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鮮烈のジューフリス  作者: 相楽 二裕
第一話 緋色の宝玉
2/17

01 辺境伯の宮殿《パレキオ》

「ただいま到着でございますよ」

 告げたのは、イスリー辺境伯レゴール・ロキモンドに仕える用人頭のハシオである。

 派手な飾りのついた椅子に座って外庭の風景を眺めていたエスラン・ロキモンドは膝を叩いて、

「判っている! 見ていたからな!」

 と鷹揚に立ち上がった。


 金髪巻毛で碧眼のエスランはロキモンド家の当主の第一息子(そくし)である。どこか青臭さの残る青年だ。なにかの制服を思わせる、金鎖金繍のついた白い詰襟を身に着けている。見ようによっては貴公子然と見えなくもないが、背がひょろ長く頼りなさげな物腰が小者的な印象を隠しきれない。ロキモンド家用人の統一服にかっちり身を固め、隆々とした体格の用人頭のハシオの方が、ともすれば立派に見えてしまう。


「坊ちゃま……」

「ハシオ。その呼び方はよせと何度も言っているだろう」

「は……申し訳ございませんエスラン様」


 ハシオは父親の代からこの辺境伯家に用人として仕えてきた。今やこの館ではたらく数十人の使用人たちの頭たる立場にまで出世した。彼が館に入ったのは十六歳のときで、それから三十年弱のあいだ妻帯もせずずっとこの館に住み込んでいる。当然ながらエスランを出生のときから見てきているので、成人してからもついこの呼び方をしてしまう。


「もうよい、下がれ」

「はぁ……」

 用人頭は一礼を残し踵を返したが、扉の際まで来てもの言いたげに振り返った。

「ぼ……エスラン様、わたくし、心配なのですよ。旦那様はなぜあのようなならず者たちを屋敷に招き入れるのか……私共用人たちの間でも不安がる声が多うございます」

 ハシオは体格に不釣り合いな甲高い声で細々と訴えた。

「何がよ。魔装旅団といえばれっきとした中央の機関ではないか。それに、父上と団長の何某は姻戚関係だと言うではないか」

「ですが、野蛮な荒くれどもだと聞き及びます」

「それこそ無用の心配よ。仮にも中央の者が辺境伯に対して狼藉を働けば大問題だ。それに、今回は私も目付として同道することになっているからな。安ずるな」

 と、時代がかった口ぶりで強引に説き伏せた。

「はい……」

 ハシオはまだ何か言い足りないように、体の前で組んだ手を頻りにもじもじさせた。



「この館の雰囲気はどうも好かねえ」

 接見室の長椅子に深々と腰を掛け、腕を前に組んだノヤックが呟く。

宮殿パレキオだと? まるで王様気取りじゃあねえか。中央の目が届かねえのをいいことに貯め込んでやがるなァ」


 ノヤックは立ち上がってうろうろと室内を歩き物色をはじめた。豪奢な美術品を並べ立てているが、ノヤックの目にすら、そのどれもがあまり趣味のよいものとは映らなかった。


「スジが全く良くねえ。何でこんな依頼を受けたんだ」

 と、ノヤックは団長のマルケロを振り返った。


 ノヤック・カザックは第七魔装旅団の副団長である。マルケロに比べればやや見劣りがするものの、やはり海の男らしい筋骨隆々とした体躯の持ち主である。


 ノヤックのぼやきをマルケロが窘める。

「そう言うな。イスリー辺境伯とはいささか縁があってな。それと、何処に『文抜き鳥』が居るかもわからんぞ。口の利き方には気をつけろ」

 言われたノヤックはふんと鼻から息を吐き、口を噤んだ。


 文抜き鳥とは、専ら魔法士がつくる、魔術をこめた簡素な折紙である。小型の鳥を模したもので、しばしば盗聴に使われる。魔法で姿を隠し、見聞いたことを遠く離れた場所からそのまま通信することができる。一度放つと手練れの魔法士でも見破ることはちょっと容易でない。運用にあたっては当然ながら魔法の心得が必要である。


