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借金まみれの伯爵令息は、金貨袋を掲げたお姫様を夢見る  作者: 喜楽直人
第七章 夢の始まりは悪夢の終わり
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7-8.学園で噂の

7-8.



 ライハルトが学園を休み始めたのはもう3週間近く前になる。

 あの見合いの日からずっと休んだままだった。

 そうしてフリードリヒの誕生会を兼ねた婚約披露のパーティの日から数えただけでも、すでに一週間が経っていた。


 当然だが、お披露目が終わって次の登校時にはふたりの婚約について知らない者はいなかった。それほどこの情報が学内を廻るのは早かった。


 当然だ。


 現在、学園に通っている王族はおらず、公爵家の人間もアレッサンドラ一人だ。

 成績は常にトップ。艶やかな黒髪を靡かせ美しい所作をとる美貌の令嬢でもある。

 誰よりも有名な存在だといえる。


 対するライハルトもまた、学園で最も目立った存在なのだ。

 グリード伯爵家の嫡男として生まれながら、親の失策で莫大な借金を背負い、しかしそれに挫けることなく成績優秀で、ちょっと言動がオカシイところはあるが真面目な生徒であることに間違いはない。そして何より見た目が良い。『鑑賞用として丁度いい』と言われるほどの美貌を誇る。


 克て、告白してきた令嬢に対して「家の借金を穴埋めできる持参金を用意できる女性を妻に迎えるつもりでいるので、それができないなら告白を受けることは出来ない」といつもの調子で断ったライハルトに、その親友だと後ろにくっついてきた令嬢が絡んだことがあった。

「家の借金なんか、自分で稼いでなんとかしなさいよ! 妻の持参金でなんとかしようなんてサイテイ!」

 告白してきた令嬢が止めるのも聞かずに口汚く罵ったその令嬢の前で、ライハルトは静かに口を開いた。


「私は自分で働くつもりがないなどと言ったことはありませんよ。私を売るのは借金返済のためです。その先の生活費は当然身を粉にして働く覚悟があります。妻子を養い、領民を守っていいかねばなりません。その為の能力は身に着けてきているという自負もあります」

 先祖代々引き継いできた領地を抱える伯爵家の嫡男である。借金を返してそれで責任終了という訳がない。

「だったら!

 勢いづいて迫る令嬢をライハルトは冷たく見つめた。

「現在、グリード伯爵領での収益は、伯爵家が抱え込んだ巨額の借財に掛かる国で定められた最低利率の利子にすら届かない年もあるのです。つまり元金を減らすどころか増えていく一方なんですよ。その元金は、私が働いて返済していくべきだ、との進言ですが余りにも現実的ではない。私は伯爵家の跡取りとして、犯罪行為や犯罪ではなくとも違法ぎりぎりな行為、もしくは命を削るような仕事に就くことはできません。せめて後継者を得てからでないと。故に、まずは安全で安定した職に就くしかありません。そうなると同じ命懸けであっても名誉ある王立騎士団なら、他の仕事よりずっと伯爵に相応しいと言えますし、そこ所属するのが最も高給を得る手段となる訳ですが、この騎士団での基本給は月に金貨12枚。国境警備などにつけば危険手当で金貨3枚が毎月支給されますが、それでは領地経営に責任が持てなくなるので不可能です。まぁ実際の処、騎士は勤務時間が不規則でしかも長い。勤務時間外も身体を鍛える必要もあるので、領主と兼任するには向かない職業ですけどね。それでも頑張ってみたとして、金貨12枚で、騎士として恥ずかしくない最低限の生活を送る経費を除いた後にどれだけ残せるとお思いですか? ちなみに学園の寮費は月に金貨1枚です。国が補助として半額負担してくれているそうですので、実質金貨2枚で朝晩の食事まで賄っていることになりますね。昼食その他でどれだけ掛かるか分かりませんが、ココは単純に倍だと考えて金貨4枚。正直それで済むとは思えませんが、もし金貨4枚で暮らせたとして、残りは8枚です。毎月8枚、年に12回で96枚です」

 そこで一度言葉を切って令嬢の瞳をじっと見つめる。


「毎年金貨96枚の返済ができたとして、金貨10万枚を返すのに掛かる年数はどれだけか。簡単ですね。たった1041年で完済だ」


 理路整然、淡々とされていく説明に、周囲が無言になる。

 ごくり。周囲が知らず唾を飲み込んだ。

 実際にグリード伯爵家の債務がどれほどの額なのかは知らない。

 10万枚などという数字は計算し易くする為の仮の数字でしかないかもしれない。

 けれど、本当の借金は10万枚以上である可能性はないだろうか。

 領地の収益が利子でふっ飛ぶ借金の額というものがどれほどのものなのか想像すらつかなくて動けなくなる。


「ちなみに、貴女が今身に着けているドレスがお幾らかご存じですか?」

 ここにいる誰も、そのライハルトの問いに答えることはできなかった。

 ドレスはある程度の予算を知らされた工房の者たちが提案してくるものに、自分の好みを乗せて作らせるものであって、それが金貨何枚必要なのかなど気にする令嬢はいない。

 その家の家格を考慮し、予算に合わない宝飾品を家に持ってくるお抱え商人などいないし(その家に支払えない商品を持ち込んで恥を掻かせるような商売人は二度と呼んで貰えない)、見せて貰えたからには令嬢に許された物なのだ。

 手に入るか入らないか、それだけでしかない。


「だ、だったら自分で起業するなり、なんなりか……あるでしょ! なによ。そんなの自分で考えなさいよっ!」


 それでも負けずに言い返した令嬢の言葉は根性論でしかなく、ワクワクしてみていた生徒たちが更にトーンダウンした。


 王立騎士団の給金は今初めて知ったが、それで足りないとすらば、いったい一個人で何ができるというのだろう。

 騎士団は命懸けの仕事でもある。名誉ある死を迎えたなら遺族には年金が支給されるが、それが借金を減らす足しになるかといえばならないだろう。


 そんな名誉はあっても命懸けとなる仕事で駄目なら、確かにライハルトにできることなど、自分を磨けるだけ磨いて買ってくれる金持ちを見つける事くらいのものだろう。

 ――多分、自分でもそう結論付ける。いや、爵位を捨てて平民になって逃げるかもしれない。

 口には出さなかったが、その場にいた男子生徒は心の中でそう結論付ける。


「借金まみれの家の人間が起業する。いいですね、ロマンがあります。では起業に必要な資金は? また借りるのでしょうか。どこからですか? 誰が貸してくれるんですか? 大体、借金まみれの人間と真面な取引をしてくれる相手がいると本気で思っていますか?」

 そこまで言わなくとも、と少し同情していた周囲が再び引き始める中、ライハルトの質問が続く。


 そうしてついに、付き添い令嬢がブチ切れた。


「くっ。ああいえばこういうっ。サイテイ最低サイッテーよ! この娘には相応しくない!」


 ぐいっと告白をした令嬢の手を引っ張って去っていく。

 その後姿に、ライハルトが手を振った。

「ハイ。自覚ならあります。ですから、そんな私を、膨大な借金を穴埋めできるほどの財で買い取って下さる方の為に、私は最高の商品でいるつもりです」


 手を引かれた令嬢が、ぺこりと申し訳なさそうに頭を下げながらも強引に連れ去られていく様をライハルトは見送っていたという。






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