第28話 ただいま。おかえり。(完結.イラストつき)
4/3にあとがきを追記しました。
当然のように投獄された。それもカケイと同じ牢だ。男と同室とはやってられん。
そのカケイは壁にもたれて座っている。治療済みの腕は痛々しいが、それは俺の胴体も同じだ。表情には余裕が見える。
普通に考えりゃあ、王殺しの俺たちは極刑だ。そうでなくても俺たちは殺しすぎた。本来ならこんな余裕をかませる立場じゃないんだが、今回は別だ。
何せグラント王国の実質ナンバー2である王宮魔術師殿が弁護についているからな。
今頃、グラントタイムス編集部は大忙しだろう。今回ばかりは金銭の要求もなく、街中で号外をばらまいているらしい。
記事の主な内容は、王の崩御とリーリクードの蔓延、そして件のヤクを市政にまいて実験を行っていた教会の腐敗だ。
つまりリーリクードをやり過ぎた王が勝手にくたばり、その元凶となっていた教会には解体が言い渡され、さらにトップが逮捕されたって話だ。
ふたりの暗殺者の暗躍は、どこにも書かれていない。もみ消しだ。
それでも騎士らに俺たちの姿を見られている以上、“王都の影”や“ギルドマスター”の噂は立つ。だが数年もすりゃあ、真実はタイムスに上塗りされて消えるだろう。
それでいい。暗殺者“王都の影”は、もう二度と現れないのだから。“ギルドマスター”の方も面が割れちまった以上、地下に潜る必要が出てくるだろうしな。
監獄塔、平民牢――。
俺たちはいま、ここにいる。
「カケイ」
「んー?」
「そろそろ話せよ」
カケイがこっちを向いた。顔は向いたが、相変わらずの糸目はどこを見ているかわからない。
「言ったって、オッサンには理解できないって」
「わかんないだろ。俺の優れた頭脳なら理解できるかもしれん」
「どこからくるの、その自信……」
「退屈なんだよ」
カケイが鼻を鳴らした。
「じゃ、簡潔に」
「おう」
一度ため息をついて、カケイは話し始める。
「俺が魔王を倒すために異世界からこっちの世界に転移召喚されてきたとき、この世界の人類はもう滅びかけてたんだよ。ガディ・イスパルの魔王化によって、大陸全土が戦争を始めたんだ。ちょうどいまから二十年後くらいかな」
「もしかして、頭打った?」
右側の糸目が微かに開く。
「その時点で人類の生き残りはわずか数百名。大半が非戦闘員で、十数名の魔女が彼らを守っていた。俺もそこに加わって戦ったけど、もうどうにもならない。だから魔女の力で過去に戻って、魔王が誕生する前に仕留めたってわけ」
「心は大丈夫?」
続いて左の糸目が開いた。
「本来なら魔王を倒したらその魔女が日本に送還してくれる予定だったんだけど、過去に戻ったからね。魔女はまだ産まれてもいない。だから俺は帰れなくなった。でもそれは別にいいんだ。俺が本当に帰りたかったのは、この地の未来だったから」
「なんか悩みでもある?」
頬が微かに引き攣っている。
「俺はこの時代に定着して、力を蓄えることにした。ガディ・イスパルを暗殺する機会を、ずっとうかがってた。んで十年前、体よくあんたの境遇を利用し、王都の暗殺者ギルドを手に入れた。あとは知っての通り」
「俺でよければ聞こうか?」
ついに両目がくわっと見開かれる。
あ。怒った。
「やっぱぶっ殺すか……」
どこに隠し持っていたのか、鉄糸らしき糸を取り出している。
「やめろ!? 俺は怪我人だぞ!?」
「ハハハ、冗談だよ。全部冗談だ」
カケイが口で噛んで糸を引くと、ぷつんと音を立ててあっさり切れた。
どうやら囚人服のほつれを利用して脅かしただけだったようだ。この野郎。
「その想像力。おまえもしかしてクリス・アズラニアとかいう名前で物語書いてねえ?」
「あーそれ。クラリッサだよ」
「へえ。……へえ?」
んん? んんんんん? リサ? リサが書いてんの?
ダニエルの野郎は知ってんだろうか? それとも知らずに読んでんだろうか?
