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鮮烈のジューフリス  作者: 相楽 二裕
第一話 緋色の宝玉
3/17

02 ダントゥーガ

 フルーベル港はロキモンドの宮殿パレキオからほど近くにある、美しい港だった。停泊している船舶たちを邸からよく見下ろすことができる。燦燦と降る午後の陽に港は煌めき、どこかしらからかぐわしい花の香りが漂ってくる。


 ジューフリスとノヤックは港までの道を徒歩で下り、停泊している団船に戻った。するとカウネをはじめとする団員たちが商談の結果を聞きたがってノヤックのもとに押し掛けた。ジューフリスも呼び出され、不承不承出向いた。『作戦室』と称される狭い船室の中は、あらゆる機関の管が剥き出しで配置され、船室というより配管室のようである。もとはそのように使われていた部屋に無理矢理仕切を設えた場所らしい。食堂や甲板で大っぴらにできない話をするために専ら使われている。そこに数名の団員が屯していた。

「オウ来たか嬢ちゃん、ここ座れや」

 室内には背凭れ肘掛けのない長いすがいくつか設えてある。団員のバデットが自分の席の隣を空けて手招きする。

 バデットは間もなく中年に差し掛かろうかというどこか油ぎった男で、女好きという評判だ。何かにつけてジューフリスに言い寄ってくるので、閉口している。気づかないふりをして、「ちょっと詰めてよ」と別の若い団員、ボッツの隣を無理矢理押しのけて腰を下ろした。


 ノヤックは館での出来事について、仲間たちの前で悪態をついた。

「……で、あのロキロキ野郎がドラ息子のお守りまで押し付けやがったんだ。面倒を押し付けておいて『人工を出すから安くしろ』たぁ一体どういった了見だってんだ! 呆れかえってモノも言えねえよ。ようし、こうなったらあのガキ、死ぬまでこき使ってやる」

 と、頭から湯気をださんばかりにまくしたてた。話していてそのときの怒りを思い出したのか、再燃してしまったようである。

「ははは。辺境伯の息子を死なせたら、それこそ大ごとだよ」

 失笑したのは、ボッツである。

「ロキロキ鳥が食べられなくてスネてるのよ」とジューフリス。

「あンだとゴルァ?」


「その息子も正気なの? あのダントゥーガだよ?」

 カウネの疑問を向けられたジューフリスにもさしたる根拠は無かったが、

「さあね。ある程度は使えるみたいだし、やる気満々みたいだったけど。遺跡にも何度か入ったことがあるようだったわ。あのおやじ、きっとあたしたちが上前をはねるかもって思ったんじゃないかなあ。だから息子を監視役に、ってトコじゃないかしら?」

「ハッ! ピンハネ上等。してやろうじゃねえか!」

「あんたはちょっと黙ってなさいよ」

 カウネがノヤックを窘める。

 自分たちから話を聞かせろと押し掛けておいて黙っていろもないが、ノヤックは大人しく従った。副長とはいえ、どうやらカウネには頭が上がらないようである。

「するとそのバカ息子を護衛しながら魔物の巣窟へ行ってお宝を取って来ると。そういうことでいいのね?」と、カウネ。

「ま、そういうことかな」

 ジューフリスが肯定する。


「で、実際どうなのさ?」

 ボッツが、しょぼんとしているノヤックを後目に、ジューフリスに視線を投じた。


 ボッツ・カーツワイルはジューフリスと同じ十七歳。金色の癖毛を本人は気にしているが、ジューフリスは綺麗だと思う。肌の色素が薄く、瞳も半透明でわずかに茶色がかった晶石のようだ。一見して貧弱そうな少年だが、なかなかどうして、魔装具の扱いにも長けていて、思い切りもよく戦闘に向いている。

