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異世界召喚探偵紀行(仮)  作者: フラミンゴ高橋
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1話

うららかな朝日が差し込み、活気づいた人々の喧騒が窓ガラス越しに響く、とある一室にて、一人の男が眠たげに目を擦りながら欠伸をこぼした。


 「世間はお祭り騒ぎだってのに、なんで俺が働かなくちゃいけないんだよ」

  

 男は、愚痴をこぼしながら、テーブルに置かれていた新聞を手に取った。

 ガレスティア帝国建国三百周年を祝する見出しと、王家に対する美辞麗句、はるか昔に存在したとされる「勇者」なる者の功績がこれでもかと書き連ねられていた。 


 「働くって言ったって、今日は何の依頼も入っちゃいないでしょ」


 男の愚痴を遮るようにして、若い男が口を挟んだ。、

 歳は14,5といったところだろうか。頭髪は青く、フード付きの黒いローブを身にまとっていた。


 「なんだ、居たのか」

 

 今来たばっかりだよ、そう言いながら少年は流れるように台所に向かうと、給湯器の電源を入れ、戸棚から2つのマグカップを取り出した。

 

 「そんなに働きたくなければ、臨時休業にすればよかったじゃないか」


 「こんな日だからこそ、俺たちを真に必要としてる人がいるかもしれないだろ」


 「さっき愚痴ってたやつの物言いとは思えないね」


 少年は、呆れを滲ませた返答で会話に区切りをつけると、マグカップにインスタントコーヒーの粉とお湯を入れ、スプーンで軽く一混ぜしてから男に差し出そうとした瞬間、蹴破るようにしてドアを開け、一人の女が室内へと飛び込んできた。

 息も絶え絶えな女の様子にのっぴきならない事情を感じ取った男は、呆気にとられている少年を尻目にお決まりの口上を述べた。


 「バレット探偵事務所へようこそ」





 「なんだ、あんたか」


 どうやら、男達にとって、先ほど息も絶え絶えになりながら事務所に飛び込んできた女は顔見知りであるらしい。

 男は、女とテーブルを挟んで向かい合うようにしてソファに腰掛ると、呆れを滲ませながら語り掛けた。



 「まあ一応、自己紹介でもしておくか。俺がジャック・バレットでこっちが──」


 「助手のレイ・ヒサメです」


 「知ってますよ!」


 少年、レイはコーヒーの入ったマグカップを女へと差し出すと、ジャックの隣に腰掛けた。


 「しかし、ラスティナ騎士団が4騎士の一人、アニエス・クローデット様ともあろうお方がなぜこのようなところに?」


 おどけた口調でそう言いながら、ジャックはまじまじとアニエスを観察した。

 普段はセミロングに整えられていた艶やかな赤髪はボサボサにとっ散らかっており、ラスティナ騎士団を象徴する純白のプレートメイルと深紅のマントは心なしかくすんでいるように感じられた。

 そもそも、なぜこいつがここにいるのだろうか。建国記念祭の真っただ中である以上、ラスティナ騎士団はお偉いさんの警護にでも当たっているはずなのに。

 ジャックは、どうせろくでもない依頼なのだろうな、と内心辟易しながらアニエスが口を開くのを待った。


 「本日未明、メリー・エストランデ伯爵令嬢が誘拐されました。場所はエストランデ邸にほど近い──」


 「待て待て待て、俺たちにメリー何とか嬢を奪還しろ、なんて言うつもりじゃないだろうな」


 「もちろん、その通です」


 あまりのふてぶてしい物言いに閉口したジャックをよそに、アニエスはこれ幸いにと話を続けた。

 スイーツ店の店主曰く、メリー嬢は大道りに面したスイーツ店に立ち寄った際に数人の覆面達に襲われ、瞬く間に護衛を無力化しメリー嬢の身柄を確保、周囲の衛兵たちが駆けつけるころには、派手な爆発とともにメリー嬢の姿は消え失せていたらしい。

 これらの内容を一息に話し終えたアニエスは、わずかな溜息気を漏らしながら、コーヒーを啜った。


 「二つ質問がある。一つ目は犯人の目的だ」


 依頼を受けるべきか思案しながら、ジャックは問うた。伯爵令嬢の誘拐などという馬鹿げたことをやってのけた以上、犯人たちには並々ならぬ目的と執念を持ち合わせていることは明らかだった。


