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8-6.貧乏令息の平和なランチタイム


8-6.



 昼休みになった。

 ライハルトはいつものように、朝食の席からパンをふたつポケットに隠し持ってきていた。

 もう借金はないのだから、食堂で他の生徒に混じって食べても問題はないのかもしれない。


 ラート公爵家からの持参金は、あの莫大な借金を清算しても尚手元に残るほどの金額であったが、ライハルトが実際に目にしたのは、ラート公爵家と王宮から来た財務省の審査官による小切手という紙に書いた数字のやり取りだけだった。

 逐一説明を受けながら、納得してはサインを入れることを繰り返し、ついにグリード伯爵家が抱える王宮が肩代わりをしてくれていた借金は清算がなされたのだ。

 

 そうして、実際には父の下へも元金の支払い請求はなされており、王宮からの給金からほんの少しずつではあったが返済がされてきていたことや、領地の収入が利子を少し上回り、元金を減らすことができたことも数回あったので、返済額には中途半端な端数が生まれていた。


 ライハルトが残金をラート公爵家へ返金することを申し出ると「そんなケチ臭い真似ができるか!」と一蹴されてしまった。

「まだ卒業まで半年ある。生活費も必要だろうし、なんならアレッサンドラとのデートに着て行く服を誂えるといい」

 ラート公爵はそう笑って、そのままライハルトがそれを受け取った。


 受け取ってしまったので、ライハルトはもう、金が無い訳ではない。

 それに、昨日領地で新しい家令から説明を受けた様子からして今期のグリード伯爵領の収益自体はそう低くない。


 だから食堂で普通に食事を食べても支払いに困ることも無い。


 けれど、昼食に寮から失敬してきたパン以外を食べる選択が、ライハルトの中で思い浮かばなかった。

 まだ心の中で、無駄遣いのような気がして後ろめたかったからだ。



 静かにパンを齧れる場所を探して校内を歩く。どこを歩こうと、生徒たちがチラチラとこちらを見て指をさす。

 注目されているのは分かっていた。

 誰かにそうされるのは慣れている。視線を合わせて微笑みかけて黙らせ、その場を歩き去る。


 いつものように、できるだけ人の少ない場所を選んで足を進める。


 本当は、居眠りをするアレッサンドラが座っていた思い出の裏庭の林の中にひっそりとあるベンチに向かおうと思っていたのだが、そこに行く渡り廊下にたむろっている生徒を見つけて諦める。


 ふらふら、ふらふら。


 気が付けば、学舎の上に設置された大時計の点検口の傍にいた。


 大きな歯車が動く音がギシギシぎりぎり煩いし、一定のリズムを置いてガコンと大きな振動も起きるので昼寝や内緒話にはまったく向かない場所である。

 なにより授業の始まりを告げる鐘は、この時計台の一番上にあって大時計と連動して鳴るのだ。

 予鈴が鳴る前にここから立ち去らねば鼓膜が破れかねない危険な場所でもある。


 だからこそ、生徒は誰も近づかない。

 今日のライハルトの心情に相応しい場所であった。


 まだアレッサンドラに会いにいけていなかった。

 さすがに、このパンを持ちこんで食堂で食べるアレッサンドラの横に侍る訳にはいかない。

「早く食べ終えて、会いに行こう」

 紙袋に入れてきたパンはぺしゃんこになっていて、しかも飲み物のことをすっかり忘れてココまで来てしまった。

「取りに戻る気力もないなぁ」

 いつもなら水筒にレモン水を入れて持ってくるし、なんなら学舎の水瓶から水を継ぎ足しておくのだが、久しぶり過ぎて忘れてしまっていた。

 考えてみればあの水筒自体をずっと放置している。明日使う前に、よく洗っておこうと心に止めた。


「まぁ、よく咀嚼すれば唾液出てくるから、いいか」

 ライハルトは、ぺしゃんこのパンを齧った。

 ゆっくり、ゆっくり噛みしめる。


 今日、起きたことも。

 あの、突然の見合いから、婚約が成立して。

 お披露目会があって。

 父と母の裏切りも。


 頭の中で、ひとつずつをゆっくり思い出していく。



 婚約相手が自分で、本当に良かったのだろうか、ということも。



 納得した筈だった。


 あの日、見合いの席での装いに、希望も持った。


 けれど、肝心な部分を保証してくれたのは、ラート公爵であってアレッサンドラ本人でないことが、今更気に掛かる。


 パンをもうひと口。ゆっくり咀嚼していく。


 その時、どこかで自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。







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