【アナザーストーリー】ツンデレ公爵令嬢とポンコツな王子様
※ アナザーストーリーなので長編版と設定が違います ※
※ 『金持ち公爵令嬢と貧乏な王子様』の世界とのズレは無いので、こちらだけでも十分かもw ※
というか、リクエストを下さった方が求めていたのは
こっちなんじゃないかと13万文字も書いた後に思ってみたりして orz
「グリード伯爵家ライハルト様。私に買われて下さい」
その時、ライハルト・グリードは、誰もいない裏庭の林の中にあるベンチに座って、昼食用のパンを頬張っている所だった。
パンは、寮で出される朝食から毎日二個ほど失敬して持ってきている。
寮では朝食も夕食もお替り自由ではあるが、本当は持ち出す事までは許されていない。が、なんといってもグリード伯爵家の財政事情はこの国では有名なので、お目こぼしを受けていた。
今日は寮の料理人の機嫌が良く、パンに昨夜の残りのチキンを挟んで貰えた。
水筒の中身にもレモンの切れ端を入れて貰った。
――今日は、ツイてる。
ホクホクしながら頬張ったところであったライハルトは、突然、現在この学園に通う生徒の中で、最も高貴な存在である公爵令嬢から話し掛けられて、その内容に盛大に咽た。
°˖✧✧˖°✧˖°°˖✧°˖✧✧˖°✧˖°°˖✧
幼い頃からずっと、その言葉を言ってくれる女性を夢見ていた。
ライハルトにそう言ってくれる女性なら誰でも良かった。
見た目なんて気にしない。
どうせ人間なんて一皮剥いてしまえば皆一緒だ。筋だ、脂肪だ、筋肉だ、骨だ。
どんな高齢女性でも、再々再婚で子供が十人いようとも、孫がいようと構わない。
自分より背が高くとも気にしないし、低くてもやっぱり気にならない。
いや、低すぎたらきっと相手の女性の首がたいへんな事になりそうだから気になるかもしれない。その時はちゃんと労わらなくては。
絶対に大切にしようと思ってきた。
『貴方を買う為に、金庫の中が空っぽになったわ』
そう頬を膨らませていうその女性に
『でも、買ってよかったって思っているでしょう?』
そう笑って言える自分でありたいと、自分磨きを頑張った。
勉強も、武術も、マナーも。できることは何でもやった。
いつか迎えに来てくれる筈の、貴女の為なら頑張れた。
どんな相手だろうと、最後の一瞬まで幸せにできるようになるのだと。
大切にするのだと。
°˖✧✧˖°✧˖°°˖✧°˖✧✧˖°✧˖°°˖✧
けれど、絶対に、その相手は貴女ではない筈なのに。
ラート公爵家一女アレッサンドラ様。
――この国で一番裕福な、ラート公爵家の跡取り娘としてお生まれになったアレッサンドラ様には婚約者がいらっしゃったはずではないだろうか?
縁戚にある侯爵家の三男と、十年以上婚約関係にある方がいるとお聞きしている。
私は夢でも見ているのでしょうか?
頭の中で浮かんだだけだと思っていた沢山の疑問を、私は口にしていたらしい。
すぐに回答を得られた。
「えぇ、如何にも私はアレッサンドラ・ラートでございます。失礼しました。お呼び掛けする前に名乗るべきでした。申し訳ありません。そしてライハルト様の疑問は最もですわ」
「ラート家に、可愛い弟が生まれたでしょう? これはまだ公表されていないので内密に願いたいことなのですが、私は跡取りではなくなることが決定しました。それで婚約当初に約束した、”ラート女公爵”との婚約ではなくなってしまったと先方から白紙に戻す様に要求されているのです」
けれど、天気の話でもするように、何でもない顔をしてさらっと説明された内容があまりに重くて相槌を打つことすら躊躇う。
それなのに、目の前の佳人は綺麗な笑顔のまま、こう言うのだ。
「だから安心なさって? 私には今、婚約者はいないも同然なのです」
公爵令嬢らしい麗しい笑顔。そこに迷いや悔しさなどはまったく見つけられなかった。
流れるような艶やかな黒髪。光の加減によっては黒にも見える深い緑の瞳は深い知性が宿っていると噂される。学園入学以来トップの成績を守っている才媛だ。
「今月末の弟の誕生日を祝う席で後継者の変更が発表されることになりましたの。ですから、私の婚約相手が変更になったこともついでに発表できたらと思いまして」
今月末……すでに中旬に入っている。実質二週間程度しか時間がないということになる。
この国の貴族の子弟たるもの、デビュタントを終えて王立学園で学び、卒業とほぼ同時に婚姻を結ぶものが多い。
すでに卒業まで半年となった現在まで婚約を結んでいない令息など、所謂訳アリ物件のみだろう。
――この私、ライハルト・グリードもその一人。いや訳アリ物件の筆頭かもしれない。
ファーン王国建国当初から栄えあるグリード伯爵家は、今や名誉と歴史しか持っていなかった。先々代グリード伯爵の放蕩は、豊かであった伯爵領を次代となるライハルトどころかその孫の代まで借金まみれにして余りあるものになろうというほど膨大なものとなっていた。