 中央のとある傭兵団に属していた彼を団長のマルケロが引き抜いて団員にしたらしいが、一見してとても傭兵向きの体格とはいえない。彼がなぜ若くして傭兵団に入ったのか、なぜマルケロが団員にしたのか、本人も団長も詳細を語らない。魔法のことも少しは理解でき、大いに興味もあるらしいが、こと魔法となるとからきし駄目で、ジューフリスにはいつも『無才能』と貶められ、忸怩たる思いを鬱積させている。


「どう、って、何が?」

「ダントゥーガの遺跡に何があるのかって話」


「緋色の宝玉」


 ジューフリスが告げた。

 ヒュウ、と誰かが口笛を鳴らす。


「くわしい話をする前に追い出されちゃったからよくわからないけど、辺境伯の目当てはどうもそれらしいわね」


「『華炎石ルーベス』か!?」


 その場にいたほぼ全員が声を合わせた。


 紅炎石、紅炎玉とも呼ばれるルーベスは価値の高い宝石である。大きなものだと城が一つ買えるくらいの値がつくこともある。この一帯は昔から鉱脈に恵まれた地で、鉄鉱石をはじめ宝玉の産地でもあった。ロキモンドが言うとおり、財政難に喘いでいるのなら、危険を冒しても取りに行く甲斐はあろう。


「ロキモンド家に代々伝わる古文書に記録があるそうよ。実はこれまでにも何回か入ろうとしたらしいけど、悉く失敗したらしいわ」

 ジューフリスの説明にボッツが大きく頷いて、

「それで思い余って旅団を頼ったってのか。でもダントゥーガといえば辺境の中でも有名な魔物の名産地だ。あんなところに遺跡があるなんてハナシは聞いたことがなかったけどな」

「私有地なのよ。ロキモンドはもともとダントゥーガ一帯の領主だったらしいわ。あのあたりに魔物が蔓延るようになって、百年くらい前に領民と一緒に今の場所に移植したのだそうよ」

「なるほどね。じゃ、それまでダントゥーガにはあまり魔物もいなかったってこと?」

「案外、その遺跡ってのが発生源だったりするのかもよー」

「や、めろォ……」

 ボッツは顔の周りで怪しげにうごめくジューフリスの手を薙ぎ払う。

 冗談めかしては言ったが、それはジューフリス独自の推論からかなりの確証を持った発言だった。



 ダントゥーガ。

 ボッツの言うように、知る人ぞ知る『魔物の名産地』である。バツーの人々、とりわけ西部の者たちは近寄ってはならぬ場所として、きつく戒めてきた。


 ダントゥーガはロキモンドが統治する辺境イスリー地域の西の一角、とある岬の突端近くに存在している。もとは小高い丘に囲まれた小さな土地をこの辺りの言葉でダントゥーガといった。今では荒れ果てて、樹木が蔓延し閉ざされた深森となっている。一応本土と陸続きにはなっているが、百年前から跋扈しはじめた魔物のせいでかつての街道は閉ざされ、船で大廻りしないと踏み込めない陸の孤島となってしまっていた。


 今となっては中央の命知らずどもがたまに遊び半分でチョッカイを出しては酷い目に遭って逃げ帰り、その悪評を広めているのみである。しかしそれらの噂にも遺跡の話は出てこない。


 ロキモンドによれば、一族がダントゥーガ一帯に拠を構えていたころ、遺跡は代々、厳重に管理されていたようである。相当に古い時代のものと思われるが、誰が、何のために作ったのかは、残念ながら解っていないとのことだ。ロキモンド家の管理下において、遺跡に関する情報は秘匿されていたようすもあり、魔物が出没するようになってからは盗掘目的で賊が入り込む余地もない。価値ある遺跡であるのに未だ盗掘されていないと確証が持てるのはそういう経緯があるためだった。