 「誘拐犯の要求は、本日中にデルドラ・フィンゲルトを釈放させることです」


 デルドラ・フィンゲルトの名は記憶に新しい。小規模なカルト集団の教祖であり、つい先日、教団内の資金を持ち逃げしようとした信者の粛清に関わったとみなされ、教団の幹部らと共に拘留された人物のはずだ。

 そんなことを考えていると、先ほどまで聞き役に徹していたレイが口を開いた。


 「もう一つは、なぜ俺たちを頼る必要があるんです?」


 レイの疑問も当然である。ラスティナ騎士団といえば、ガレスティア王都の治安維持を担う、腕っぷしのみならず事件解決の手腕にも長けた粒ぞろいの集団である。

 痛いところを突かれた、とでも言いたげに顔をしかめながら、アニエスは重々しい口を開いた。


 「…人手が足りないんです。お偉いさん連中は第2、第3の襲撃を警戒してうちの中でも腕の立つ連中を引き抜きやがりまして、唯一フリーで動けるのが私だけなんです」


 「市民にも気を配らなきゃいけませんもんね」


 意気消沈したアニエスを気遣ってか、レイが同情的な物言いをしている様を尻目にジャックは一つの決断を下した。


 「悪いが、依頼を受けることはできない」


 「何で──」


 思わずテーブルに身を乗り出したアニエスを制しながら、ジャックは続けた。


 「探偵の領分を超えてる。それに、政治と宗教には関わるなってのがうちの家訓だからな」


 まさか断られるとは思ってもいなかったのであろうアニエスは、一瞬だけ言葉を詰まらせたのち、これ見よがしに肩を落とし、見せつけるかのように大きなため息を吐きながら室内を後にしようとした。

 そのあまりにも白々しい芝居に、ジャックがツッコミを入れようとした瞬間、レイが追いすがるようにして立ち上がった。


 「俺だけでも引き受けますよ」


 「はあ?何言ってんだお前」


 まさかアニエスのくさい芝居に騙されでもしたというのか。あまりのレイのあまちゃんっぷりに怒りさえも覚えたジャックは、呆れ口調でレイを咎めた。


 「自分があまいことは分かってる。依頼を受けることのリスクも。ただ、数十人の覆面が瞬く間に消え失せたことが気にかかる。それに、人の命がかかってる」


 だから、お願いします、とレイはジャックの目を見据えた後、深々と頭を下げた。

 ジャックは眼前の少年のあまりに真剣な態度に気圧されながら、深々とため息をつくと、いつの間にかウザったいくらいの満面の笑みを浮かべていたアニエスへと視線を向け、心底うんざりした口調でこう言った。


 「一つだけ条件がある」

 




 事務所でのやり取りからしばらくして、レイはメリー嬢誘拐事件の現場に降り立った。

 先の誘拐事件の影響からか、大通りであるにもかかわらず、人の往来はまばらであり、現場保全のために常駐しているのであろう騎士団の一員と思しき甲冑を着た男が数人たたずむのみである。

 団員へと激励の言葉をかけるアニエスを尻目に、レイは、恐らく襲撃時の爆発によって破壊されたのであろう石造りの路面へとしゃがみ込み、辺りを見渡した。

 周囲には色濃く残った魔力痕と、大きくえぐれた石畳とそれらの破片が無残にも散らばるのみであった。

 

 「何か分かったか?」


 レイは、背中越しに投げかけられたジャックの声を聞き流す様にして、やけに芝居がかった口調で逆に問いかけた。


 「メリー嬢が誘拐された状況に2つ奇妙な点があった。1つ目はどういった手段をとれば襲撃犯全員が見事に逃げおおせることができるのか」


 確かにそうだ、とジャックは思った。少女一人を抱えて、厳重な警戒態勢を潜り抜けるのは不可能だ。

 先ほどの自信ありげな口ぶりからして、レイは既にその答えにたどり着いているのだろうと考え、ジャックは続きを促した。


 「それで、2つ目の疑問はなんだ?」


 「2つ目はなぜ衛兵が即座に駆け付けられるほどの、でかい爆発を起こす必要があったのか。その答えがこれだよ」


 レイは、得意げな表情を浮かべつつ、大げさなジェスチャー交えながら、敷石の剥がれた路面を指さした。

 ジャックが怪訝そうな表情を浮かべそこを見ると、何らかの文字が描かれている様が確認できた。

 