「いないよ」

 それまで無言で何か金属で作られた立方体のようなものをカチャカチャといじっていたジューフリスが呟く。


「だってよ」

 ノヤックがしたり顔でマルケロをチラと見た。

 マルケロはそんな部下に対してウンともフンともつかぬ短いいらえをひとつ吐き出した。


 今、接見を待って部屋にいるのはこの三人だった。辺境伯に謁見するということで三名ともあらたまった身なりを整えて臨んではいるが、態度が全くあらたまっていない。マルケロはそれが気に入らなかった。


 ジューフリスが手にしている物体、それは只の四角い箱ではない。表面には何やら複雑な幾何模様が浮かび上がっている。あちこちに小さな突起や部品のようなものが付いている。その筐から目を逸らさず、真剣な目でさかんにいじくりまわしながらジューフリスが言う。


「こんなトコさぁ、あたしは来なくたってよかったんじゃないかなあ……」

 それを聞いたマルケロのひと睨みが彼女に向けられた。

「口の利き方に気をつけろと今注意したばかりだろうが」

「はぁ、すいません……」


 マルケロは多少なりとも縁がある辺境伯の館をたかが新入りに『こんなトコ』呼ばわりされて面白くなかったのであるが、ジューフリスは何に対して怒られたのか今一つ理解ができていない。


 ノヤックが、ここぞとばかりにジューフリスに噛みついた。

「入団してたった半年の新入りが、いつの間にかエラソーな口きくようになりやがって……」

「いや、だからね、新人だよあたし。相手先との商談に同席させるってどうなのよ?」

「あン? 俺たちは魔装旅団だぜぇ? 依頼主から魔法のことを訊かれるにきまっているじゃあねえか。そん時何にも答えられなくてどうするよ?」

 ジューフリスはハァと深い溜息をつく。

「だからさぁ、商談できるくらいの知識は身につけてよっていつも……」

「ハ? どうせ使えねえのに魔法の勉強しろだぁ?」

「商談の勉強をしろって言ってんだよ……」

「なんだその口の利き方ぁ。俺ぁ副長だぞ」

「はいはい」


「いい加減にしねえかお前ら」

 マルケロが、うんざりとした表情で声を荒げた。

「キショーメ……」

 ノヤックは何とか苛立ちをおさめると、ジューフリスの隣にどっかりと腰をおろし、あらためて彼女の手元を覗き込んだ。

「ところでソレ、何なの?」

「さあ、何でしょうねえ……副団長さまは魔法に興味がおありじゃないのでは?」

「てめえ……」

 ノヤックはジューフリスの答えからそれが魔法具の一種であることだけを理解した。

またもマルケロに一睨みされ、ノヤックはこれ以上ジューフリスの相手をするのを諦めて、別の話を振った。

「で団長、どういう話しなんだい?」

 こういう転換の早さはノヤックの真骨頂である。

「俺もまだ詳しくは知らないが、何でもダントゥーガ遺跡にある『遺物』を取ってきてほしいとか何とか」

「遺物?」ジューフリスが口を挟む。「盗掘スか?」

「違う」マルケロが身を乗り出す。「学術的価値のある遺物の『採取』だ」

 ノヤックがそれに合わせて自分も身を乗り出しながら、首を横に大きく数回、振った。

「よしてくれ団長。仮にも俺たちゃお国から認可を頂いてる公的機関だ。解ってんだろ? ヤバイ橋は渡るべきじゃねえ」

 ジューフリスのひとことで、ノヤックはそれが『盗掘』に違いないと思い込んでしまったようである。

 マルケロは説明をはじめた。

「歴史的にみて、ロキモンド家はダントゥーガ遺跡の正当な後継者なのだ。つまりは正当な利権者のもとで行う学術調査だ。ロキモンド伯によれば、先祖の遺産を自分たちが採取することについては何の支障もないということだ」