 『魔物』とは、この地に根づく人々の脅威となっている、人ならざる者の総称である。大まかにいうなら、出自の異なる三種類が存在する。


 生命と肉体を持っている『動獣』、怨念をもって死した者が祟るという『死霊』、自然物、まれに器物などが霊性を得て人にあだなす『精霊』が存在している。いずれも発生に関しては相関関係があるとも言われ、かれらがこの世に顕現する過程で、魔法あるいは魔法の素となる『魔素』が深く関わっていると言われるが、その仕組みについては未だよく解ってはいない。


 いずれにしても魔物どもが人々の生活の害になることは確たる事実で、ただの野獣などよりはるかに危険な存在として忌避されている。



 団船がフルーベルの港を出て三日が過ぎた。言うまでもなく、彼らはダントゥーガを目指して航行していた。航路を確保するためいったん沖に大きく迂回しているので、到着にはあと丸一日かかるらしい。


 今日は波も穏やかで、陽が射している。出航からずっと曇り空が続いていたため、団員たちは午後のひととき甲板に出て、思い思いに日射しを浴びていた。


「ちょっと気になってたんすけど」

 荷箱に腰かけたマルケロの前で甲板に足を投げ出して座るボッツが、疑問を呈した。

「なんだ、ボッツ」

「辺境伯が何度もダントゥーガ遺跡から宝玉を持ち帰ることに失敗したってのがどうもひっかかるんですよね」

「ああ……それな。ノヤックとジューフリスから話は聞いていると思うが、今回の依頼主はどうも癖が悪い。さんざん食い散らかしておいてこっちに丸投げしようって魂胆が……まあ、言っちまえば見え見えだな。俺としても身内のあれこれが無ければ依頼を断りたいくらいだ。皆には本当に済まないと思っている」

「そこはとやかく言うつもりはありませんよ。気になったのはどうして何度も失敗してるのか、ってところです」

「うん……俺が聞きこんできたところによると、遺跡の内部が複雑すぎて誰も宝の在処まで辿り着けないとか、途中に仕掛けがしてあって一度入ったら出てこられないとか、そういったことらしい」

「ずいぶん曖昧ですね」

「伯がくわしいことを教えんのだよ。息子のエスランにだけ情報を渡しておいて、俺たちにしっかり護衛させようという魂胆なのさ。だから用人たちに聞いて回った」

「ただロキロキ鳥食べてたんじゃないのね」とジューフリス。

「お前なぁ……俺を馬鹿にしてる? あっ、ひょっとして食い逃して拗ねてるな?」

「ま、まさか!」

 ジューフリスは真っ赤になって否定する。

 ボッツも失笑するが、すぐ真顔に戻って、

「けど、どれも用人たちの噂でしかないんですよね?」

「ともかく、ダントゥーガ遺跡のお宝については、しかと見たヤツぁいねえらしいからな」

「どうも話しだけが一人歩きしている気がする」

 ジューフリスがそんな感想をもらすとマルケロは、

「遺跡の中にも魔物がいるのは本当らしい。んで、ある一定の場所まで行くとそいつらが段階的に強くなる」

「ほう……」と傍らのノヤックが不敵に笑う。

「一刻もしねえうちにみんな這々の体で逃げ帰ってくるんだとサ。中には帰ってこなかった連中もいたとか。用人たちはみな隠したがってはいたが、喋りたくてうずうずしているのもいた。その一人から聞いたんだが、遺跡で命を失った者も少なからずいるとか」