 「これは…、魔法陣か。効果は?」


 「おそらく、空間転移の魔術だと思う。似たような魔法陣を以前にも見たことがあるから」


 やや自信なさげにレイは答えたが、ジャックは半ば確信していた。

 現場から上手く逃げおおせることができたのは、空間転移して一瞬で遠方へと消え失せたためだろう。また、爆発を起こしたのは、敷石の下に描かれた魔法陣を抹消し、その逃走手段を悟られないため。一応、先ほどの疑問点と辻褄は合う。

 しかし、逃走手段が分かったところで、逃げた場所がわからなければ意味がない。

 

 「それで、犯人の居場所は?」


 ジャックのその問いに、レイは気まずげに視線をそらし、言葉を詰まらせた。

 先ほどまでのとのテンションの落差にジャックは思わず吹き出しながら、魔法陣を指さした。

 

 「普通に考えれば、衆人環視の中、魔法陣なんてものを路面に刻み込むのは不可能だ。だが、人前で堂々と路面をいじくる方法がある。それは…」


 「舗装工事か!」

 

 レイの答えに対し、指を鳴らすことで肯定しながら、ジャックは魔法陣を後にした。


 「それで、これからどうする?」


 「俺はアニエスとここの舗装工事を請け負った建設会社を探ってみる。お前は戦闘の準備でもしとけ」


 その場に一人残されることとなったレイは、僅かな疎外感を感じた。 

 アニエスの元へと歩み寄っていくジャックの背中を見送りながら、レイは、これから起こるであろう戦闘への緊張感からか、強張った自身の顔を軽くたたいた。


 


 「何で、こんなことになってしまったんだろう」


 レイは、空に浮かぶ無数の星々が近くに感じられるほどの高度を飛行していた。

 夜の帳はすっかり落ちきり、自身の眼前すら視認することすら難しい。しかし、夜の闇は、自身の真下に広がる王都が放つ煌びやかな明かりを際立たせているように感じられた。

 こんな日でなければ、この夜景を心置きなく堪能できたのに、と心中で嘆息を吐いた。


 遡ること数時間前、自らの獲物を取りに自宅に戻ったレイだったが、ほどなくして、誘拐犯の居所を突き止めたとジャックから連絡が入った。

 ジャックの予測は見事に的中しており、例の道路の舗装工事を請け負った建設会社が、王都郊外の山奥にある、古びた教会を買い取り、どうやらそこに、メリー嬢を監禁しているとのことだった。

 この報告を受けて、レイは、王都郊外の山のふもとにてジャックと合流する運びとなった。レイが現場に到着するころには、アニエスと他数名の衛兵もおり、その全員が緊張した面持ちで各々が言葉を交わしあっていた。

 一人だけ遅れて現場入りする形になったレイは、わずかな居心地の悪さを感じながらも、アニエスへと声をかけた。


 「遅くなってすみません。それで、メリー嬢を救出する算段はついたんですか?」


 その時ふと、わずかな違和感を感じた。

 衛兵達は同情を含んだ視線をレイへと向け、何かをひそひそと話し合っており、ジャックに至ってはどこかいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 レイの胸中に沸き上がった嫌な予感を肯定するかのように、アニエスが重々しい口を開いた。  


 「メリー嬢が敵の手の内にある以上、正面切っての戦闘は愚作。よって、ヒサメ・レイによる単独での奇襲が適切であると判断されました」


 はぁ?と不満の声を上げる暇もなく、アニエスは立て板に水と言わんばかりに言葉を紡いでいく。


 「作戦は、敵拠点の直上、高高度より闇に紛れつつ自由落下を行い、敵拠点に激突する寸前に魔術を使用し急制動をかけつつ、速やかに侵入しつつメリー嬢を保護。敵対勢力と交戦しつつ、我々の救援を待つ。以上」


 「ちょっと待ってください、『敵拠点に激突する寸前に急制動をかける』って簡単に言いましたけど、下手うつとミンチになるじゃないですか!」


 レイがうろたえるのも無理のない話だ。高高度から人体を落下させた場合、想像を絶する速度に至る。

 魔術での減速に失敗すれば、レイは瞬く間に地面に赤い花を咲かせることになるだろう。

 難色を示したレイに対し、ジャックが畳みかけた。


 「敵拠点の教会の四方には見張りが配置されている。唯一の死角は教会の真上だけだ。また、犯人一味の中には、空間転移が行えるほど魔術に長けた魔術師がいる以上、近い距離で魔術を使用すれば勘ずかれる恐れがある。また、即座にメリー嬢を保護しなければ、彼女が人質に取られることになる」


