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鮮烈のジューフリス  作者: 相楽 二裕
第一話 緋色の宝玉
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05 マルトハルコ

「さっきの道とはずいぶん様子が違うね」

 カウネの声が狭い通路に反響して幾重にも響く。先頭で灯りを持つ彼女は用心深くゆっくりと歩を進める。


 身体のままならぬボッツは団員たちが交代で支え、足を引きずりつつもなんとか歩いていた。この状況では、些細な見逃しが仲間全員の安全に関わる。そのため足取りはどうしても遅くなってしまう。


 ジューフリスが暗がりで、壁に手を当てて、確かめる。

「こっちの洞穴は大部分を人間の手で掘り整えたものだわ。道がほとんどまっすぐだし、床も壁も平たい。下り勾配もほぼ一定。壁にはあの呪いめいた文字もない。おそらくさっきのアクトマニカ廟とは違う時代のものじゃないかしら……」

「違う時代?」とマルケロがあらためてキョロキョロと辺りを見回した。

「あっちの廟より古いのか、それとも新しいのかはきちんと調べてみないと分からないけど。でもあっちはとりあえず埋葬した感じがあるのに比べて、こっちは整然としていて計画的に時間をかけてつくられた通路のようだわ」

「確かに、そうだな」

「それに……」

「それに、何だ?」

「死霊がいない」


 ジューフリスの言うとおり、こちらの道に魔物は現れないようだ。石扉がいままで固く封印されていたためかもしれない。自分の足で満足に歩くことができないボッツは、最後までどうにかこの静けさが続くよう祈った。


「うぇ……しんど。重てえなぁ。野郎はよ」とボッツの支えをマルケロと交代したノヤックが、ぐるぐると腕を回してぼやきながら、「しかし驚いたぜ」とジューフリスを振り返る。

「何が?」

「あの鳥、だよ」

「ああ……」

「とてつもない攻撃力だった。お前さん戦闘力は皆無だと言いはってたが、ありゃ嘘っぱちか?」

 詰め寄られて彼女はクスリと笑った。

「魔法のことなんてわからないくせに」

「そりゃそうだがよ……」

 と、ノヤックは言葉を呑み込んだ。彼にしてはずいぶんと殊勝な態度である。あの光景によほど度肝を抜かれた様子だ。ノヤックは単純で口が悪いだけであって、状況把握能力は高い。それがゆえ団員たちも彼を副長と認めているのだ。あのときジューフリスのあの行動が無ければ、皆がどうなっていたかは、正確に理解している。

「あれは武器でも戦闘でもなかった」

「そうなの?」

「今になったら自己嫌悪しか湧いてこない。なんとかしなくちゃと思って、場当たり的にやっただけだよ。あんな粗末な方法しか思いつかなかった。あんな美しくもない、使い捨ての術式を……このあたしが……」

 ジューフリスがだんだん自分を責めるような口調になってきたのを、ノヤックが遮って、

「俺は魔法のこたぁ解らねえ。でもあれはあれで十分じゃねえのか……皆助かったんだしよ。ものごとってのは、整ってりゃいいってことばかりじゃねえぜ」

「そうだね。だけど……ああーっもうなんかわらわらする~!」

 とジューフリスは自らの頭を掻きむしった。

 ノヤックは半ば呆れ顔で、

「だからおめえはそういうトコ頭がカタイってんだよ。過ぎたことだぜ。次からは自分のナットクがいくようにすりゃいいじゃねえかよ」

 するとジューフリスは三白眼でノヤックを睨み返した。

「次? あんなの毎回使えないよ」

「そりゃそうだ。あれを毎回やられたら俺たちの命だって危ねえってもんだ」

 二人の会話を聞いていたエスランがその会話に割り込んできた。

「魔法使いというのは……もの凄いものだな」

「やっとジューフリスのことがご理解いただけたようで」

 マルケロが振り返って笑った。



 通路はすぐに一つの部屋に突き当たり、そこで終わっていた。


「なん……じゃあこりゃ!?」


 団員たちは声を揃えてその異様さに固唾をのんだ。

 むろんエスラン・ロキモンドも例外ではなかった。


 その部屋はアクトマニカ廟の広間の半分ほどの広さしかなかった。しかし壁は一面、丁寧に彩色がされていた。まばゆいばかりの装飾は、いにしえの時代を感じさせつつも、ほとんど劣化のない完璧な状態で残されていた。


