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借金まみれの伯爵令息は、金貨袋を掲げたお姫様を夢見る  作者: 喜楽直人
第七章 夢の始まりは悪夢の終わり
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7-9.貧乏令息の武勇伝

7-9.



 他にも、「持参金はマケることはないが、それ以外に求めるものは全くない。どれほどのご高齢でも、再婚でも、自分より年上の子供がいても、大切にする覚悟がある」と豪語するなど、この手の逸話を数多く生んだライハルト・グリードはいつしか鑑賞用としての地位を固め、そういった意味で近付くのは幼馴染みを自称する子爵家の令嬢唯一人となっていた筈であった。


 そんな駄目武勇伝に事欠かない男が、ついに婚約を果たしたのだ。


 しかもその婚約相手は、ラート公爵家の跡取りであった筈の、この学園で最も高貴な女性アレッサンドラとなのだ。

 弟が生まれていたことでアレッサンドラがいつか跡取りではなくなるのではないかという噂自体はこれまで何度も囁かれてきた。

 けれど、ついにそれが単なる噂ではなく事実としてお披露目されたのだ。

 その席での婚約発表だ。

 実際に親がそのお披露目のパーティに参加していたという生徒からの報告を第一報として、続々と報告が上がる。


「弟を後継者に据える事になった為に婚約を組み直したらしい」

「ライハルト・グリードはその席で主だった参加者全員に好印象を与え、アレッサンドラ様を妻に迎える価値があると認められたらしい」

「ライハルト・グリードは学園を卒業したら即時伯爵位を継ぎ、アレッサンドラ様を迎えるらしい」


 らしいらしいという伝達形の話題ばかりであったが、情報元が自身の親というものばかりだ。

 あっという間に動かしようのない事実として広まっていく。




「それで、あのライハルト・グリードが三週間も学園を休んでいたのか」


 これまで休むどころか一度も遅刻すらしたことのなかったライハルトが学園を休み続け、実は突然長期休暇の届けが出されていたという話が伝わると、何かあったのかと寮まで探しに押し掛けた生徒まで出る始末だったのだ。


 どうやら貧乏すぎてついに登校できずに日銭を稼ぎに出たのではないかと友人達が心配したらしい。

 けれど押し掛けた寮にも本人の姿はなく、寮長から「グリード家から迎えが来て休むと届が出ている」と言われるばかりであったので生徒たちはとにかく情報に飢えていた。 


 だから、彼がついに念願叶えて、膨大な借金を持参金で穴埋めしてくれる理想の女性との婚約を成立させたという話が伝わると、一気に大騒ぎになった。


 ある者は彼の前途を祝って祝福し、ある者は鑑賞用としてずっと眺めて暮らすつもりだったその人が一人の女性のモノになってしまった事実に打ちのめされ、ある者はそもそもその婚約が事実かどうか疑って掛かった。


「でもさぁ、ライハルトって本当に借金の穴埋めしてくれるなら誰でも良かったんだなぁ」

「誰でもって、お前。お相手はあの麗しのアレッサンドラ様だぞ? ラート公爵家の一の姫さまから申し込まれて、どんな異義があるんだよ」

「いや、俺だったらないよ。すっげー舞い上がるんだろうけどさ。でもライハルトはアレッサンドラ様の話題をしてても乗って来なかったじゃん」

「そうだよなぁ。誰なら借金を返してくれそうかってネタを振ってさ、アレッサンドラ様の名前を出した時だって、いつもと変わらない表情のまま『あの方には婚約者がいますから』で終わりにされたもんなぁ」

「そうだろ? ライハルトがアレッサンドラ様に見惚れているところなんか見たことないぞ」


 わいのわいのと盛り上がる中、ベントとスイが笑いを噛み殺していた。

 むず痒くなる唇が動き出しそうになるのを懸命に堪えて口を塞ぐ。

 彼らには、ライハルトが誰よりもアレッサンドラを意識していた事に気がついていた。

 誰よりも遠くから彼女がいることに気がついて避けていたし、婚約者のいる彼女に不名誉な噂が立たないように慎重に話題に乗らないように配慮して、それでもその名前が出された時は貴族的な笑顔を張りつけて黙って遣り過ごすのだ。傍にいる事の多いふたりからすれば、それは十分不自然でしかなかったのだが。それを指摘して、ライハルトのこれまでの努力をあっさりと壊してしまうなど、あまりにも友人として不甲斐ない。

 だからふたりは、誰から何度聞かれようとも「何も知らない」で押し通した。心の中で、友人を罵倒しながら。

『早く戻ってこい、バカハルト。祝杯をあげさせろよ!』

 この話題がされる時、こんな風に口を塞いでいるのは、このふたりだけではない。あの訓練所で共に研鑽した仲間は皆、同じ発作に苦しんでいた。

 何故なら、ライハルトが懸命に話題に乗らず視線を反らしていた理由が良く分かっていたからだ。けれども彼らには決してそれを説明することはできない。


 アレッサンドロ。幼かった彼らの、特別な仲間については絶対の秘密だったからだ。


『ライハルトめ。戻ってきた時は覚えてろ』


 彼らのマドンナを独り占めにしようとしている、もうひとりの不埒で大切な仲間に向けて、彼らは胸の内で物騒な言葉の祝福を贈る。その誰もがとびきりの笑顔であった。




 その間、アレッサンドラは一人で学園に通っていた。


 見合いの話も、婚約の話も誰にも自分の口からは明かさずに。


 ライハルト・グリードが学園から姿を消してしまったと動揺が走っている期間、ずっと。


 そして婚約の話題が学園に広まっても、噂の婚約者が一向に登校してこない状況になっても、ずっと。



 けれど、だからといって誰がアレッサンドラへ直接問い詰められただろう。


 整い過ぎて冷たくすら見える美貌に、寸分の隙も無い笑みを貼りつけたアレッサンドラを前にして、下世話な話題を振る勇気など誰にあるだろう。


 しかもその令嬢は、この学園で最も高貴な存在なのだ。


 それを捕まえて事実を問うことができる猛者などいる訳がない、筈であった。



 だが、いたのだ。



 ここに一人、現実が見えていない令嬢が。




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― 新着の感想 ―
駄目武勇伝。初めて目にする言葉だ!(笑)
[良い点] ほんとに理解のある素晴らしい仲間たちですこと!!
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