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1-7.少年エリハルト

ライハルトの父ユーリハルトのお話。


1-7. 


 

 先々代当主ウィリハルト・グリードが死んで、この歴史あるグリード伯爵家が借金まみれであったことに驚いたのは、王宮勤めをしていたグリード家嫡男ロイハルトだけではなかった。


 実際の処、ウィリハルトはかなり女遊びが激しかったが誰かひとりに入れ上げるタイプではなく、どちらかというと綺麗に遊んでいる様子だったので家族の誰もが、これほどの金を女に費やしてしまっていたなどと気が付いていなかった。


 だが彼が死んだ今、その領地経営に関する書類を確認すれば、伯爵家が破綻状態なのは一目瞭然だった。

 


 若くして最愛の妻を見送った寂しさを思うと、「ある意味独身であるし」と目を瞑ったのが悪かったのだろう。


 気が付けば、平民の愛人をそこかしこに作り、店を持たせたり家を買ってやったりしていたようだった。

 唯一そこに救いがあるとすれば、父の子供はロイハルト一人だったことだろう。

 不思議なことに、他に子供はどこにもおらず、すでに他の男と結婚して幸せを掴んでいる者も多かった。

 現在進行形で愛人だった女たちも伯爵が亡くなったと知れば涙を流してお悔やみを述べた。


 そうして、借金まみれのグリード伯爵家を継いだロイハルトが最初にしたことは、借金の精査だ。誰にどれだけの支払いがあるのか明確にし、実際にグリード伯爵家の資産として残されている物を洗い出した。


 債権者たちと話し合いを交わし、利子を下げさせたり、すでに元本が返し切っていると確認させたり、払いすぎだろうと返金させたり。毎日、神経がすり減る思いをしながら交渉を重ねる。

 勿論、グリード伯爵家の生活も一変した。

 先祖代々伝わってきたような特別な宝飾品以外は全て売り払い、華美なドレスも下取りに出した。ドレスに縫い付けられたアンティークレースなどは丁寧に糸を外され洗濯されて、他のドレスに転用されるらしい。

 ロイハルトとの結婚式で妻カリンが着たウェディングドレスと長男エリハルトが洗礼式で着たガウンは特に高く売れた。


 屋敷の使用人の数も減った。

 下働きをする男女二名ずつと、調理人を兼ねるハウスメイド一名、家令だけが残されて、あとはすべて紹介状を出した。

 調理長だった男は最後までグリード家に勤めたいと願い出ていたが、扱える食材が平民並みかそれ以下となる生活に華麗な技は必要ないのだ。

「もっと、お前のその腕を活かせる場へ行きなさい」とロイハルトはその背中を押した。


 食べる物は、毎日野菜くずが浮くだけのスープに小麦粉を練って作った団子が入っているだけのものがほとんどになった。おやつもお茶の時間も無くなった。

 着るものは一切装飾のないシンプルなものとなり、平民と見間違われるばかりの生活。


 それでも、ロイハルトは領地での仕事のみならず王宮勤めも辞めることなく続けて、その給金も借金返済へ注ぎ込んだ。


 なんとか元金の整理もついて、平民並みの生活というほどの状態ではなくなるようになっても、ロイハルトは贅沢というものを家族に許そうとしなかった。

 グリード伯爵家には、現在まったく蓄えがない。

 もし天災が起きたら、あっという間に領民の生活は立ち行かなくなる。つまりはグリード家の返済計画も一気に行き詰るということだ。

 家族一丸となり、少しずつでも蓄えを持てるようになるまでは、とロイハルトは気を弛めることなく清貧を貫いた。


 しかし、そんなロイハルトの差配を恨めしく思っていた人間がただ一人だけいた。


 ロイハルトのたったひとりの息子であり、後にライハルトの父となるエリハルトだ。


 幼かった少年は、次次代の伯爵となることを誇りに思っていた。

 美しい母。厳しい父。そして歳をとっても女性にモテる格好いい伯爵である祖父。

 いつか自分も、あの祖父の様に皆から愛される特別な存在、伯爵になるのだとエリハルト少年はそう信じていた。


 それなのに。


 尊敬する祖父が亡くなったことで、エリハルト少年の生活は一変した。激変といってもいいだろう。


 食べきれないほど豪勢な食事。欲しいだけ与えられた甘いケーキ。

 キラキラするドレスを身に纏う母は友人たちの羨望の的で、毎日王宮で働く為に出廷する父は少しだけ無粋で格好悪いと思ってはいたが、それ以上に若くてきれいな女性を常に侍らせる恰好いい祖父が傍にいてくれたので十分満足だった。


 それ等すべてが、一気に掻き消えた。


 まるで夢の中での出来事みたいだった。

 それも、とっておきの悪夢。



「我慢して食べなさい。世の中には、こんなスープすら口に入らない人も沢山いるのですよ?」

「肉が食べたい」と目の前のスープを押しやったのに、優しかった母が冷たく告げる。

 

「今日は、おじいさまに買って貰った服を着ていく」と言うと、誰よりも華やかで美しかった母が、汚れの目立たない濃い灰色をしたまるで使用人が着るような服を着て首を振った。

「諦めなさい。あの服も靴も、もう手元にはありません。いいえ、元からあれは私たちのものではなかったのです」


 母のつややかだった髪に、白いものが混じっている。

 纏めている髪も、昔の様に複雑で華やかなものではなくなり、何の飾りもなくただ纏められていて、しかも数本の後れ毛が首筋に張り付いていた。


 つややかに紅を塗られていた唇は彩りを失くし、かさついて小言ばかりいうようになった。


 そのすべてが、エリハルト少年を傷つけた。



 多分きっと、すでにこの頃には、エリハルト・グリードという人間の中で、何かが壊れてしまっていたのだ。



 自身が、結婚して妻を持ち、子供を為してからも。



 ずっと、壊れたままだった。





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