第24話 その人は裏切るかもよ。
リーリクードの花に肉体を冒されたガディの傀儡。
ダニエルは近衛騎士隊をそう表現した。眉間に皺を寄せながらな。
「クラリッサほどではないが、リーリクードにある程度の適性を持って産まれてきた男たちだ。他者より優れていたばかりに、哀れなものだ」
近衛騎士隊は王座の間へと続く大扉の前に三名だけを残し、残る七名が俺たちを取り囲むように展開する。
ダニエルだけを後退させようにも、こうなっちまっちゃもう手遅れだ。そもそも後退っていっても、居館扉の向こう側にゃ無数の騎士どもがいる。奥に逃げても袋のネズミだ。
「悪いが、構ってられる余裕はない」
「そうなのか?」
何やら顎髭をしごきながら目を丸くしている。
「なら、ここは私が受け持とうか?」
「あんた魔術師じゃないんだろ。鎧の上から魔導書でぶん殴ったって、本の角が傷むだけだ」
「まあねえ」
傀儡騎士どもは、会話の間すら待ってくれない。
俺たちを取り囲む金ピカの鎧の七名が、同時に顔の前で抜き身の剣を立て、揃って一斉に膝を曲げた。合図どころか目配せすらなかったというのに、ひとりの乱れもなくだ。
なるほど、人間をやめている。まるでそう動くように作られた人形だ。
「――くるぞ!」
俺はダニエルの頭を片手で地面に押しつけると同時にしゃがみ、ナイフを一本抜いて刃を麻痺毒の瓶へと浸した。瞬間、俺たちの頭上を七本の剣が全方位から円を作るように貫く。
「~~ッ」
だけならまだしも、放射状に合わさった刃が一斉に落ちてきた。
ダニエルの首根っこをつかんで前方に転がし、自らはその反動で後転しながら、背後の近衛騎士の足甲の隙間へとナイフを入れ、同時に包囲から飛び出す。
足の腱を断つつもりだったが、浅い。
だが微かな手応えはあった。少なくともこの騎士は、毒が回って動けなくなったはず。そんなふうに意識を逸らした瞬間、毒を注入されたはずの騎士が振り返ると同時に、俺の頸部へと剣を薙ぎ払った。
「な――っ!?」
反応が遅れた。
かろうじてナイフを頸と剣の隙間に差し込み、薙ぎ払いを受け止める――が、所詮はナイフだ。騎士の剣をまともに弾けるような武器じゃあない。
凄まじい衝撃と火花、そして金属音を発して砕け、ナイフの刃先は俺の手から離れて、遙か向こうに落ちた。
その近衛騎士は麻痺毒にかかりながらも、なおも無言で剣を振るう。俺は転がりながら残り二本となったナイフを抜いて叫んだ。
「なんで毒が効かねえ!?」
「リーリクードに耐性があるんだ。中途半端な毒など効かんよ。致死毒、それも即死毒でやっとといったところだろうね」
剣を回避しながら声のする方に視線を向けると、ダニエルが魔導書を開いて立っていた。その周囲には四名の騎士がいる。
「ダニエル!」
「“影”ともあろう者が他人の心配かね。いささか残念に思う。闇に生きる暗殺者なのだから、もっと冷徹であって欲しかった。クリス・アズラニア作の『暗殺者黒猫娘シリーズ』のようにね」
昨今の王都で流行している小説だ。最も、魔導活版印刷がまだ完全には普及していないため、貴族くらいしか手に入れられん高級娯楽の類だが。平民以下でも、たまぁ~に貴族が飽きて流したものを、運がよければ市場で手に入れられる。
その内容は。
猫が獲物をいたぶって弄ぶように、この小説の一見清楚に見える白い美少女主人公が冷徹に敵を踏みにじって弄ぶという、一部の変態どもの性癖に突き刺さる内容らしい。やりそうにもない子が、そういうことをやるからいいのだとか。
ちなみにクリス・アズラニアが何者なのかは誰も知らない。
こいつ、そんなもん読んでるんだなあ。
いや、読みそうなタイプか。
「おまえ、最期の言葉がそんなんでいいの? 俺はそれを誰に伝えればいい? おまえの妻と娘とやらか?」
「やめてくれたまえよ! 両方から叱られてしまう!」
俺は斬撃を躱し、別の近衛騎士の突きをナイフで受け流す。右手も左手も大忙しだ。へたすりゃここで終わる。ダニエルを助ける余裕はない。
毒が効かないとなれば、腱を断つか、あるいは命を絶つかの二択だ。ダニエルが四名惹きつけてくれているいまなら、前者でどうにかなる……かも。
そんなことを考えた瞬間、ダニエルがドタバタと逃げてきて俺の背後に回った。不本意ながら背中合わせだ。
当然、彼を追ってた四名の近衛騎士どもも、俺の包囲網へと加わった。
終わったな。さすがに七対一じゃ手加減なんてしていられない。殺す以外に生き延びる術はなさそうだ。
俺は背中のダニエルに恨み言をつぶやく。
「心配すんな。どうせあんたは今日ここで死ぬ」
「墓前で叱られるのもご免だよ。というか、そんなことを言わないでくれたまえよ」
ぶわっ、とダニエルから熱気が上がった。
熱気、なのだろうか。俺がかつて感じたことのない、熱い風のようなものだ。そいつが下から上へと吹き上げている。
違う。ダニエルからじゃない。
「そのようなことには、絶対にならないのだからね」
俺は視線を跳ね上げる。