「ま、いいや。んで、さっきの話はどこまでが冗談だったんだ?」
「全部さ。最初から最後まで冗談だよ」
そらそうか。
「……オッサン、あんたここから出たら、クラリッサと子供作って育てなよ。あのお気楽公爵さまの血かねえ。その子は未来で、すんごい魔女になる」
んん? んんんんん?
それきり、カケイは目を閉じた。いや、閉じてんだか開いてんだかわからないが。だが俺にはその表情が、寂しげなものに見えた。まるで過ぎ去った未来を懐かしんでいるかのようにだ。
それ以上の追求はやめておくことにした。
「いい夢見ろよ」
「寝てないし……。目、開いてただろ」
「おまえの目、鉄糸みたいでわかりづらいんだよ」
「失礼なオッサンだなァ」
何となくだが、女盗賊どもがあの日、王城で何をしていたのかがわかった気がする。
堀を越えるための侵入ルートを用意したのは鉄糸使いのカケイで、彼女らは騎士たちの目をそらすため、攪乱に送り込まれたんだろう。たぶん、彼女らのボスあたりをギルドで人質にでもしてな。あるいは買収でもしたか。
カケイがそこまで必死になるのは、実にらしくない。
となると、さっきまでの与太話の信憑性は……。
※
それからしばらくして、平民ヴァン・クロフトは誤認逮捕ということで釈放された。ついさっきの話だ。あれだけのことをしでかして誤認逮捕も何もあったもんじゃあないが。
カケイは一足先に姿を消した。釈放ではなく脱獄だ。どうやったかは知らん。気づいたら、あいつは同じ牢からいなくなっていた。
面会にきたパープリン公爵の話では、ギルドにも戻っていないそうだ。おかげで王都の暗殺者ギルドは、俺が先代マスターを暗殺して以来の大混乱らしい。
もっとも、王を失った王都の混乱に比べれば、微々たるものではあるのだが。
治安の悪化はスラムから平民街を越えて貴族街にまで波及し、残ったリーリクードをかき集めた商会連合が、商業ギルドの縄張りまで入り込み始めている。
やつらを取り締まるべき騎士団も、王を失った国を虎視眈々と狙う諸外国への警戒のため、郊外の都市や砦へと人員を割かれることとなった。
だから王都はいまや、大通りから一本外れるだけで魔境だ。
釈放された日の帰り道――。
俺はクラリッサと肩を並べて、静かな夜を歩いていた。貴族街を抜けて平民街を、俺たちのクロフト邸へと向かってだ。
あの夜の戦い以降、クラリッサはダニエルのいるヘルデン邸には戻らず、クロフト邸で俺の帰りを待っていたそうだ。
いいね。いい。それだけでいい。帰りたくなる。
「未来に帰れてたらいいね。カケイさん」
「そうだな」
クラリッサは俺が監獄塔でカケイから聞いた話を、あっさりと信じた。
でもたぶん、カケイが未来に帰るのは無理だ。可能性があるとすれば、クラリッサが娘を産んで、その子がある程度育ってからになるだろう。だからおそらくカケイは他の方法を模索するために旅立ったんだと思う。滅んじまった未来へ帰るための方法を。
脱獄は、王都には戻らないという意思の表れだろう。
「脱獄してから、お父さまのところに挨拶にきたらしいよ。餞別に時空関連の魔導書を渡したって言ってた」
召喚用の魔導書だ。
召喚士自身も、実は誰をどこから召喚しているかわかっていないとかいう内容らしい。
「なんでそんなものを欲しがるのかまでは聞かなかったらしいけど、ヴァンの話と照らし合わせたらわかっちゃったね」
「カケイの話が本当だったらな」
「あはは、ヴァンってば、素直じゃないな。お友達なんだから信じてあげなよ」
友達どころか、へたすりゃカケイが家族になるかもしれねえ。
クラリッサにはまだ話していないが、ガディが魔王化した未来では、クラリッサ……と俺?の娘が時空の魔女となり、カケイと深い関わりを持つことになる。
カケイの決意から察するに、どう考えたって恋仲だよな、あれ。
同時に、ダニエルの気持ちも少しわかった気がする。
やつはもうすぐ俺の義父になるのだろうが、もしもカケイの未来への帰還が失敗した場合には、いまからおよそ二十年後には、俺がカケイの義父にならされるのかもしれない。
義理とはいえ親子三代。まあ気色の悪い話だよ。まったく。
