇな……」
人呼んで、剛力令嬢アヤメ。
帝国軍の元帥である父は軍閥派のトップであり、彼女もまた皇家としては無視できない存在である。皇帝と踊ったのは3回で、侯爵令嬢ハンナリセに並ぶ有力株と見られている。
幼少期から鍛え上げた筋肉で、アヤメは地位や権力とは違った形で周囲の令嬢を威圧しながら、リーザの目の前に堂々と立つ。
「ふん。毒を使う卑怯者が筆頭候補とはね」
「あら。力押しだけの脳筋が、何か言ってるわ」
「……やっぱり、あたしはお前が嫌いだ」
アヤメの強烈な気あたりを受け流しながら、リーザは背筋のに走る悪寒を努めて無視した。
リーザとて元暗殺者キリヤに師事した身。魔術、武術の腕もしっかり磨き上げてきたし、毒や魔道具にも精通している。辺境にいれば実践経験に事欠くこともない。
それでもアヤメと戦えば、勝敗は読めない。実力はよくて互角だろう。正面からの戦闘は避けたいところだ……リーザはそんな風に考え、小さく溜息をついた。
(というか、毒物の知識があるのは否定しないけど、“蛮族殺し”の異名がつけられた経緯には誤解があるんだよねぇ)
そして舞踏会も終盤になった頃。
リーザの元にやってきたのはマリエンヌである。
「ごきげんよう、リーザさん」
「マリエンヌさん。その後はいかが?」
「えぇ、万事滞りなく」
こんな場所で詳しい話はできないが、今の二人はこの言葉とアイコンタクトだけで、十分に意思疎通ができていた。
「本当にあの三人ですの?」
「もちろん。何か不安があって?」
「いえ……理解はしておりますが」
ターゲットの選定は済み、マリエンヌに依頼した情報も出揃った。そう、いよいよ今夜。
――辺境伯令嬢リーザによるパンツ狩りが、ついに始まるのだ。