居館玄関口のシャンデリア近くに、ドロドロと流れる溶岩のような塊が、丸い太陽のように浮いていたんだ。
「あ……?」
「時間稼ぎご苦労」
ダニエルがそうつぶやいた直後、轟音とともにそれが弾けた。いくつもの燃える流星となって無秩序に、いや、違う。
「なあああ――っ!?」
散っている近衛騎士どもへと向けて、正確に中空から襲撃する。極めて正確にだ。俺たちを取り囲んでいた七名の騎士の鎧へと降り注ぎ、鎧を溶かし――中の人間ごと灼き尽くす。
それだけじゃない。王座の間の扉前にいた三名にも、それは襲いかかった。回避を試みたやつもいたが、炎の流星は追尾して襲いかかった。
誰も逃れられない。誰もだ。
わずかの後、半分ほど溶解した鎧と炭化した騎士の遺体だけを残して、炎は嘘のように消える。
「……」
「キミが躊躇ってたみたいだから、私が殺らせてもらったよ。リーリクードは一時的に魔力径路と頭脳と肉体を強化し、永久に蝕む。頭脳が生きていたらまだ戻れるが、一度破壊されてしまったらもう人間には戻れない」
俺は言葉も出せなかった。
「ガディの近衛騎士隊は全員がすでに廃人だ。命を奪うことでしか解放してやれない。こうするしかないのだよ。だから暗殺者であるキミに期待した」
「そ……か……」
パタン、とダニエルが魔導書を閉じる。
「もしキミが彼らの死や境遇を哀れに思うのなら、その元凶をこそ絶ってやるべきだ。ガディの命を奪うことだけは、躊躇ってくれるなよ。キミは暗殺者“王都の影”なのだから。期待している」
「……それはわかった。わかった、が――おまえやっぱ魔術師じゃねえかよっ!」
ダニエルが目を丸くして、両腕を広げて肩をすくめた。
「そうだよ? そもそも私は魔術師じゃないとは一言も言ってないだろ?」
思い起こせば、確かに。言ってはいない。言ってはいない、が。
表情がむかつく。
「さっき魔導書は鈍器代わりだっつってたろ!」
「別に魔導書がなくても魔術くらい発動させられるよ。だからこれはあくまでも鈍器だ」
いちいち俺を見て目を丸くするな。
そんなに変なこと言ってないだろ。
「ああ言えばこう言う! ほんと腹立つわ、このクソ公爵!」
「心の声を実際の声に出して言うのはやめてくれたえ。傷つくからね。はっはっは!」
「聞こえるように言ったんだよ! 俺を指さして笑うな!」
腹の底を押し殺して、俺はダニエルに尋ねる。
「けど、魔術が使えるなら、おまえならひとりでガディ・イスパルを殺すこともできたんじゃないのかよ。それが牢獄でおとなしく座ってたのはあまりに不自然だ。あんなもん、簡単に抜け出せたんじゃないのかよ」
それこそ、いまの魔術で格子を溶かすなりすればいい。
「あの格子は魔力を通さない特殊な金属だ。まあ、壁側を破壊するのは簡単だったが、問題はそこじゃあない。ガディは誰も信用していない。キミが金属糸を着込んでいるように、ガディも対魔術装備をいつも身につけてる。加えて、ガディは私と同等かそれ以上の優れた魔術師だ。さらに言えば、彼はリーリクードの適合者でもある」
リーリクードを喰ってる魔術師か。
確かにこのイカれ公爵以上の力を持っているかもしれん。
「つっても九十前の爺さんだろ」
「リーリクードの花の力を甘く見てはいけない。ガディはクラリッサで実験をしながら、少しずつ自身の肉体をも変えていった。知っての通りリーリクードは人間の魔力径路に影響を及ぼす」
魔力径路、筋肉に作用し、一時的に凄まじい力を与えるってやつか。
だが使い続ければ、先ほどの近衛騎士のように意思なき人形になってしまう。クラリッサで人体実験を繰り返すことで、そのギリギリのラインを識ったということか。
なるほど、厄介だ。だが、それにしても、この男がおとなしくしている理由にはならない。
これまでの会話の傾向から察するに、こいつは肝心の部分から話題を逸らそうとする悪癖がある。ということは、だ。
俺は尋ねる。
「ダニエル。おまえさ、もしかしてガディ・イスパルに家族を人質に取られてたりする?」
「そうなんだよぉぉぉ」
「んで、それを俺に黙ってたってことは、いざ人質を盾に使われたときには、俺を裏切りゃいいやとか思ってないか?」
ダニエルが視線を逸らした。俺は腕組みをして睨む。
つまりは、王のためにあえて敵の懐に入り、油断を誘って討ち取ってやりましたよってことで、人質を返してもらえないかなーという算段のようだ。
「……」
「……」
実に頭の切れる男だ。そんな方法で暗殺者を暗殺しようとは。
俺はダニエルの鼻先に指を押しつけた。
「マジでやめろ? でなきゃいますぐここで殺す。魔術を発動させる時間も与えねえ」
「いいだろう。やめておいてやろう。かくなる上は私も腹をくくって革命を頑張るから、いまのは水に流すがいい。ごめ~んね」
なんだこの野郎……。
ふたりは仲良し――!☆
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