 「…何で、俺なの?」


 「俺は他人を守りながら戦うのには向いてないし、アニエスは魔術の腕はからっきしだし、他の衛兵たちは少々腕前に不安が残る。それに、『人の命がかかってる』って言いだしたのはお前だろ?」

 

 魔術を使用せず、なおかつ迅速に敵の拠点に侵入する必要性は理解したものの、高高度からのフリーフォールは避けたいものではあった。しかし、今回の件はレイ自身が首を突っ込むと決めたことを思い出したため、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、押し黙るほかなかった。

 このやり取りを見て、アニエスは、ひとまずレイが納得したものと解釈し、大きなナップサックを手渡した。

 中を開けると、そこにはバイザーにインカム、羽のついた黒いランドセルのようなものが入っていた。


 「これは?」


 「インカムは通信用。バイザーは敵拠点への最適な降下ルートを視覚化するためのものだ。そして黒くて羽のついたやつは…」


 「降下地点を調整するための、簡易的な飛行ユニットです。」

 

 ジャックの雑な説明をアニエスが補足しつつ、そのまま装備の使用方法をレイへと叩き込んだ。

 レイが苦心しながら飛行ユニットの操作法を学び終えたころには、傾き始めていた日は完全に沈んでしまっていた。

 機が熟したと見たか、アニエスは緊張した面持ちで、剣を抜き打ち、正義の御旗のように掲げながら、高らかに作戦の開始を宣言した。


 「ただ今より、メリー・エストランデ伯爵令嬢救出作戦を開始する!」

  




 「位置についた」


 教会の直上の位置についたレイが、インカム越しにジャック達に報告した。

 

 『魔術の使用するタイミングはこっちから指示する。なぁに、人間なんざそう簡単に死にはしないんだから安心しろよ』


 目ざとく声色の緊張を感じ取ったのか、ジャックが楽観的なことを口にした。

 だったら代わりにお前がやってくれよ、と喉元まで出かかった言葉を強引に飲み込みながら、レイは怒りを滲ませた声で宣言した。


 「降下を開始する」


 飛行魔法が切られ、体が重力に引っ張られる。

 重力加速度に従い、落下速度が増していく中、レイはバイザーに表示されるルートに追従するため、鬼の形相で飛行ユニットを操作した。

 そうして何秒立ったであろうか、唐突にジャックがカウントダウンを開始した。


 『魔術使用可能時間まで残り20』


 みるみる内に大きくなっていく地上の景色と、自身の真下に鎮座する教会を視認しながら、残集中力を聴覚に注いだ。


 『10……、3、2、1、今っ!』


 カウントダウンが終わると同時に、飛行ユニットをパージしつつ、魔術を使用して急制動をかける。

 それと同時に、後腰より自身の獲物である木刀を抜き打ち、教会の突入準備をした。

 眼前に猛スピードで迫る、ステンドグラスの天蓋を木刀でぶち破った。

 砕け散ったガラスが宙に舞い、月明りを反射させてキラキラと輝く。

 教会内に突入したレイは、祭壇の前に拘束されている少女と覆面を被った男達を認識すると、タイルの床をぶち割りながら少女の眼前へと降り立った。 


 「ご無事ですか、メリー嬢様?」

 

 努めて穏やかな声色と穏やかな表情を浮かべながら、少女へと語り掛けた。

 突如として現れた侵入者を排除すべく、覆面達が動き出すより先に、レイが見せつけるかのように指を鳴らし、魔術を行使した。

 青白い光とともに、少女の足元に円形の魔法陣が顕現した。直後、魔法陣の外縁部をなぞるかのように、氷の剣が地面から突き出し、少女の姿を覆い隠した。

 メリー嬢の安全を確保した以上、救援を呼ぶべきだ。そう考えたレイは、耳元のインカムに手を当てようとして、顔を青ざめさせた。

 やべぇ、どっかにインカムを落とした。降下途中か、あるいは着地の衝撃で落っことしたか、そこまで考えて、頭を切り替えた。

 敵地である以上、目の前の敵の対処をするほかない。外部への救援方法は後で考えればいい。

  