「つまりは盗掘よね」ジューフリスが、言った。

「盗掘だな」ノヤックが、言った。「しかもダントゥーガ……魔物どもがうようよしているというあのダントゥーガ」

「死霊もね」ジューフリスが畳みかける。

「ケッ、そりゃ魔装旅団くらいしか請け手はいねえわな!」



 そこへハシオが扉を開いておずおずと顔を出し「まもなくイスリー辺境伯、レゴール・ロキモンド様が御成りになります」と告げた。


「御成り……と来たもんだ」

 ノヤックのささやきは用人頭には届かない。

 ギロリとまたマルケロの視線が飛ぶ。


 しばらくして、レゴール・ロキモンド辺境伯が煌びやかな服装で登場した。

 辺境伯は髭を蓄えた背の低い小太りの男で、さも一癖ありそうな面構えをしている。

 三人はロキモンド伯を迎えて、立ち上がった。


「よくぞ参られた! わが妹シラーの亭主ロンドの弟カモスの妻ファーラの弟マルケロよ!」

 辺境伯がもろ手を広げてマルケロに歩み寄り、歓迎の意を表した。

「ど、どうも……いつぞやの結婚式ではろくにご挨拶もできませず……」

 マルケロとレゴールは握手を交わす。


「妹? 弟? 妻? 弟? ええと……どういう関係?」

 頭脳明晰なジューフリスですら理解が及ばずキョトンとしている。

 するとマルケロが繰り返した。

「俺の姉ファーラの亭主カモスの兄ロンドの妻シラーさまの兄君がこちらのお館様だ」

「遠っ……縁ってそういう事?」

「まあな」

 ノヤックは「姉? 亭主? 兄? 妻? ええと……」と懸命になって理解をしようと試みている。

 そして、

「指を折って数える意味あるか?」

 マルケロに指摘されて、考えるのを止めた。


 マルケロは辺境伯に向かうと大仰に礼をして、

「此度はご用命にあずかり……」

 口上を述べようとするが、それを制した辺境伯が、

「よいよい畏まった挨拶なぞ無用。それよりどうだ、このフルーベルは」

 にこやかに笑って、当然のように上座についた。

「噂には聞いておりましたが、風光明媚で素晴らしい所ですな。それにこのお館も」

 マルケロは表情を緩めて世辞を述べた。

 そう聞いてロキモンドはしたりとばかりに相好を崩した。

「そうであろう、そうであろう。民が宮殿(パレキオ)と呼ぶこの館もこの土地あっていっそう引き立つというものだ。当家がここフルーベルに移り住んで百余年。それまでなにかと手狭であったが、やっと建て替えがかなった。十年ほどかかってしまったが、昨年完成したばかりなのだ」

「ほう……それはそれは。さぞかし物要りでもございましょうな」

 さりげない嫌味も含まれていたが、辺境伯には通じていない。むしろ自慢げに胸を張って、

「まあな。しかしこれほどの屋敷なのだ、維持費がかかるのは当然のこと。何かと入り用ではあるが、いたしかたあるまい」


 ジューフリスとノヤックは顔を寄せてロキモンドに聞こえぬように言葉を交わす。

「俗物ね」

「俗物だな」


「ところでどうですかな近頃の景気は?」

 ロキモンドは顎にたくわえた髭をひと撫でしながら、マルケロに問いかける。

「景気なんてものは無いですよ。我々はみずから需要を創出できるような商売人とはわけが違いますからね。基本的には依頼主がいないと商売あがったりです」

「はははそうだろうそうだろう。そなたらが金で動く便利屋ということは聞き及んでおる」

 その言葉にはさすがのマルケロも黙って肩をすくめるばかりだった。


 部下のふたりは、ふたたび顔を近づける。

「真正面から来たなァ」

「でもそれ、事実」


 魔装旅団は、国の出先機関ではあるが、汚れ仕事――というと語弊があるが――面倒事処理班のような位置づけである。つまりは最も泥臭く、専門性が高く、困難かつ危険を伴う仕事を請け負う職業集団なのである。その業務内容は多岐に渡る。だからこそ、財政面においては依頼主との独自な交渉が許されている。統括省から多少の補助は出るものの、それでは到底賄い切れない。したがって依頼に対する料金は独自に見積り、提示してよいとされる。むろん法定料金の範囲内でだが。