ああ、だが、おもしろいなあ。
ちょっと見る角度を変えるだけで、世界にはわけのわからんことが溢れているのがわかる。暗殺者としてではなく、ひとりの人間として生きられたなら、俺はもう別の世界で生きているようなもんだ。まだ見ぬ景色が楽しみになる。
「そういえば、引っ越すの? ほら、農業と駆け落ちの話」
話しながら、クラリッサが俺の腕に両手を絡めてきた。
感触が実に気色エエ。色々触ってやろう。
「ん~……。投獄されてた間中、ずっと迷ってたんだが、もうしばらくは王都にいようと思ってる」
誘ってくれたヨゼフには悪いが、誰かに舗装された道を歩くのは最終手段だ。
俺は自分の中の、暗殺者以外の可能性をもう少し模索したい。この大混乱の王都において、平民ヴァン・クロフトとして何ができるのか。それを試してみたいんだ。
「そうなんだ」
「ログ村に行きたかったか?」
あと、たっぷり、クラリッサとふたりきりの時間を持ちたいというのもある。
伺うように覗くと、彼女は魅力的な笑顔でうなずいてくれた。
「ん~ん。行きたいところには旅でいいよ。ヴァンの決心の方が大事。尊重したい」
「おまえなあ、年上みたいな言い方すんな。ガキになった気分だよ」
「ヴァンこそ、わたしをおばさん扱いするなー」
見つめ合って、笑い合う。
「そんなわけでしばらくはまだ賞金稼ぎで様子見だな」
「うん。怪我だけはしないでね」
「だ~れに言ってんだか」
暗殺者“王都の影”だぞ。元だけどな。
クラリッサが俺の腕を引っ張って、上体を下げさせた。そうして耳元に唇を近づけて囁く。
「……夜に頑張ってもらいたいからあ……」
「……ッ」
驚いて彼女の顔を見ると、クラリッサは真っ赤に染まった顔でそっぽを向いた。
挑発するくせに照れるあたりがかわいらしい。
俺は一度咳払いをしてから、喉の奥から声を絞り出す。それも、クラリッサより俺の方が真っ赤な顔でだ。
「……善処する……」
「うん。へへえ」
とはいえ、暗殺者ギルドにも女盗賊団にも知り合いができちまった以上、やつらを狙うのは気が引ける。向こうからしても、元“王都の影”である俺に面が割れた以上は派手に非道はできなくなっただろう。
一攫千金になりそうなのは、もはや商会連合の頭と幹部連くらいのもんだ。
クロフト邸に辿り着き、鍵を差し込む。扉を開けると懐かしい匂いがした。ヤニと加齢臭とランプ油、そして新たに加わった小娘臭だ。
ほとんど無意識に、俺は虚空につぶやいていた。
「ただいま……」
「おかえり、ヴァン」
一緒に帰ってきたはずのクラリッサが、笑顔で返してくれた。
帰ってきた。全身が痺れるような感覚。これまでになく落ち着く。
と、思った瞬間のことだった。夜の平民街を悲鳴が切り裂く。すぐにクラリッサを扉に押し込んで、俺は手を振った。
「稼ぎ時だ。行ってくる。戻ってくるまで鍵を掛けてろ」
「うん。ナイフ持った?」
「ああ。釈放時に返してくれたもんがある」
「じゃあ仮面と長衣は?」
一瞬の躊躇いもなく、俺は男らしく胸を張って堂々とこたえてやった。
「それはもう必要ない。捨てといてくれ」
「わかった」
踵を返して飛び出し――たものの、やっぱり全力で駆け戻る。
「すまん、やっぱ長衣だけ置いといて。防刃繊維高くてもう買えそうにないし」
つい口をついて出てしまった情けない言葉だったが、クラリッサは春の日差しのような暖かい笑顔を見せてくれた。
最終話までのお付き合い、誠にありがとうございました。
また何かしら投げていきたいとは思っておりますので、時折覗いていただけると幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
4/3追記
「『アサシンおじさんと聖女ちゃん』のカケイくんについての補足とあとがき」という記事を活動報告の方へ上げておきました。
本編で説明が足りなかった忍者カケイのバックグラウンドや未来を補完しておりますので、気になられる方は覗いてやっていただけると幸いです。
5/10追記
ウバ クロネさまよりイラストをいただきました!
ありがとうございます!




