7-1.侍女は敬愛する美しい主の幸せを祈ってる
7-1.
「お二人は、とてもお似合いでした」
婚約をお披露目した夜。
ドレスを脱ぎ、湯浴みを済ませたアレッサンドラが髪の手入れをして貰っている時、侍女アリーが感慨深げにそう呟いた。心の底からそう思っていると分かる、思いやりに満ちた声だった。
「そうかしら。そうだったらいいのだけれど」
この上もない成功を収めたにも関わらず、アレッサンドラの言葉に憂いを感じてアリーは首を傾げた。
「どうなさいました? ライハルト様は、文句のつけようのないエスコートをされていたと思うのですが。何より、あのケイン様への対応もスマートで! アレッサンドラ様をとても大切にされていると分かる素晴らしいものでしたわ」
見ていたのか、とアレッサンドラはきゅっと唇をはんだ。
会場の隅で新旧婚約者対決を見ていたというアリーは、「ライハルト様、恰好ようございましたねぇ」と、ただ素直に喜んでいる。
ちなみに家令のカルロはライハルトの両親のお目付け役としてずっとついて回っていたので、ゆっくりと感慨に耽る間もなかったらしい。
調子に乗って注目を浴びようとする度に咳ばらいをしていたようで、「咽喉が痛くなった」とボヤいていた。
「ケイン様は確かに爵位や年齢は、アレッサンドラ様の横に立つのに相応しい方だと存じておりましたが、言葉尻や行動が、こう……紳士的とは言い難いと常々アリーは不満に感じておりました。けれど! あぁ、スッキリ致しました」
カラカラと、アリーが高らかに笑う。
口に出されたことはなかったが、よほど腹に据えかねていたようだった。
「素晴らしい方ですね、アレッサンドラ様の、新しい婚約者様は!」
「そうね。本当に、そう思うわ」
アレッサンドラもすぐに同意した。
けれど、その返答には、アリーが期待した熱量が足りなかったらしい。
「まぁ! どういうことですか、アレッサンドラ様。ケイン様に対しては、私が少しでも批判しただけで強い口調で諫めておられましたのに」
「それは……だって、どこでケイン様のお耳に届くか分からないでしょう? 廻り廻って尾ひれがついて、アリーが意図していないほどの悪口になってしまう可能性だってあるのよ。私、アリーには私が結婚した後も専属でいて欲しかったんだもの」
がばり。アリーが、アレッサンドラに抱き着いた。
「アレッサンドラ様! 勿論です、もしアレッサンドラ様が私を傍に置きたくないと仰せられても、絶対に離れたりしませんからね!」
「うふふ。嬉しいけれど、髪が縺れてしまうわ。せめてコームを終えてからにしてね」
「あら。ワタクシとしたことが。ホホホ。失礼致しました」
アレッサンドラに諫められて、アリーは自分の仕事に戻る。
アリーは、アレッサンドラの黒髪を丁寧に毛先の向きをコームで整えると、地肌につけないよう気を付けながら手のひらで温めた香油を丁寧に毛先まで伸ばしていく。
髪にオイルを馴染ませ終わると、今度はタオルで挟んで揉み込んでいく。
その作業をしている間もずっと、アリーは上機嫌のままだった。
アリーは手だけでなく口も動かしっぱなしだ。
「カルロが褒めていました。別邸での過ごされ方も真面目で、ラート家に関する予習についても物覚えがよくて、質問も的確で。とにかくとても優秀だったって言ってましたよ。あのカルロがマナーについて手放しで褒めるところなんて、初めてみましたよ!」
きちんと作業を進めながらでも口を動かすことは出来るのだ。むしろ、アリーはアレッサンドラを褒めながらの方がずっと作業が捗る気がしていた。
ただ、アリーが新しい婚約者について褒めれば褒めるほど、アレッサンドラの反応が固く鈍いものへなっていく。それが妙な感じもする。
けれどアリーが褒める度に、アレッサンドラの耳が(風呂上がりだということを考えても)赤くなっていくことに気が付いて、口角が上がる。
アリーの大切な主にとって、家と家との間で結ばれた前の婚約と今回の婚約は違うのだ。
違い過ぎるその関係に戸惑っているのだろう。