8-11.貧乏令息は、勘違い幼馴染みを許さない
8-11.
ライハルトは、食堂のある階までようやく辿り着いたものの、その人混みはより酷くなっていた。
ハラハラしながらアレッサンドラとソニアの対決の成り行きを見守っている生徒たちが男子だけなら強引に掻き分けて進んでしまうところだが、女子が多いので丁寧に避けて通らねばならないので時間が掛かる。気が急いて仕方がない。
ついに人混みの向こうから、ソニアがアレッサンドラを詰る声が耳に届くようになってきた。
耳に届いたその内容に、ライハルトの眉間に深い皺が寄る。
怒りのまま前へと進んでいくライハルトに気が付いた生徒たちから、すれ違いざまに、「遅い!」「はやく」「アレッサンドラ様を」「助けに」という気遣いの言葉が次々と掛けられていく。
だがむしろライハルトとしては早くそこをどいて自分を通してくれとしか思えなかった。
「いたいですぅっ」
「暴力を揮おうと後ろから襲い掛かってきたのは貴女でしょう?」
なにやらソニアがアレッサンドラ様に飛び掛かろうとして、返り討ちにあったらしい。
――さすが、アレッサンドロだ。一緒に訓練所で過ごした日々は今も彼女の中にあるのだ。
ライハルトの胸が熱くなる。
ようやく騒動が起きている場所、人だかりの一番までライハルトが着いたその時。
ふたりの前に着いたと思ったライハルトに向かって、ソニアがふらつきながら寄りかかってきた。
さすがにどれだけ怒っていようが、令嬢が転びかけているのを避けたりはできない。仕方がなくその背中を支える。
「……ラ、ライぃ」
支えた相手がライハルトだと気が付いたソニアが安心しきったように笑顔のまま泣き出した。
その表情の動きに作為を感じてしまうのは、ライハルトに悪意があるせいだろうか。
「なにやら面白いことになっていると私を呼びに来てくれた友人がいてね。申し訳ない。出てくるのが遅くなってしまった」
ソニアを睨みながら嫌味を言ったのに、何故この自称幼馴染みはそれに気が付かないどころか、喜んで見えるのだろうか。
「ライっ! 私、わたしっ、こわっ怖くてぇ」
うわぁんと体勢を向き合う形に入れ替えて、しがみつこうとしてくるその手を、ライハルトは断固とした意志を感じる手つきで自身から離した。
話を聞く振りをしながら、慎重にソニアとアレッサンドラの間に割って入るように立ち位置を入れ替える。アレッサンドラを背中に庇う位置が取れたことで、ようやくライハルトは少しだけ緊張を解いた。
それにしても、なんと腹立たしい事だろう。ライハルトは知らず目の前でライハルトに向かって自分が受けた被害を訴える自称幼馴染みを睨みつけた。
そうして冷たい声で、問い掛けた。
「ソニア・ハーバル子爵令嬢。幼馴染みでもある貴女に、それほど高く私を買ってくれるつもりがあるとは知りませんでした。でしたら、もっと早い段階で購入手続きを取って下されば良かったのに。借金の額以下まで値下げすることはできませんが、グリード伯爵家の屋敷を建て替える資金を修繕費用程度まで抑えることくらいはできたのに。例えば、3年前の台風以前であったなら、建て替えではなく修繕で済んだかもしれないではありませんか」
言葉選びが強すぎる自覚はあった。だがそれを後悔するつもりはない。
そもそも、ソニアはハーバル子爵から間違いなくグリード伯爵家との縁組を拒否されている筈なのだ。
でなければ、デビュタントの場であれほど蔑みの視線を送ったりしないだろう。
どんなに借財を背負っていようとも、ライハルトは伯爵家の人間である。
貴族として、家格が下の子爵が馬鹿にしていい相手ではない。だがそれを敢えてしたということは、つまり「娘には近寄るな」という警告だ。
父エリハルトには直接できずに、子息でしかないライハルトにそれを送ってきたのだ。
そうしてライハルトはその警告を正しく受け取った。
だから出来る限り避けてきた。
グリード伯爵家に対する世間一般の評価を教えて貰ったことに感謝はしている。けれど、その警告を正しく受け取り、ソニアを避けていたライハルトとしてはもっと家の中でも注意を払うべきであったと思わざるを得ないのだ。
あのハーバル子爵が、ライハルトを自分の娘と婚約させるなんてさせる訳がない。
午前中の休憩時間においてもこれまでも、ライハルトとしては誠意をもって説明してきたつもりであったのに。
まさか直接、アレッサンドラに難癖を付けにくるなど。
絶対に許せなかった。