正しくは、先々代グリード伯爵が遺した借金自体はそれほどの額ではなかった筈だった。
ライハルトの父である現当主の領主としての才覚が劣るものであったことも要因のひとつだ。
先代グリード伯爵により少しずつではあっても借金はその額を減らしていたにも関わらず、それでも後を継いだばかりの伯爵家が背負っていた先々代による借金の額に恐れをなし、無謀としかいえない投資に手を出してしまったことでその額は一気に膨れ上がった。
詐欺に掛かったと訴えたとて、すでに犯人たちは国を去ってしまった後ではどうにもできない。国としても他国に対して「自国の古い家柄が詐欺にあって財産を奪われたので犯人を捜す手伝いをして欲しい」などと触れ回れる訳がないのだ。泣き寝入りする以外どうしようもなかったのだとライハルトは聞かされている。
莫大な額の借金。それがライハルト・グリードの訳アリの中身だ。
そしてそれ以外には瑕疵らしい瑕疵がないと自負している。
女癖が悪いとか、酒癖が悪いとか、賭け事に嵌っているとか、訳アリ物件と呼ばれる中身は数あれど、私に関する限り訳は私が生まれた家のことのみ。
いや、才覚のない父を持ったことが罪だというなら間違いなくそうだ。
しかし王家の裁定により、私が婚姻を結んだ時点で父から爵位を受け継ぐことは決定している。
だからやはり、私個人に瑕疵はない。
多分きっと、『もっとマシな相手がいる筈だ』と選り好みを繰り返しているウチに、マシな相手から売れていき、気が付けば期限が迫っていたという事だろう。
それで、ラート家ならば買うだけの資金もあるということで、グリード伯爵家の嫡男がようやくお品書きに載ったのだ。
「それで、私、なのですね」
「そうです! 如何でしょう。父が私の為に用意してくれた持参金なら、グリード伯爵家の借財を全額清算……まではできなくとも、半分は清算できると思うのですが……」
アレッサンドラ様は、被せ気味に意気込んでそう言うと、今更、扇を使って周囲に音が漏れないように気を付けながら、アレッサンドラ様は私の耳元でその金額を囁いた。
…………。
「っ!!」
提示された金額は、国家予算とまではいかないものの、その半分に当たるほどの額だった。
放心してしまったライハルトを前に、頬に手を当て、どこか不安げな様子でアレッサンドラが訊ねる。
「どうかしら? これで、貴方は買えるかしら。足りなければ……そうね、私の個人資産を足せば」
「足ります! いえ、アレッサンドラ様の個人資産まではいりません。持参金も、そこまではして頂かなくても、全然! 事足ります。大丈夫です!」
慌ててライハルトが否定する。
吃驚するような額に、更に上乗せなどされても困る。
「まぁ、それは何よりだわ」
パン!
両手を合わせて喜ぶアレッサンドラ様の顔が、ライハルトの遠い記憶を刺激して、胸の奥がムズムズした。
「では、両親へ紹介せねばいけませんので一度ラート公爵家へ顔合わせに来ていただけますか?」
「……顔合わせ、ですか。お見合いではなく?」
顔合わせとなると、まるでもう婚約について了承済のようではないか。
グリード家に見合いを申し込むなら、持参金に関する打診だけは先にしなければならないだろう。それが先ほど行われた、そこまではいい。
けれど、その次は正式に見合いをして家と家とでお互いを見極める時間が必要になるのではないだろうかとライハルトとしては考えるのだが。
何故か、ライハルトのその言葉にアレッサンドラが慌てふためいている。
「必要なっ、いえ、その、……そうでしたわ! お見合いっ! お見合いは必要ですわね。えぇ、そう必要です。お見合いの席を設けなくてはいけません。では、今日これからすることはできますか?」
それだけ焦っているのだろう。
一刻の猶予もないとばかりに、アレッサンドラが見合いの予定を迫る。
しかし、残念ながら無理なのだ。
「……父は領地にいるので、どんなに急いでも、この週末に王都に来れるかどうかになると思います」
グリード家のタウンハウスはとっくに手放してしまった。
領地から呼び寄せるのも一苦労だし、それ以前に事情を説明するための手紙を出さねばならない。それを今すぐしたとして、領地に届いて王都までやって来るのには時間が掛かる。
「そうなのですか。ではグリード伯爵領まで遣いを出し、そのままお迎えに上がりましょう。……いえ、それとも私たちが足を運ぶべきかしら」
ブツブツと早口でアレッサンドラが計画を詰めていく。
その勢いに、ライハルトはタジタジになった。
「いえ、公爵令嬢をお迎えできるような家ではないので」
雨漏りのするグリード邸を思い出し、慌てて止める。
とてもではないが、アレッサンドラもラート公爵も、お迎えすることなどできる訳がなかった。
「あら。私は気に致しませんわ。だって、結婚後は一緒にそのお屋敷で暮らしていくのでしょう?」
