8-2.貧乏しか知らない令息、自戒する
8-2.
「はぁ……根本的に生き方を考え直さなくては。いろいろ駄目な気がする」
上を向いて長く息を吐いた。
確かに、アレッサンドラとの婚約により、ライハルトが背負ってきた借財は無くなった。
だがこれまで、ライハルトは節約をしない生活というものを送ったことがない。
だから浪費と普通の生活の境目もわからない。
人生の枷であった借金が消えた事は確かだが、返済をしなくてよくなったからといって、節約もせずに暮らしていいとは思えなかった。
「違うな。……肩代わりしてくれていた王宮への返済は終った。でも、アレッサンドラへの返済が始まっただけなんだ」
本来持参金というものは、花嫁の生活費として使って欲しいという親心から生まれたらしい。離縁した際には妻の資産として持って出ていくことができたという風習は廃れてしまっているようだが、アレッサンドラの為のお金を残せるように、努力していけばいいのだ。
「自分に、どこまでできるか分からないけれど」
それでも、ひとりではないのだから。
ブラン伯爵もいる。領地で会ってきた新しい家令もいい人だったし、なにより仕事ができる人だった。打てば響くというのはこういう人かと思った。当然だろう。ラート公爵がアレッサンドラの未来を支える人間として選んだのだ、有能で当たり前なのだ。
窓の外に王都の灯りが見えてきた。
「どうしますか? 今からでは寮の門限は過ぎてますよね。ブラン伯爵の御屋敷に向かいましょうか」
小窓が開いて、そこから御者が声を掛けてくれた。
「いえ。寮でお願いします」
考えるまでもなかった。
これ以上、誰かの稼ぎを当然の様に使う生活を送る事を自分に許す事など、我慢ならない気がした。
「でももう門は閉まっているのでは?」
「大丈夫です。ちゃんと裏庭から入れるんですよ」
学園の男子寮に入っているのは下級貴族の子息がほとんどだ。金が無いから寮で暮らしている訳だが、それでもたまには羽目を外したくなる時もある。
そういう時に生徒たちが作った抜け穴があるのだ。
ライハルトは詳しい説明をした訳ではなかったけれど、御者はちょっと笑って了承してくれた。ついでのように声を掛けられた。
「あの、寮へ行く前に、少々寄り道して宜しいですか?」
「勿論です。予定より行程が遅くなってしまって申し訳ありません。なんならその辺りで下ろして頂いても構わないですよ」
ライハルトは王都内の道を把握している。学園まではまだ少しあるが、迷ったりすることは無い。
「いけません。貴方様は半年後にはグリード伯爵となられる御方です。ラート公爵家から妻を迎えることにもなられているのです。これからは御身を軽々しく考えたりなさらないで下さい」
労ったつもりが叱られてしまい、ライハルトは驚いた。
「そうですね。ありがとうございます。気を付けます」
しかし言われている内容はもっともな事だったのでライハルトは素直に受け入れた。
「使用人である私に敬語も使わないで宜しいのですよ」
しかも、更なる指摘を受けてしまうことになって目を白黒させた。
それでも何でも受け入れるつもりのないライハルトは笑顔で流す。
「ふふ。これは習い性になっていますので」
そんなやり取りから、ライハルトという人間は、流されやすい、見た目だけの存在ではないのだと判断できたのか、御者がにやりと笑った気がした。
「そうですか。では、寮へ着いたらお知らせします。他に寄りたいところがあればなんなりとお申し付けください」
「ありがとうございます」
小窓が閉められ、再びライハルトの耳に入るのは馬車の走るガタガタという音だけになった。