8-4.貧乏令息と寮生たち
8-4.
寮内では誰にも見つからずに部屋まで入ることは出来た。けれど、ずっと誰もいなかった部屋に灯りが燈り、ごそごそと生活音が漏れ出した辺りで廊下には人だかりができていたらしい。
そうして寝る前に汗を流しにいこうと部屋を出た所で、ライハルトは寮生たちに掴まった。
学生というものは、仲間と盛り上がれば、アルコールが入らずとも酔えるものなのだ。
結局、なんとか領地から馬車で帰ってきて汚れているのだとシャワーを浴びる許しだけは得ることができたが、風呂場から出た所で再び捕獲されたライハルトは、ひと晩中、寮生たちの肴、話のネタとして美味しく頂かれたのであった。
とは言っても根掘り葉掘り情報を聞きだされた訳ではない。
「よかったなぁ。やっと親が作った借金が返せんだなぁ」
「お前の、『婚約者の持参金で借金を返済する』っていうプランを初めて聞いた時は頭がオカシイと思ったこともあったんだけど。実現させるとは思わなかった。お前すげーよ」
「あぁー、俺も聞いた時はフイタわー。でもお前の顔を見てイケるって思い直した」
「俺もおれもー!」「俺も思ったー」
「うぇーい! らいくん、大願成就オメデトー!」
「うぇーい!!」「いえーい!」
嘘みたいだろ。これ、飲んでるの寮で無料で飲めるレモン水なんだぜ。
ちなみにツマミはライハルトが買ってきたお土産のビスケットだった。勿論あっという間になくなって今はない。
ディスられているような、祝福されているような。
けれど、妬む者のいない時間は居心地がよくて、ライハルトは笑って過ごした。
朝が来た。
ラキサ学園男子寮の生徒たちのその日の朝は、通いでやってきた食堂の料理人たちの悲鳴で始まった。
「な、な、なにをしてるんですかー!!!」
死屍累々とはこの事かと言わんばかりの食堂の惨状に、悲鳴を上げた料理人の悲鳴で目が覚めた生徒たちは、「あーぁ。せっかく目を瞑ってやったのに」という恍けた寮長と一緒に食堂を清掃させられた。
まぁ所詮は、学生がアルコールなしでひと晩騒いだだけである。
行儀悪く椅子の下に頭を突っ込んで寝た者や、床に大の字になって涎を垂らして寝た者、飲んでいたカップを取り落とし中に残っていたレモン水でできた水溜まりに顔を突っ込んで寝ている者がいた程度で大した被害はない。
壊れた物もなかったが、寮生たちは罰としてテーブルや椅子、壁、床、天井など食堂の隅々まで綺麗に拭かされたのだった。
意図せず早起き? をしたにも拘らず、この日、男子寮で暮らしている生徒たちは皆、遅刻ギリギリで学園の校舎まで走っていくことになった。
ひさしぶりにライハルトが参戦した朝食で、調子に乗ってガッツイた寮生たちが腹を下すほどの量の食事が用意されていたからだ。
勿論、料理人たちによるライハルトへの婚約祝いを含んでいることもあったのだろうが、誰よりも綺麗な所作で沢山食べて、その上でちゃんと「美味しかったです。ご馳走様でした」と言ってくれるライハルトの為に作る料理は楽しかったのである。
だからつい夕食の為に仕入れてあった食材まで使ってしまったのだ。
敷地内にある男子寮から校舎まで笑いながら走っていく生徒達の集団、その中に半月以上も学園を休み続けていた話題の人ライハルト・グリードの姿もあって、それに気が付いた自宅組の生徒たちも色めきだった。
誰もが彼を捕まえて話を聴きたいと願ったが、残念ながら始業時間が迫っていたし、その生徒自身も他の寮生たちと共に学舎へとなだれ込み、そのままの勢いで学園長室へと向かってしまったのでその後ろ姿に後ろ髪を引かれはしたものの、引き留めて話を聞き出そうとする者はさすがに出なかった。
余話ではあるが。
この時間、ライハルトの代わりに各教室で男子寮の寮生たちがヒーローと化していた。
捏造した出鱈目を流す者はいなかったが、彼らの口から語られた甘さ十割り増しのライハルト像は、もはや別人といえるかもしれない。
「いーや、俺には分かった。アイツは言葉に出したりはしなかったが、アレッサンドラ様をお慕いしている、その熱ーーーい気持ちが、傍にいる俺達には伝わってきたんだよぉぉぉ!」
中らずとも遠からず。
完全に調子に乗って叫ばれた彼らの言葉は、ライハルトの心情的には何も間違っていないので問題はないのである。