 「怖いだろうけど、もう少しだけ我慢しててね」


 少女へとレイが一方的に告げる。返答を聞く間もなく、覆面達へと対峙した。

 数は二十二、強そうなのが一人混じっている。どうやって戦うべきかと思案していると、男の声が教会内に響き渡る。


 「奴を始末しろ!」


 その声を皮切りに、いつの間にかレイを取り囲むように扇状に散会していた覆面達が銃弾を、火球をレイへと打ち込んだ。

 流れ弾により、バキバキと音を立てて壁面が砕け、祭壇が吹き飛び、爆炎が教会中に充満した。

 一分ほど轟音が鳴り響き、やがて静寂が辺りを支配した。覆面達が弾幕の効果のほどを確認しようと、レイに近づこうとした瞬間、黒い影が爆風を突き抜けながら覆面達へと肉薄した。

 

 「はぁっ!」


 レイは、裂帛の気合とともに剣を振るい、すれ違いざまに一刀のもとに二人の覆面を切り伏せた。

 機先を制され、動きの鈍った覆面達を尻目に、レイがさらに四人を切り伏せるころ、ようやく動揺から立ち直った覆面達が切り込んだ。

 前方から三人と後方から四人。即座にレイは前方から対処することを選択し、踏み込んだ。

 突出して切りかかってきた一人が剣を振り下ろすより早く、懐に飛び込み、鼻先へとこぶしを叩き込んだ。

 次いで、放たれた突きを半身になることでかわしつつ、がら空きの胴へと木刀をお見舞いした。

 最後の一人が間隙を突くようにして袈裟斬りに振り下ろされた刃を、身をかがめることでやり過ごすと、即座に背後に回り、首根っこをつかみながら、己が膂力を持って切りかかってきた四人の覆面へとぶん投げた。

 覆面達は苦悶の声を上げる間もなく、教会の壁面をぶち破り、野外へと投げ出された。

 残り八人。一気にかたを付けるべく、残りの敵の位置を把握しながら、魔力を収束させた。


 「……この化け物がっ!」


 そんなレイの様子を黙って見逃すはずもなく、残りの覆面達は距離をとりつつ弾幕を張った。

 レイは、わずかに表情を歪ませながら、無造作に左手を突き出し、氷の花弁を顕現させた。殺到した銃弾は、レイを傷つけることはおろか、ひとひらの花びらを散らすことすらかなわなかった。

 

 「アイス・オブ・ヴルツェル」

   

 レイの足元から突き出した、八本の氷の触手がうなりをあげながら覆面達へと迫る。

 半ば半狂乱になりながら銃弾を乱射したものの、そのほとんどが触手に掠ることすらせず、数舜後には覆面達は全身をからめとられていた。

 こうはなりたくないものだな、とどこか他人事のように思いながら、足元に転がる覆面達を一瞥すると、一先ずメリー嬢へと声をかけようとした瞬間。


 「まだよっ!」


 少女の悲鳴にも似た声が教会内に響いた。

 それと同時に、教会の扉をぶち破った大男が、レイへと肉薄し、ピンボールのように弾き飛ばし、教会の壁面へと叩き込んだ。


 

 メリーは、先ほどまで救いの神のようにさえ感じられた少年が、呆気なく吹き飛ばされたことに衝撃を受けたと同時に、自身のせいで一人の少年が身を危険にさらされていることに罪悪感を覚えた。

 もうもうと立ち込める煙の中、未だにピクリとも動かぬ少年へと声をかけようとした瞬間、大男が自身の慎重に匹敵するほどの長大な刃の剣先を少年へと向けながら口を開いた。


 「茶番はやめようぜ。この程度でくたばるタマじゃねぇのはとっくにわかってんだぜ」


 レイは、木刀を杖代わりに地面へと突き立て、片膝立ちなった。先ほどの一撃は木刀で受けたため、大したダメージはない。魔力もほとんど消費していない。戦闘の続行には何の問題もない。

 しかし、眼前の大男は、一対一で戦うには少々手に余るように感じられた。

 

 「投降しろ。今に衛兵たちが押し寄せてくる。メリー嬢も手下も失ったあんたに勝ち目はない」


 「衛兵が駆けつける前にてめぇを倒せば、メリー・エストランデを守ってる魔術も解ける。手下もじきに目を覚ます。だろ?」


 レイは、自身のブラフが空振りに終わったことを悟ると、のろのろと立ち上がりつつ、男の様子を観察した。

 二メートルを超えようかというほど大きい背丈に、引き締まったよく肉体、そしてそれらに見劣りしないほど長大な大剣を手に携えている。しかし、その身に宿る魔力量はそれほど大きくはない。

