8-5.貧乏令息と学園のクラスメイト達
8-5.
ライハルトが自分の教室に入ることができたのは、二限目の途中からだった。
教室へ入った途端、クラスメイト達の視線がライハルトに集まる。
「おー。ひさしぶりだな、ライハルト・グリード。授業を続けるぞー、早く席に着けー」
騒めきかけたクラスメイト達は皆、教師のそのひと言で口を閉じ、授業は少しだけ浮ついた空気の中で再開された。
「よし。授業はここまでとしよう」
「「「「キャー!」」」」
教師のその言葉を待ちかまえていたとばかりに、生徒たちがライハルトの周囲に集まる。
どの声も基本的には祝福するもののようだったので、教師はそのまま教壇を降りて教室から出て行こうとした。
その時だ。
「ライぃっ!!! ウソだよね?!」
バンと教室の扉を開け放って一人の女子生徒が駆け込んできた。
そこにいた沢山の生徒たちの視線が思わずその女子生徒へ向かって逸れるのも気にせず、その女子生徒はそのままライハルトに向かって突進した。
「ねぇ! 公爵令嬢と婚約したなんて、嘘だよね?」
「……ソニア・ハーバル子爵令嬢、お久しぶりです。淑女たるもの、いきなりそんな大声を出すのはよくないですよ。それに今、廊下を走ってきましたね? 危ないです」
「そんなことはどうでもいいの! ちゃんと答えてよ、ライ」
はぁ、と大袈裟にライハルトはため息を吐いて見せた後、ソニアと目線を合せてハッキリとした声でそれを告げた。
「はい。私は先週末、恙なくラート公爵家一女アレッサンドラ様と婚約を致しました。すでに教会へも婚約誓約書は提出済みで、正式なものです」
「「「「「キャー!!!」」」」」
後ろから黄色い声が上がるが、ソニアの耳にもライハルトの耳にも入っていなかった。
ソニアはいやいやするように自分の耳を押さえ、激しく首を横に振った。
「うそっ! やだやだやだやだ。うそでしょ? ウソだって言ってよ、ライぃ!」
ライハルトの胸に取りすがろうとするソニアから、後ろに下がって縋りつくことを拒否する。
体勢を崩して近くの机に両手を着いたソニアは呆然としていた。
「ハーバル子爵令嬢。これまでも何度かお伝えしてきましたが、私を勝手に愛称で呼ぶのも止めて下さい。私は、私との婚約に持参金を積んで下さった女性を悲しませるつもりはないので、変な噂を立てられるような真似をするのは止めて欲しいと何度もお伝えしてきました。そして婚約相手はもう仮定の存在ではなくなりました。正式な婚約者が現れたからには、私は彼女のものです」
固い声で始まったその言葉だったが、最後の一文を告げる時だけ、どこか甘く響く。
それに気が付い生徒たちの顔がほんのりと色づいた。
――寮生が言っていたことは、本当だったのだと。
その時、予鈴が鳴った。次の授業が始まるまであと少ししかない。
生徒たちは、躊躇いがちに自分の席へと戻っていく。
それでもその場に動かないソニアに、ライハルトと、ソニアが縋りついたままの机の主はどうしたものかと動けないでいると、入口付近でずっと様子を見守っていた教師がソニアの肩に手を掛けて「保健室に行こう。君には休憩が必要だ」と連れ出していく。
呆然としていたソニアは焦点の合わない瞳のままコクンとひとつ頷くと、大人しく教師と一緒に廊下へと出ていった。
教室を出る直前、教師は声を出さないままライハルトに向かって『お前も大変だな』と口を動かすと、ライハルトは苦笑いで頭を下げた。