 そして部屋の中央にはカンテラの灯を受けてキラキラと真紅に輝く甲冑――をまとい、剣を携えた少女(・・・・・・・)が、佇んでいた。


「緋色の……」

「人形……か?」


 ジューフリスよりも小柄な、少女の立像。細部まで精巧に人間の姿を模して造られている。曇りのない鮮やかな緋色はこの部屋の何にもまして不自然なほど時代を感じさせない。緋色をしているのは甲冑ばかりではない。胸の前、切先を上に向けるようにして少女が両の手で握りしめていた剣も、手も、足も、顔に至るまですべてが同じ、緋色だった。


「てことはこれが……緋色の……宝玉?」

 カウネが思わず呟きを漏らした。

「宝玉? 人形じゃねえか」ノヤックが言った。

「宝石みたいな色だから宝玉と呼んでも差し支えないだろ」と、マルケロが、ボッツを支えていない方の拳で、像をコツンコツンと叩く。「石……みたいだな。これは……塗装してあるのか?」


「マルトハルコよ」

 ジューフリスが断言した。


 ノヤックが問いかける。

「マルト……何だいそりゃ?」

「硬くて紅い鉱物の一種。昔はこれを砕いて盾やら壁やら何かに塗ったの。砕いて……別の何か鉱石を砕いたものと混ぜ合わせて……秘密の何かをして……とにかくこれを原料に塗料を作ってモノに塗ると、あのジル石の百倍も硬度が上がるのよ。何百年も前に鉱脈は枯渇したって聞いたけど。今となってはもう文献にしか出て来ない貴重な鉱物よ。たぶんこのあたりは昔マルトハルコの産地だったのね」

「まさか、最初から知ってたのか?」

 ボッツが目を細めた。

「いいえ」ジューフリスは首を振る。「たったいまこれを見て思い出したのよ」


 彼女はその立像を矯めつ眇めつ観察しつつ、

「すごい。全身がマルトハルコだ。きっとダントゥーガ最後の秘宝だったんだ」

 と手放しで賞賛を述べる。

「人形を真っ赤に塗りたくってどうしようってんだい」

 ノヤックがいつもの調子で毒づいたが、それを遮ってジューフリスが、

「マルトハルコは魔力も蓄えることができて、魔法で制御できるのよ。つまりこれは、魔力充填で動く魔装兵士よ。いったん魔法で賦活すると高効率で魔素が循環して、長時間稼働させることができるのよ」と、まるで自分が手柄でも立てたかのように、自慢げに言い放った。

「魔装兵士だあ?」

「ひょっとしてこれ……ドルファス様の作かも!」

 かつて東バツーで悪名をとどろかせたという、ドルファス=ドールドーラを知らぬエスランが横から問いかける。

「誰だ、そのドルファスとは?」

 するとノヤックがすかさず、

「千何百年も前の魔法使いのジジイだってさ」

「ジジイじゃないもんバカ、呪うぞっ!」

 ジューフリスはノヤックに向かって鼻筋を顰めた。

「トーキス地方に、かつてドルファス様に仕えた『紅の四戦騎』っていう使役神の話が伝わっているのよ」

「お伽噺かよ」

 彼女はもはやノヤックの言葉に耳を傾けない。あらためて像に向き直ると、右手を像に向けて伸ばし、何かをしようとしている。

「これは魔法使いでないと動かせない。見てなっ。ちょっーと動かしてみせるから」

「お、おい……まさかこれが……動くのかよ?」

 ノヤックが目を剥いた。

「そう言ったわ」

 像に向かって魔力をこめるジューフリス。

 十も数え終わらぬ間に、像がギシリと音をたてた。


「お……おい、マジか……」


 皆の前で、少女像がすうっと目をあける。その瞳もいっそう澄んだ緋色である。そして少女は首を回転させ周囲を見回すと、ゆっくりと動き出す。

 掲げた剣を下ろして、そして――。


「あ……なたがわたしを再び目覚めさせたのですか?」


「し、しゃべった!」


 皆が度肝を抜かれたのは言うまでもない。


「そうよ」とジューフリスは少女像に優しく応え、皆を振り返って、「ほら動いた動いた!」と人形を指さし、少女のようにはしゃいでみせてから、「ロキモンドさん」と、いまさら他人行儀に恭しく名を呼ぶ。