パッと、勢い込んだアレッサンドラがライハルトの手を掴む。
そうしてすぐ至近距離で、宝石の様に煌めく明るい水色をした瞳を覗き込んだ。
「一緒に……」
気が付けば、二人の顔の距離は息も触れ合うほど近くなっていた。
手と手を合わせ、お互いの瞳に写り込んだ己の姿に呆然とする。
「へっ……、あっ」
「あっ、その……失礼しましたっ」
真っ赤に染まった己の顔の間抜けさに、お互いが怯む。
――好きな人に、見せていい顔じゃなかった。
その呟きは、自分が声に出していたのか、頭の中で確認しただけなのか。
けれど、他の誰かの声が耳に届いた気もした。
ニコ。
引き攣った笑顔しかできなかったけれど、目の前の相手に向かって笑みを作ってみせると、相手も笑ってくれたのでスルーすることにした。
その時、ピアノの演奏が聞こえてきて、ライハルトは校舎を見上げた。
いつもちょうど昼休みが半分終わった辺りで誰かが音楽室で奏でる音が聞こえてくる。
思ったより時間が過ぎていたらしい。普段、昼食をパパっと済ませたライハルトはこのピアノの音が終わる時間まで図書室で勉強をしたり、この裏庭で鍛錬をしたりして過ごしていた。
そうしてこの演奏が終わるのを合図に教室へ移動していた。
「あぁ、お昼休みが半分終わってしまいましたね」
「あ! ご、ごめんなさい。グリード様、昼食をお取りになられていた最中でしたよね。お邪魔してしまって。どうしましょう」
言われて、ようやくライハルトは、ベンチの上に置いたままになっていたパンの存在を思い出した。
コールドチキンが挟まれたそれは、滅多に口にできないご馳走だ。
そしてライハルトなら、ものの1分も掛からない内に食べ掛けと丸ごと残っているパンの二つとも美味しくぺろりと食べ終われる筈だった。
けれど、今のライハルトには胸がいっぱいで口にできそうにない。
「はは。私のコトは気にしないで下さい。それより、アレッサンドラ様こそ、昼食はお済みでしたか?」
そうだ。昼休みが始まってすぐに、ライハルトはここへやってきたのだ。
食べ始めてすぐに声を掛けられていることから考えると、アレッサンドラも昼食を取っていない可能性は高い。
痛恨の配慮不足であったことを悔やむライハルトに、アレッサンドラが小さな声で答えた。
「べ、別に。お腹など減りません」
くうぅぅぅぅ……。
真っ赤になったアレッサンドラの顔が、あまりにも可愛らしくて、ライハルトは聞こえなかった振りがうまくできそうにない。
けれど、そこは紳士として気が付かなかった振りを精一杯努めた。
「こんな物で、よろしければ」
まだ齧っていなかったもう一つのパンを差し出す。
「ぁりがとう、ございます」
消え入りそうな声で礼をいい、受け取ってくれたアレッサンドラと二人。
ライハルトは、コールドチキンの挟まれたパンを一緒に食べた。
°˖✧✧˖°✧˖°°˖✧°˖✧✧˖°✧˖°°˖✧
「おひめさまと一緒に食べたあの時のパンだね。これまで生きてきた中で、一番しあわせな味だった。全然味は判らなかったけどね」
孫から、「これまで生きてきて一番おいしかったものってなぁに?」と聞かれたライハルトが答える。
「えー、なにそれぇ。おひめさまって、第一王女さま? 第二王女さま?」
答えに満足できなかったのか、孫はどこか不満そうに愛らしいちいさな唇を尖らせて不満そうにしていた。
多分、王宮の晩餐会で出されたご馳走の話でも聞きたかったのだろう。
「ねーねー、聞いた? おばあさま。おじいさまってばねぇ、おひめさまと食べたパンが一番幸せな味がしただなんていうのよ!」
もう一人の孫と一緒に駆けて行った先には、ライハルトの美しいおひめさまが立っていた。
甘えるように膝へと纏わりつく孫たちの頭を優しく撫でる手には皺が増えたし、艶やかな黒髪には白いモノも大分増えた。
いつも笑うようになったからだろうか。キツメに見えると恥じていた目元に、柔らかな線を描く笑い皺が二、三本、今もくっきりと刻まれている。
「あらあら。そのパンなら私にとっても一番すばらしい食べ物だったわ。食べ方もわからなくてね、王子様から教えて貰いながら食べたのよ。素晴らしすぎて、勿論、味はまったく覚えてないわ!」
歳を経て変わったことも多い。
黄金のようだとアレッサンドラが褒めてくれたライハルトの髪もかなり白いモノが増えた。腹部こそ出てはいないが、筋肉は大分落ちてしまった。他にもいろいろ若い頃とは変わってしまったことだろう。
視界に入るだけで高揚し上擦った態度しかできなかったアレッサンドラの傍にいて、これほど心が落ち着くようになったこともそうだ。
けれど、アレッサンドラの笑顔は訓練所でライハルトから一本取ったあの時のままだ。彼女の笑顔は今も眩しく美しい。
昔も今も変わらない。
全部が愛しいおひめさまだ。
正直、頭で考えた本編長編版より、こっちの方が面白い気がするん(笑)
最後までお付き合いいただきありがとうございました♪