 リーチでは劣るが、白兵戦を避け、魔術主体の戦闘に持ち込めば勝算はある。そう結論づけると、眼前の男をと対峙する覚悟を決めた。

 レイは、右足を引き、半身になり剣先を後ろに下げる脇構えの体勢をとった。対して大男は、肉厚で長大な刃を大上段に構えた。

 二人の視線がかち合う。数舜の静止の後、示し合わせたかのように、両者は同時に踏み込んだ。

 大男の間合いに入る瞬間、レイは詠唱を行わずに十本の氷の触手を顕現させ、襲い掛からせる。


 「くだらん小細工をっ!」

 

 袈裟斬りに振り下ろした刃が数本の触手を切り落とすが、残りの触手が大男の四肢をからめとった。

 これを好機と見たレイはすれ違いざまに、脇腹へと木刀を叩き込む。

 ──硬いっ。男の鍛えられた肉体は、一太刀では仕留めきれない。そう判断し、さらに剣を振るおうとした瞬間、四肢の触手を引きちぎった男が無造作に剣を振るった。

 横なぎに振るわれた刃を、木刀を下から掬い上げるようにして防ぎつつ、お返しとばかりに剣を振り下ろす。

 

 「あまいな」

 

 振るわれた刃は無情にも受け止められ、さらに前蹴りが放たれた。

 レイは木刀を全面に構えることで蹴りを防ぎながら、大男との距離を離すべく、牽制のために氷弾を放ちながら大きく後方へと飛んだ。

 対する大男は肉厚な刀身を前面に掲げ、最短距離で距離を詰めてきた。

 体躯に見合わぬ俊敏さで肉薄する大男に冷や汗をかきつつ、状況を打破すべく跳ね回るようにして逃げながら、魔力を収束させた。


 「この脳筋め…っ!」

   

 大男の立場からすれば冗談ではない。

 自身と対峙する少年の身に宿す魔力量は常軌を逸しており、無詠唱にもかかわらず、氷の触手で自身を拘束せしめた。

 また、自身の得意とする白兵戦においても互角に渡り合って見せた以上、高度な魔術を行使されてしまえば敗北は必至だった。

 しかし、眼前の少年は魔術の発動に意識を割いている。一気に距離を詰めることができれば、魔術の発動前に決着をつけられる。

 ならば──。

 

 「させるかよっ!」

 

 決意と共に加速魔法を行使する。紫電が脚部に走り、爆発的な加速力を生み出した。踏みつけた床が圧力に耐えかねて砕ける。コンマ一秒とたたぬうち、レイは大男の剣の間合いにとらえらると、横なぎに刃を振るった。

 その一撃を防ぐべく、辛うじて振りかえされたレイの木刀は、大男の膂力によって明後日の方向に弾き飛ばされた。

 動揺からか、大きく目を見開いたレイの姿が間近に迫る。

 大男は自身の勝利を確信し、高らかに宣言した。

 

 「終わりだ!」


 獰猛な笑みとともに、過剰なまでに殺意の込められた刃が振り下ろされる。


 「そっちがな」


 刃が届くより一瞬早く、レイは大男の懐へと踏み込む。

 掌底が無防備な胸部へと叩き込まれた。過剰なまでに込められた魔力が、大男を弾き飛ばした。

 衝撃によって吹き飛びそうになる意識を辛うじて保ちながら、地面へと刃を突き立て減速をかける。

 地面に血の混じった唾を吐き捨てながら、大男はニヒルな笑みを浮かべた。


 「まだやれるぜ」


 「……いや、詰みだよ」


 レイの言葉と共に、大男の背後に刻み込まれた魔法陣が怪しく光る。

 突如として出現した鎖が、大男の四肢をとらえ、地面からせりあがってきた十字架へと縛り上げた。

 ──いつの間に魔法陣なんて仕込みやがった?