「な、なんだ?」

「良かったですね! これがお目当てのものです!」

 無邪気にほほ笑みを投げる。


「あ……ああ……そうか、そうか」


 エスランは忘我状態になってただ首を縦に振った。

 まるで全く予期せず唐突に何かの矢で射貫かれたときのように。



 一行は喋って動く緋色の魔装兵士に唖然としながらも、目的を果たしたことを確信して喜んだ。ところが、少女像の背後に回り込んでいたボッツがひとり難しい表情で、なにやら一点に目を向けると、「おい……」と不穏な声を上げた。


「なに? ボッツ、どこか痛むの?」

 カウネの問いかけに、

「いや……こっちの碑文だけど」


 少女像に気を取られて気づかなかったが、たしかに像の立っていたあたりの背後に小さな碑があるのにボッツが気づいた。それはアルケイニア語で刻まれた碑であった。ボッツはアルケイニア語を多少読むことができる。ボッツはそれを声に出して読んだ。


「獣王ブラグニコ……宝玉の守り手にて踏み入りたる者の行く手を阻むべし」


「はい……?」


 ジューフリスの目が、大きく見開かれ、そのまま硬直した。


 どこから現れたか、その視線の先、部屋の入口あたりに音もなく立ち、鬼神のような顔で睨んでいたのは、マルケロの背丈の二倍はあろうかという、二つ目の巨人。手には恐ろしく大きな棍棒を握っている。


「キクロペー!」ジューフリスが叫ぶ。

「おい、あの図鑑の巨人じゃねえか?」とノヤック。

「いや、目が……二つある!」ボッツが言う。

「てことは……原種か?」

「おい、何かマズイぞ!」


 ウガガガッ――!


 その巨人が突然、その棍棒を振るって、襲い掛かってきた。



 片つ目の巨人はその昔、獣と混血させて人間が創作した、という説もある。ジューフリスの図鑑に掲載されていたものは少なくとも身長三ファール、つまり標準的な人間の背丈の三倍はあろうかという巨大人だが、こちらはそれに比べて小柄ではあるものの、この狭い空間において『巨人』と呼べる異様さにおいては申し分なかった。


 古代に滅びたはずの巨人――しかも原種がなぜここにいるのかまったくの謎ではあるが、ともかく今はそんなことを考え込んでいる場合ではない。


 巨人はここが狭い空間であることを顧みる様子もなく、お構いなしに棍棒を振り上げ振り下ろす。天井が崩れ、濛々と土煙が上がり、マルケロ、ノヤックのいた場所に大穴が開いた。わずかな差で攻撃を避けた二人だったが、かなり危うい状況には違いない。巨人は猛り声をあげて、こんどはカウネに襲い掛かる。


