8-10.貧乏令息はまだ愛しい婚約者の危機に気づかない
※ライハルト視点に戻ります
8-10.
「はぁ。まだ1個の半分も食べていないのに」
自分の名前を呼ぶ声を聞きつけたライハルトは、食事の続きをとることを諦めて立ち上がり、服に付いた汚れを払う。パンは紙袋に戻して上着の内ポケットに捻じ込んだ。
窓から声のする方を見下ろすと、スイが走りながら懸命にライハルトの名前を呼んでいるようだった。
「ふっざけんなぁ! どこにいるんだ、らーいーはーるーとーー!!!」
「お前のお姫様が、いや、俺達のお姫様がたいへんな事になってんぞー!!!」
おひめさま、の言葉が耳に入った途端、ライハルトは全力で駆けだした。
***
昼休みの校舎内、廊下は生徒で溢れていた。
その中をひたすら先を急いだ。
人混みは騒動が起こっているという食堂へ近づくにつれて酷くなっていて、ライハルトは気が急いて仕方がなかった。けれど、男子はともかく女子生徒を押しのけて強引に進む訳にもいかない。できるだけ迷惑を掛けないように食堂へ近づいていった。
ライハルトは、途中で足が続かなくなり置き去りにしたスイが伝えてくれた内容を脳内で繰り返していた。
「お前の、自称幼馴染み。今朝も来てたけどさっ、あいつが、食堂で、アレッサンドラ様に絡んでっ」
「お前を、『アクセサリーのつもりなら解放しろ』とかなんとかっ、言ってて」
「俺、すげームカついて「スイの感想は要らない」……ひでぇ」
「お前ね、おれが、どれだけお前を探し回ってやったと、思ってんの?!」
「礼ならあとで終わってから言うから。早く、事実だけ教えてだけくれ」
「おまっ。絶対だぞ!? アレッサンドラ様も交えてお茶会の席に呼べよ? 俺と、ベントと、訓練所の仲間、全員をだぞ!」
「判った。アレッサンドラ様の参加は確約できないが、お茶会は了解した」
「~~~~っ!!!! そこが、肝心なんだろ~?!」
「情報がそれだけなら、先に行く」
ライハルトを探してかなりあちこち走り回った後だったのだろう。
スイの足取りはかなり覚束なくなっていた。更に、ライハルトへの説明をする為に話しながらこともあって、かなり息が上がっている。
だから、これ以上の詳しい情報を持っていないのなら申し訳ないが置いていくことにした。
ライハルトは足を一段早く動かし、疲れの見えるスイを抜き去る。
あっという間に背中が遠くなっていくライハルトに向かって、スイが叫んだ。
「ちょ。ライハルト?! テメー! おぼえてろー」
「絶対に、アレッサンドラ様を泣かすなよーーー!!!」
「でねーと、ぜってぇに! ゆーるーさねーから、なーーーっ!!」
後ろに遠くなっていくスイの声を背中に受けながら、ライハルトは後ろを振り返ることなく片手を上げて応える。
「あぁ。勿論、そのつもりだ」
呟く声など聞こえないであろうほど遠くなった友に向かって誓う。
誰に誓いを求められなどせずとも、元よりそのつもりだった。
それにしても、まさか先ほどの休憩時間においてあれだけ直接言い渡しておいたにも関わらずと思うと腹の底から自称幼馴染みへの怒りが湧いてくる。
焚きつけたのはライハルトの父母であると知っていた。だからこちらとしても実力行使に出る事だけはしないできたというのに。失敗した。
もっと早い内にハーバル子爵へ相談という名の苦情を入れておくべきだったと後悔する。
それにしても、あの自称幼馴染みは妙な自尊心と行動力だけはあるのに、何故こちらの説明を理解する能力だけは低いのか。
ライハルトは怒りを力に変えて懸命に、食堂までの道を急いだのだった。