 「悪いけど、最初にあんたに吹っ飛ばされた時に仕込ませてもらった」


 男の胸中に浮かび上がった疑問に対し、先ほど弾き飛ばされた木刀を拾い上げながらレイが答えた。

 

 「それで、あと一人はどこにいる?」


 「……何のことだ」


 「とぼけるなよ。あんたやそこの覆面達程度の魔術の練度では空間転移なんて芸当、使えるわけがない」


 レイの指摘は正しかった。覆面達の使用した魔術は、魔力を収束させて球として打ち出す、いたって簡易的なものだ。また、大男も戦闘中にほとんど魔術を使用してはいなかった。

 仮に、レイの相手取った連中のなかに空間転移を使用できるほどの魔術師がいた場合、こうも簡単に決着はつかなかったであろう。


 「……なんで、殺さなかった?」


 「いきなり、何の話だよ」


 レイの疑問には答えず、男は逆に質問を始めた。

 その意図を図りかねる質問に、レイは思わず顔をしかめた。


 「お前ほどの魔術師なら、メリー嬢を確保した後、ここら一帯を消し飛ばすこともできたはずだ」


 「……他に協力者が存在するかどうか、情報を得るためにも全員生かして捕らえたほうが都合がいい。それに、殺さずに済むならそのほうがいい」


 男の問いに、やや気恥ずかし気な表情を浮かべながら回答した。


 「あまちゃんめ」


 「よく言われるよ」


 揶揄うかのような物言いに思わずレイは苦笑を浮かべた。

 男は、先ほどのレイとの問答に満足したのか、部下たちを殺さずに済ませてくれた礼だ、そう前置きしながら口を開いた。


 「俺たちに協力し、空間転移魔術を使用したのは──」


 男はそこまで口にし、突如として苦しみだした。

 いや、それだけではない。よく見れば先ほど無力化した覆面達も、床をのたうち回っていた。

 レイは、思わず心配の声をかけようとして、いつの間にか自身の背後に強大な魔力の反応を感じ取り、背中に差した木刀へと手をかけ、声の主へと向き直った。


 「お初にお目にかかります、次代の勇者様」


 「……何者だ」


 女の、涼やかな声が耳朶を打つ。レイは、緊張で汗ばんだ手で木刀を抜き打ちながら、女を見据えた。

 肩口を大きく露出させ、女の体にぴったりとはりついた若緑色のドレスは、彼女の肉感的なスタイルを強調していた。銀色の艶やかな長髪が月明りでいっそう映えて見えた。 

 そして何よりレイの視線を引いたのは、目元を隠す仮面と、エルフ族の特徴である陶器のような肌に細長く先端のとがった耳だった。


 「今回は、口の軽い駒に罰を与えに来ただけです。いずれ、近いうちにまた会いましょう」


 まてっ。そう制止するレイの声もむなしく、女の足元の魔法陣が光り輝いたかと思うと、次の瞬間には彼女は忽然と消え失せていた。




 謎の女の奇襲から数分後、自身の着地地点からインカムを発見したレイは、本来の作戦どうりにアニエス達へと救援を要請した。

 レイが状況を説明し終える間もなく、アニエス達が押し寄せ、手際よく覆面達を拘束し、連行していく。

 そんな様子を尻目に、にやにやといたずらっぽい笑みを浮かべたジャックが歩み寄ってきた。


 「お前にも見せてやりたかったよ。あのアニエスの慌てっぷりを」

 

 「いきなり何の話だ?」


 「お前の降下直後、いきなり通信が途絶えただろ。アニエスの奴、てっきりお前が地面にたたきつけられてくたばったと思い込んで、めちゃくちゃ泣きそうになってたぜ」


 自身のへまで余計な心配をかけてしまったと、僅かにアニエスに対して罪悪感を抱いたレイだったが、よくよく考えれば自身は無茶な作戦を押し付けられた被害者だったことを思い出した。


 「それじゃ、帰るぞ」


 「アニエスさんにいろいろと報告することがあるんだけど」


 「今日は事後処理が忙しいから、明日駐屯地に来てくれってよ」


 ジャックはぶっきらぼうにそう告げると、気だるげな足取りで教会の外へと向かう。

 レイも、その後に続こうとした瞬間、少女の声が耳朶を打った。


 「助けてくれて、ありがとう」


 声の主へと振り向けば、自身のそばへと歩み寄っていたメリー嬢の真摯な瞳と視線がかち合った。

 レイは、なんの衒いもない感謝の言葉をぶつけられたことに気恥ずかしさを覚え、踵を返すと、後ろ手に手を振った。


 「何もたついてんだよ。さっさといくぞ」


 「はいはい」


 いつの間にか遠ざかっていたジャックの背を追い、速足で駆けよる。

 少女を救ったという充足感からか、レイの足取りは軽かった。

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