「でしょうね」

 女性団員のカウネは、それを聞いても平然としている。

「大丈夫? ジュー」

 カウネに問いかけられたジューフリスは、

「大丈夫って?」

「あんた戦闘能力ないでしょ?」

「え? あたし? 行くの?」

「行かないの?」

 ジューフリスはおずおずと団長に目を向ける。

 ただ頷くマルケロ。

「だ、だめだめだめだめ! あたしはムリ!」

「何で。お前がいないと魔法絡みの場面で対応できんだろ」

「ないないない、魔法ない」

「あるんだよ」

「く、黒い……」


 ちょうど折よく甲板に上がってきたのが、白ずくめの青年、エスラン・ロキモンドだった。

「みなさんで何の相談ですか?」

 あくまで穏健に言うが、疑心暗鬼が態度に表れている。

「ダントゥーガ遺跡の話をしていたんですよ」とマルケロ。「ちょうどよかった、悪いがもう一度こいつらに話してやってくれませんかね。例の宝玉について」


 エスランはさも面倒臭いというように鼻息をひとつ、ふうとやってから「いいだろう」と話し始めた。


「『緋色の宝玉』。我がロキモンド家に伝わっている古文書によれば、その宝玉というのがどうも魔法に関係あるものらしいとのことだ」

「するってぇと、ただの華炎石ルーベスではない?」ノヤックが反応した。

 エスランは言う。

「らしい、ってことは、ほぼ解明されてないってことじゃあないんですかね?」とマルケロ。

「うん。文書にもそれが何なのかは一切明確にされていないのだ。何度か行われた調査の結果もあわせて学者に考察させたところ、ダントゥーガ遺跡はそもそもその宝玉を祀るためにつくられたものではないかというのだ。父上はその意見には否定的なようだが」

「ふうむ」

「断片的な文書を繙くと、比較的初期の頃から遺跡に関する記録だけはある」

「それはどのくらい古いものですか?」マルケロが尋ねた。

「およそ二百年ほど前だな」

「それは驚いた。ロキモンド家はそんなに古い家柄なんですか」

「うむ。遺跡は我が一族により固く封印されてきたという」

 意地の悪い微笑みを浮かべてノヤックが問う。

「それをどうして今になって掘り起こそうってんですかね?」

「そ、それは……そんなに学術的価値の高いものをいつまでも野ざらしにしておくわけにはいかぬだろう! これはロキモンド家の責任だ」

「そんなに学術的価値が高いなら、その遺跡全体を保護しなくてはならないんじゃねえですか? つうか、まず国へ届け出て……」

 ノヤックが言いかけた言葉をエスランは遮って言う。

「そうしたいのは山々だが、あんな危険な土地で、遺跡全体を保護できるものか! 今回はやむを得ず、やむを得ずだ。特に価値の高いと認められるかの宝玉だけを保護することになったのだ。もういいだろう」

「本当にあるんですかね?」

「ある」とエスランは言い張った。「いったいいつ頃から我らロキモンドがダントゥーガ遺跡を守ってきたのかはハッキリとはわからぬ。二百年というのはたまたまその時代あたりからの資料が残っているというだけだからな。が、二百年前からロキモンドが遺跡に関わっていたというのは確かだ。文書の中に次のような記述があった。『それを真に所有せんとする者は、宝玉との契約が必要である。さすれば宝玉が宝玉たる真の価値が与えられる』とな」

「契約? 真の価値? 何ですそれは?」

「さあ、わからぬ。だから学者は何らかの魔法具のことを示しているのでは、というのだが」

「けど、どうにも頼りない話っすね」とボッツ。

「私もそれくらいしか知らんのだ」


 ボッツがジューフリスを見れば、何か考え込んでいる様子である。

「ジューフリス。どうかした?」

「ううん、何も……」


「まあ、中央の魔装兵士団に警護を頼ってもよかったのだが……」

「かえって高くつくと」

 マルケロが指で丸を作る。つまりマルケロは賄賂のことを仄めかしているのだ。国防軍の魔装兵士団ならば確かに無敵であろう。しかし軍隊を動かすのは並大抵ではない。魔装旅団を雇うのとはまた桁違いな資金と政治力が必要だ。話の成り行きからすると、ロキモンドは明らかに国の関与を避けたいようすである。結局のところ、知人縁故を活用したほうがよいという結論に落ち着いたのだ。


 だが魔装旅団も一応は国の組織下に属するものだ。要するにマルケロは料金を値切られたうえに、口止めまでされたのだな、とジューフリスは直感した。探索が捗らずロキモンドはいよいよ痺れを切らし、今回ギリギリの線を狙ってきたのだろう。