「マズイマズイマズイマズイぜっ!!」

「避けろ、カウネ!」


 再び棍が振り下ろされる。カウネもまたすんでのところでこれを避け、跳躍する。


 だが巨人の動作は素早かった。体勢を立て直す暇もなく、次の攻撃が再びカウネに向かって繰り出される。


「逃げて!」


 ジューフリスが叫ぶ。

 またしても爆煙が上がり、視界が遮られる。


「カウネっ!」


 土煙の向こうのカウネの咳払いが聞こえた。


「あたしは大丈夫!」


 なんとか躱すことができたようだが、瓦礫のひとつがカウネの足を直撃し、彼女はその場から動くことができなくなっていた。


 巨人がむやみに棍棒を床に打ちつけて、威嚇行動をとる。

 そのたびに床から土煙が立つ。

 そして巨人は、こんどは全員を狙って横薙ぎに棍棒を振り抜く。


「伏せろ!」


 棍棒が壁を抉り、ガラガラと崩れ落ちる。

 皆は床に伏せてこの攻撃を防いだ。


「皆、部屋から出ろ! 急ぐんだ!」


 マルケロが立ち上がって、号令する。


「無理だ!」

「カウネが!」


 ジューフリスのいた場所に、横薙ぎにされたときに吹き飛んだと思われる赤い物体がドサリと落ちた。


 ――いや、それは落ちた(・・・)のではなかった。


 緋色の少女は巨人の棍棒の直撃を受けながらも、飛び退ってその場に平然と降り立った。少女は屈んで片手を地についたままの姿勢で、ジューフリスを振り返る。


 その瞳に宿る輝きに、ジューフリスは何かを待つ気配を感じた。

 数瞬の間に、二人の間で交感があった。


「斃せ!」

 ジューフリスが命令する。


「かしこまりました。ご主人」

 と人形が答える。


 刹那、少女の姿がかき消えた。

 直後、少女は獣のような巨人の頭上に浮かび、剣を構えて降下していた。


「イヤァァァァッ――!!」


 その剣戟が、巨人の脳天に突き刺さる。


「いけぇっ!!」


 ジューフリスの叫びが狭い部屋に谺した。



 次の瞬間、巨人が、その体躯を支える力を失って、どう、と倒れた。

 わずか一撃だった。

 緋色の少女は巨人、獣王ブラグニコを葬り去った。


 あたりを満たしていた土埃がおさまりかけると、部屋は惨劇の後の様を呈して、ひどい有様と化していた。


 巨人は微動だにすることなく、うつ伏せのままそこに横たわっている。


「すごいな……」

 ボッツは両足を投げ出した姿勢で床にへたり込んでいた。土埃のせいで頭から白粉を被ったように全身が真っ白になっている。

 攻撃態勢を解いて剣を鞘におさめ、何事もなかったかのように平静に佇む緋色の人形は、不思議そうな顔でそのボッツにじっと視線を注いでいる。


「ど、どうかした?」

 ボッツが人形に声をかける。

「い、いえ……何でも」

 人形が答えた。


「プッ……ファアアアァッ! 息が出来ねえ!」

 ノヤックが自分の袖を口に当てて、ゲホゲホと咳き込んでいる。


「みんな、生きてるか?」

 マルケロが確認する。


 幸いにも致命傷となるほどの怪我を負ったものはいないようだった。

 ただ、飛び散った瓦礫に当たって、みなあちこちに傷を作った。

 ジューフリスの頬も、気づけば細かい石礫によって傷ができ、出血していた。


 一番重い傷を負ったのはカウネで、先刻の瓦礫が直撃して、足の骨が折れているようだった。



 みな気力も尽きかけて、しばらくへたり込んでいたが、衰弱しているボッツと怪我をしているカウネをいつまでも放っておくわけにもいかない。ここがどのような部屋なのかを調べている余力も、もはやない。一刻も早くここを立ち去るべきだと、意見が一致した。そうと決まれば、と、みな気を振り絞って立ち上がり、即座に遺跡を後にすることにした。


 カウネは気丈にも自分で歩くと言い張った。汚い男どもに抱きかかえられるようにして歩くのは自尊心がどうしても許さなかったのである。かといって他に女性はジューフリスだけ。体力のないジューフリスが片足のカウネを支えて歩くことはできない。


 そこへ、

「わたしが」

 と、カウネを抱きかかえたのはなんと、マルトハルコの少女だった。

「助かるよ」

 カウネは安堵したように、少女に微笑んだ。

「すまない、カウネ……俺の責任だ」

 マルケロがカウネに頭を下げた。

「気にしなさんな。あんたのせいじゃない」

 カウネは団長にカラカラと笑ってみせた。

「だが、俺がこの仕事を請けさえしなければ……」

「それ以上言うと怒るよ」

 そう言われて、マルケロは複雑な面持ちだった。


「しかし……偉い有様だなぁ……いいのかコレ」


 皆がこの惨状を振り返った。不可抗力とはいえ一行が探索の過程で古く貴重な遺跡を一つ、完膚なきまでに破壊したと言えなくもない。ノヤックはマルケロと顔を見合わせた。両者とも依頼者および中央への報告を何としたものか、いまから激しい憂鬱に駆られるのであった。



 一行は元来た道を戻った。例の石扉のところまで戻って来ると、ジューフリスはふたたび石扉に封印を施して、その場を立ち去った。当然ながらというか、幸いなことに、もう洞窟の中で悪霊のたぐいが出現することはなかった。遺跡を出ると、日はもうとっぷり暮れ、黒々とした空に星がまたたいていた。


 歩きながらジューフリスがふと思いついたように漏らした。

「獣王ブラグニコとこのマルトハルコは対で用意されていたものだったのね」

「どういうことだ?」とマルケロが訊いた。

「マルトハルコの人形を起動することでしかブラグニコは斃せない。マルトハルコの人形は素人には動かせない。魔法使いがいてはじめて動かせる。仮に誰かが人形を起動せずただ無理やり奪い去ろうとすればブラグニコが襲い掛かってくる。つまり、あの場に魔法使いがいないと人形は遺跡から持ち帰ることはできない。そういうふうに、最初から仕組まれていたのよ」