「では早速ですが……」

 団長がロキモンドに見積書を提示する。

「どれ、拝見しよう」

 と、言って見積書を開き「う……」と唸ったきりロキモンドの表情は固まってしまった。

 魔装旅団の料金は高額というのが一般的な認識である。

 この場合はロキモンドが相場を知らず、認識が甘かった、というのが実際のところであった。

「い、かがいたしました……ロキモンド伯」

 恐る恐る、マルケロが尋ねる。

「あ、いや……」

 逡巡したあげく、ロキモンドが

「親戚価格には……ならないかね?」

 あからさまに値切ってくる。

「いやいや、けち臭いことは言いたくないのだよ、言いたくないのだが、実は、わが領地も折からの不作で財政が逼迫しておってなあ……」

「左様……でございますか……」

 考えるフリをするマルケロだが、目は笑っていない。

「正直ウチもかつかつ(・・・・)でしてね。ですが、そういうことでしたら、一応持ち帰って、再検討いたしましょう。ご要望に沿えるかどうかはわかりませんが、ほかならぬ辺境伯様のご依頼とあっては……」

 そう言って、つき返された見積書を閉じた。

「あ、ああ……それは助かる」

 とまだ動揺を隠せないロキモンド。

 これで場の空気が、一気に萎んでしまった。

「そうだ、であれば、せめて我が家からも人工(にんく)を出すとしよう。我が息子じゃ。手足として使ってもらってよい。これ、ハシオ! エスランを呼びなさい!」

 ロキモンドは、しめたとばかりに手を打った。



「お呼びでしょうか、父上!」

 父に呼ばれ、いそいそと現れた若者が、辺境伯の第一子息、エスラン・ロキモンドである。

 二十歳は超えていると思われるが、身のこなしに固さが漂っている。辺境においてはさもあらん、こういった場に慣れていないという印象だ。

「うむ。こちらが以前お前にも話した、第七魔装旅団の方々だ」

「はっ」

 ノヤックは呆れ顔で青年の装束を眺めまわした。場違いないでたち(・・・・)に開いた口が塞がらない。

「ようこそ、中央のお方々……かねてよりのご活躍は、この辺境においても聞き及んでおりました」

 などと、追従とも何とも取れぬ挨拶をする。その仰々しい白詰襟を見れば、この場に出てくる気満々であったことが解る。

 エスランは入ってくるなり、当然のごとく父親の隣にどっかりと腰を下ろした。


 儀礼的な挨拶を終えレゴールから一通りの説明がなされた。

 話が一段落すると、マルケロがあらためて言った。


「それでは、具体的な段取りの方に移りま……」

 それをレゴールが遮って、

「まあまあ、それについては、あちらであらためて、でいかがかな?」

 と杯を傾ける仕草をする。

「いや、お心遣いはありがたいのですが、まず仕事の話を……」

「固いことは抜きじゃ、われら親戚ではないか! これ、ハシオ!」

 待ち構えていたように用人が現れて、「はい、準備はもうすっかり整っておりますよ。本日はロキロキ鳥の焼き上がりがことさら上出来だそうで」と自慢げに両手をすり合わせる。

「仕方がありませんな……」

 マルケロが二人の部下にも目をくれて、立ち上がろうとすると、

「ではマルケロ殿、あちらへ……」

 ノヤックとジューフリスも立ち上がるが、レゴールが立ち塞がり、

「それでは、方々はこれにて。どうぞよろしくお頼み申します!」

 と、息子と一緒に、さっさと室外へ立ち去ってしまった。


 用人が一礼して退出したあとで、接見室に残された三人はキョトンとして、互いの顔を覗き合った。


「えっと……今の、俺たちはお呼びでない……よな?」

 ノヤックの言葉にはマルケロも失笑するしかなかった。

「仕方ない。お前らは先に団船に戻っていな」

「へいへい」

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