「しかし危険な探索になりますが」

「お前たちが我がロキモンド家の財宝の上前をはねないとも限らんからな」

 ズケズケと思ったことを言う。


 すぐさま、ノヤックが小声で憤懣を述べる。

「……俺たちだって国家公務員だぞ」

「公務員なんて扱いを受けたことはないけどね」

 と、ジューフリスも聞こえないように返す。


「心配はいらん、剣にはいささか覚えがある」

 エスランは腰にぶらさげた金ぴかの鞘から剣をスラリと抜き、「ふんっ」と振り回しはじめた。

「おいおい、あぶねえな!」

 ノヤックが身を翻して遠ざかる。

「お前たちが危地に陥ったら助けてやるから安心せよ。わはははっ」



 翌日、ボッツが船内の食堂に足を向けると、ジューフリスが卓上に大判の本を開いて熱心に読み耽っている。

「ジューフリス。何をそんな熱心に読んでいるんだ?」

 黙って背表紙を見せるジューフリス。

「アペグニストゥ……タロ……シマ? 巨人?」

「そう。現代語にすると『古代巨人図鑑』。あんたも意外と読めるじゃない」

「アルケイニア語だろう? 少し習ったことがあるんだよ」

「へえ……意外ね」

「古代巨人図鑑?」

 そこへ自分の食事を運んできたノヤックが横槍を入れてくる。

「何処で売ってんだ、そんなごく一部の層だけにしかウケそうもねえ本は。つか何でそんな本持ってきてんだよ」

「本じゃないもん図鑑だもん」

「図鑑だって本だろ」

「図鑑と本は違うもん」

「だからそういう話しをしてんじゃねえよ」


 ノヤックは毒づきながら、固い皮のついた塩豆を手づかみでそのまま口に放り込む。しばらくもぐもぐとやってから、プッ、と器用に皮だけ皿の上に吐き出す。


「どうもあの息子の話しを聞いてるとねー」

 ジューフリスが頁を繰りながらぼやく。

「息子って、エスラン・ロキモンド?」

「アルケイニア系の遺跡らしいんだけどねー」

「アルケイニア?」

「なんとなく、勘だけど。アルケイニアといえば……」

「巨人伝説……か?」

 ジューフリスは頷いて、図鑑を見やすいように半回転させてボッツに見せる。

「片つ目の巨人……片目ってことか……『キクロペー』って」

 覗き込めば、アルケイニア語とともにその巨人とおぼしきものの絵が、全身から細部にいたるまで、三方向から克明な素描によって表現されている。

「これ片目というより一つ目だよな」

「もう一つ目があったらしいけど……退化したらしいね」

「うーん。で、その魔物がいるっていうのかい? その遺跡に?」

 ボッツの背後で、ノヤックがバンと卓に食事の載った盆を置く。

「いねえよそんなバケもんは!」

 ジューフリスもそれには同意する。

「うん。たぶんいないね。てかただの伝説だよ」

「じゃあ何で?」

「その時代のアルケイニア関係の資料であたしの持ってるのがこれしかなかったから。たまたま見てただけ」

「巨人図鑑ねえ……」とノヤックが横目でそれを見て、口にものを入れながらもにゃもにゃと言う。

「何よ」

「どうしたらそんな本買おうって気になるのかね」

「だから本じゃないって……」

「んぁ?」とノヤックは挑発以外の何ものでもない唸りをあげる。

「あああん?」と、ジューフリスも負けていない。

「落ち着きなよ二人とも」ボッツが苦笑して仲裁する。

 ジューフリスは気を取り直して、

「今の段階じゃ確実なことは何一つ言えないし、もしダントゥーガ遺跡がアルケイニアに関係があって、魔法絡みのことがあるんだったら、もしかしたらあたしの求めてる情報がそこにあるかもしれない。ほら、こういう碑文とかに案外手がかりが載ってたりするんだよ」