「なるほどな……」

「つまり、それを想定して、その人はあの仕組みを設定したのよ。幸いにも、今まで一度もあのブラグニコの犠牲になった人はいないようだったけど。あたしたちの前にブラグニコが暴れた痕跡がなかったからね」

「設定って……誰がそんなことを」とボッツ。

「あの遺跡……マルトハルコの人形の方の扉、それを封印した人、でしょうね。どういう仕組みかはちょっと判らないけど、あの巨人は長い間あの遺跡のどこかで眠っていたのよ。誰かがあの部屋に足を踏み入れると目覚めるようになっていたんだわ。きっと失敗してもまた眠りについて、繰り返し訪れる者の前に現れる……そういう仕掛けよ」

 ジューフリスの様子に、何か心当たりがありそうなのを感じたボッツだが、あえて黙ってやりすごした。自分の出る幕はそこにない。それはジューフリスの領域、彼女だけが追求を許されることだと直感したのだ。


「魔法は……あったな」

 マルケロは、ダントゥーガに上陸する前に団船の中でジューフリスが『魔法なんてないから自分は行かない』と駄々をこねたことを思い出し、指摘したのだった。

「ふんっ!」

 ジューフリスは拗ねてそっぽを向いた。

 そして急に緋色の宝玉の話題を振ろうとして、

「あの緋色の宝玉……マルトハルコの人形……っていちいち呼びづらいわね。何か名前をつけたいわ」

「それ、今必要か?」とマルケロが指摘をする。

 構わずに話を引っ張るジューフリス。

「マルトハルコだから……ハルコとか?」

「安易すぎる」とボッツ。

 カウネを抱えて前を歩く人形もこれを聞いていて、自分のことが話題にされていることを悟って、くるっと振り返った。しかしその顔は、まったくの無表情で、何も読み取ることはできない。

「気に入らないの?」

「私のことはユノーとお呼びください」

「なんだ。ちゃんとした名前があったのね」

「かつてのご主人様がつけてくださいました」

「かつてのご主人様?」

「わたしを創造した偉大なかたです」

 ジューフリスの心臓が、高鳴った。

「ま、まさか、それは……?」

 固唾をのむジューフリス。

「明かしてはならないことになっています」

 と、ユノーは無表情な視線をジューフリスに向け続けた。

「……」

「……」

 しばらく無言の目配せが二人の間で交わされる。

「ふぇーっ」と彼女の体から力が抜けた。「やっぱそうか……ま、しょうがない。よろしくねユノー」

「よろしくお願いいたします。新しいご主人様」

「ジューフリスよ」

「ジューフリス様」

「ジューでいいわ」

「そういうわけにはいきません」

「こっちもそういうわけにはいかないわよ。さっきみたいに緊急の時に長ったらしい名前で呼んでいると命に係わるもの」

 ジューフリスに固辞され、ユノーはしばらく間を置いてから、

「わかりました。ではジュー、今後ともなにとぞよろしくお願いいたします」

「なにとぞもいたしますも要らないけどね」

「はい、わかりました。新しいご主人様は簡素なやり方がお好みだと認識されました」

「うん。そう認識されて。ついでに砕けたやり方もね。魔装旅団流、ってことで」

 その台詞にマルケロが思わずニヤリと笑った。

「砕かれてしまうと大変困るのですがわたし」

「そういう意味じゃないよ」とジューフリスは慌てて否定した。「なんというか、親しみのこもったというか柔らかいというか……そう、心理的距離が近いというか!」

「心理……」

「心のことよ」

「心……前のあるじもそんなことをおっしゃっていたような」

 再びおかしな間があく。

 ジューフリスが黙っていると、

「すみません長期にわたり活動していなかったのでちょっと記憶領域に混乱があるようです」

 ユノーが取り繕うように言った。

「べつに、そんなに気にしなくていいわ」

「はい、気にしません。ジュー」

「上出来!」

 ジューフリスはユノーに対して、にっこりと頷いた。


 それから間もなく、一同は無事に団船に帰還することができた。夜の森を進む間に雑魚の魔物とは数体遭遇したものの、みなエスラン程度にも軽々と退治できるような弱い魔物だった。ジューフリスが死霊の生ずる扉に封印をしたことと、魔物除けの(まじな)いが効いていたためだった。

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