表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
借金まみれの伯爵令息は、金貨袋を掲げたお姫様を夢見る  作者: 喜楽直人
第七章 夢の始まりは悪夢の終わり
66/90

7-3.金貨を積んで手に入れた初恋の憂鬱


7-3.



 アレッサンドラの黒髪の一本一本、根本から毛先まで綺麗に香油が馴染んだことを確認して、アリーは作業する手を止めた。

 深い艶と、ほんのりと香る薔薇の香り。ずっとアレッサンドラの髪の手入れをしてきたアリーにとっても納得の仕上がりだった。


「…さぁ、できました。ご婚約おめでとうございます、アレッサンドラ様。本当に素晴らしいお相手ですね。アレッサンドラ様をあれほど大切にして下さる方を、他に見つけるのは難しいくらいじゃないですか」


 宥めるように、そっと肩に手を添える。

 アリーは、会場でライハルトがどれほどアレッサンドラを大切に見つめていたのか伝えたくて仕方がなかった。上手に抑制していたが、側にいて、その瞳の中にある熱に気が付かなかった者などいないだろう。

 あの場にいた全ての人間が感じた筈だ。


 アレッサンドラ・ラートがラート家の後継者の座から降りることになったのは、この2人を結びつけるためのものだったのだ、と。


 二人は、運命の相手なのだと。



「……ありがとう、アリー。そうなの。ライハルト様は、私が知る中で最も素晴らしい男性のひとりよ。お家の事さえなければ、どこのどんな方より、その傍にいることを望まれる筈の方だと思うわ」


 たとえアリー相手であっても婚約者を手放しで褒めることは恥じらいが先に立つのかもしれない。

 返されたアレッサンドラの返答は、どこか固かった。

 あの時、指輪を渡されて感動に打ち震えていた時のような幸せそうなオーラを感じさせるものではなく、なにかを躊躇い戸惑っているようにも聞こえる。


 ――恥じらっていらっしゃるだけかしら?


 アリーとしては、いまいち自分の感じているこの思いが伝わり切っていないようでもどかしかったが、アレッサンドラが恥じらっている姿が愛らしかったので今夜の処は引くことにした。


「お休み前に、何かお飲みになられますか?」

「えぇ、そうね。カモミールをお願いしようかしら」

 確かに。こんな夜には心を鎮めてくれるハーブの力が必要だろう。

「ミルクブレンドに致しましょう。今夜は特別ですからね。蜂蜜もお入れして参ります」

 後片付けをしながらアリーが提案すると、アレッサンドラは「大盤振る舞いね」と嬉しそうに笑う。


「では、少々お待ちくださいませ」

 頭を下げて、部屋を後にする。


 だから。アレッサンドラの私室を出て厨房へ足早に向かったアリーの耳には届かなかった。



「ライハルト様。初恋の相手である貴方の傍に家の金で座わってしまった。婚約を強いてしまった。……本当に、これで良かったのかしら」


 ライハルトはアレッサンドラと同じ学園に在籍している同学年の生徒だ。にも拘らず、この婚約の話が出るまで傍に近寄ることも視線が合ったこともなかった。


 つまり、アレッサンドラは彼の大願を叶えられる数少ない存在でありながら、彼にとってまったくの慮外の存在であったということだ。

 確かにアレッサンドラには表向きには婚約者がいた。

 だが、あれほど貪欲に資産家の令嬢を求めていたのならば、この国で最も資産を持つラート公爵家の令嬢であり、弟がいて嫁入りができる、アレッサンドラに目を付けるのが当然なのではないだろうか。


 その目に止まろうと努め、婚約者の座を奪おうとするのではないだろうか。


 それすらされなかった、つまりは、アレッサンドラはライハルト・グリードにとってまったく魅力的ではなかった。


 そういうことだ。


 鏡の中の自分を見つめながら、ため息混じりに溢したアレッサンドラの呟きは、夜の闇に消えていった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