 ジューフリスが示すのは巨人と一緒に載っているアルケイニア語で書かれた碑文の素描だった。

「なるほど。で、ジューフリスが求めてる情報って何?」

「内緒。今のところは」

「物好きだねぇ」と、またも嘲り調子でノヤックがふたつ目の塩豆を口に放り込んだ。

「ホントは船に残ってあれこれやりたかったんだけどなぁ……。ま、こうなった以上できることはやる。ただし、あたしの専門分野でね」

「専門分野?」

「うん。戦いはしないから、ボッツが守ってよね」

 するとまたもノヤックが横槍を入れてくる。

「結局他人頼みじゃねえか」

「し、仕方ないじゃん、戦闘力ないんだから! 女の子の一人も守れないで何が装具使いよ。甲斐性なし!」

「か……」

 これにはさすがのノヤックも二の句が継げない。


「前から聞きたかったんだけどさ」とボッツ。

「うん?」ジューフリスが首を上げる。

「なんで旅団なんかに入ったんだ。ジューフリスなら他に……引く手あまただったろう?」

「うーん。け、見聞を広められるから、かな」

 そこへ自分の盆を持ったマルケロが後ろから唐突に現れて、「優等生的な回答だな」と図鑑を覗き込む。

「い、遺跡めぐりとか!」

「遺跡が好きなのかよ」とノヤックが突っ込む。

「あたしの専門は古代魔法だから」

「へえ、そうなの?」とボッツ。

「専攻は『理論魔法学』なんだけど。あたしの卒業論文の提題が『理論魔法学に基づく古代魔法についての考察』だからね」

「遺跡になんかあるのか? その、古代魔法的な何かってやつが」

 ノヤックも興味を覚えたらしい。

「たまにね。壁面とか碑文に興味深い記述がある」

「何でそんな大昔の魔法なんかにキョーミがあんだよ?」

「今の魔法は古代魔法に比べたらチャチイもんなの。奇術みたいなもんよ。手妻よ手妻!」

「んなこたぁねえだろ……」

 その言葉には、魔装師が武具に施す魔装にノヤック自身が少なからず助けられてきた実感がこもっている。口は悪くとも魔装具使いである。魔法や魔装師に否定的な感情を持つわけがない。

「古代魔法は……」とジューフリスは目の色を変えた。「今の魔法とは規模が違うのよ。かつての大魔術師が何千万もの命を救ったことだってあったんだから」

「遠い目になってんな」とノヤックはボッツと目を合わせる。

「ドルファスさま……」

 ため息混じりの、そのささやきを聞いたボッツが、

「ドルファスって、ドーラのことだろ? 東のほうじゃ悪魔と言われて嫌われている古代の魔法使いだ」

「そんなんが好きなのかよ」とノヤックが冷やかす。

「ちがうもんドルファス様はちがうもんっ、英雄だもん」

「俺にはよくわからんけど」

 ノヤックは今一つジューフリスの過剰反応が理解できずにぽかんとした。

 するとマルケロが張りのある声で説明する。

「ドルファスと東の悪魔は同一だ」

「へぇ」

「ドルファス=ドールドーラ、単にドールともドーラとも言うな。なぜか中央から西ではこれを英雄視する向きもあるんだが、東においては国土を蹂躙しまくった災厄と言われている」

「さすが団長、博識だねぇ」とノヤック。

「いずれにせよ、千数百年以上も前の、伝説上の人物だ。実在したかどうかも怪しい」

 するとそれを聞いていたジューフリスが突然立ち上がった。

「もう、みんな、知らないっ!」

 図鑑を抱えて退出してしまった。

 後に残された男たちは、キョトンとして、

「おい、何であんなに怒ってんだ?」

 そこへ、上の方から見張りの団員の声がした。

「見えてきた! ダントゥーガだ!」

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