7-5.婚約の行方
7-5.
「いいや。彼らは貴族籍から除外されることが決まった」
ぎゅっとライハルトがその手を握りしめた。
「これは元々、ロイハルト殿が生きておられたなら、ご自身で下されていたであろう処罰だ。勝手に当主しか使えない筈の紋章印を持ち出して借財を作るような真似をした者が受ける罰としては当然のものだ。当時、君がまだ幼かったことと祖母もすでに高齢となっていた事が考慮され処されなかっただけに過ぎない。仕事は……今、王宮から受けているグリード伯爵領に関する資料整理の仕事は失うことになるな」
確かに。伯爵家の財産を、跡取りとはいえ勝手に使い込むような真似をしたにしては、エリハルトに与えられた罰は緩かった。緩すぎたと言わざるを得ない。
仕事も住む家も与えられ、奪われたのはグリード伯爵となる未来のみだった。
但し、本人はその幸運に気付いていなかったようだが。
だからこそ似たような事件を再び起こしてしまったのだろう。そうして二回目を繰り返したエリハルトに、一度目のような緩い対応は許されなかった。
ラート公爵家と縁続きになった途端、契約書に背いて借金を申し込むような真似をするなど。エリハルト・グリードはそのような行為が許されるとどうして思ったのだろう。
そもそもの発端となる、グリード伯爵家の紋章印を勝手に持ち出すという罪を犯した際にエリハルト・グリードへ与えられた罰。
それがライハルトの為に軽くされただけならば、ライハルトの未来を潰しかねない婚姻前誓約書の内容に違反する行為をしたことがバレた暁には、前に免除された分の罪も一緒に科せられる可能性を考えたことは頭の隅にすらなかったというのか。
あまりにも短慮で、愚かな判断をした父エリハルトと、それを止めることのできなかった母デイジーに、ライハルトは心の底から落胆した。
「いいえ。寛大な処置を下さり、ありがとうございました」
ライハルトは頭を下げ、ルチアーノから下された処罰の受け入れを表明した。
だが実際の処エリハルトのこの愚かな行為は、ルチアーノの中ではある程度想定されていた範囲のものであった。
だからこそ、エリハルトを領地に返す際に見張りを付けることもしなかった。
勿論、ルチアーノには物理的に囲い込んで何もできなくなるように対処することもできた。
しかし、『できないようにされていたからしなかった』では駄目なのだ。
愛娘が嫁入りした後でそれをされてしまってからでは遅い。だからルチアーノは放置した。罠を用意したという程の事はしなかった。けれど似たようなものではあるだろう。
けれど、この状況で罪を犯さなければ以後も期待ができる。
そう、期待したとも言えるのだが、やはり見事に裏切られての結果が、これだ。
こうなる可能性も含めてブラン伯爵とも相談済みだった。お陰でスムーズに後見人を定めることもできた。
全てはラート公爵として為すべきことをしただけだ。だが、それをここでライハルトへ明かすつもりはなかった。ルチアーノも、そこまで鬼ではない。
だが所在なさげに小さく肩を震わせるライハルトを少しでも力付けたいと考えたルチアーノは、とっておきのそれを教えることにした。
「ライハルト殿は、この婚約が無くなるかもしれないと不安に思っているのかもしれない。まぁ、私としてはそれでもいいんだが、この婚約を破棄しようにも、ひとりだけ、絶対にそれに反対する者が出るんだ」
ライハルトには、ルチアーノが何を言わんとしているのか分からずに、首を捻った。
嫁入り先の両親が信用ならない人間であるなど、到底可愛い娘を送り出すのに適していると判断はされないだろう。
だからこの婚約は、破棄されても仕方がないとライハルトは覚悟をしていたのだ。
なのに、破棄に反対する人物がいる? それもラート公爵家の当主であるルチアーノの意見を覆すだけの力を持った人物に、まったく心当たりがない。
「ほう。私の見立てより、ライハルト殿は女心に疎いようだな」
ルチアーノが嬉しそうに笑う。
上機嫌な様子で一頻り笑って気が済んでから、ルチアーノはようやく、ライハルトにその人の名前を教えてくれたのだった。