6-10.【閑話】弟は姉の元婚約者が大嫌い
※回想回です。お見合い成立後~お披露目までの間のお話です。
6-10.
お見合いからお披露目までの二週間。
ライハルトは学園を休んでラート公爵家が所有する別邸の一つに移動していた訳だが、別に服のお仕立てに関する事だけをしていた訳ではない。
確かに、ラート公爵家からつけられた各講師からは、あっさりとお墨付きが出てしまった。
「優秀だとは聞いていましたが、これほどとは思いませんでした」
スパルタで有名なマナー講師達すべてから笑顔で許可を受けたライハルトのスケジュールは大きく空いた。
だが、別邸での暮らしを遊んで過ごすこともなかった。
初日に、使用人から「公爵様からは、呼ばれた時以外は自由にお過ごし戴くよう仰せつかっております」と告げられても、特に悩むそぶりすらせずに「毎日剣の鍛錬をしているのでその許可を。それと図書室を使ってもいいでしょうか」と申し出た。
そうしてそのどちらの許可も下ろされると、太陽が出ている時間は家の中で本を読んで過ごし、雨が降ったり暗くなってくると筋力を鍛えたり剣を振るって過ごす。
そうして、ドレスメーカーから来たデザイナーや針子の指示には我慢強く大人しく従い、縁戚関係について講師役として家令カルロが教えると懸命にそれを覚えた。
この間、アレッサンドラは普通に学園に通っていた。
アレッサンドラは婚約については誰にも教えるつもりはなかったし、教えたとしても多分誰も信じなかっただろう。
そうやって一週間が過ぎた頃。
「お披露目前に婚約者としての交流を」
フランチェスカ公爵夫人からの進言により、二人でお茶をする時間が設けられたのだ。
たった二回しか開けなかったこのお茶の席において、初回は突然開かれたこともあって、二人共ほぼ無言でカップの中の紅茶が冷えていくのを見つめて過ごしている内に時間切れとなった。
ライハルトは反省し、次回こそきちんと訓練所の話をしようと心に決めていた。
なのに。
その席には、アレッサンドラの弟フリードリヒが付いてきた。二人きりでの時間ではなかった為に、訓練所で共に過ごした友人アレッサンドロに関しての話題を口にしていいのか分からなかった為、ライハルトは再び口を噤むこととなる。よってそのお茶会は、フリードリヒの独壇場と化したのだった。
「僕、ケインなんかじゃなくて、ライが義理兄様になってくれて良かった!」
アレッサンドラより前に、なぜフリードリヒがライハルトを愛称呼びしているのか等、いろいろ言いたいことはある。
しかし実際のところ、二人きりにされた初日は何も会話できないまま時間切れになってしまったので、フリードリヒがこのお茶会の席へ付いて来てくれた時は感謝もした。
だからといって、いきなり前の婚約者との関係が本当は上手くいっていなかった事をペラペラと話したりして欲しくなかったのだが。
「僕、姉様の事が大好きなんですけど、兄も欲しかったんです。でもケインは碌に姉さまへ会いに来ないし。来ても家の中を物色しているような目つきでじろじろ見てくし。僕の事を睨んでくるから嫌いだったんだ」
「アイツ、姉さまと背が変わんないのが気に入らないみたいでさぁ。前に家族で観劇にいった先でアイツに会った時に、姉さまがヒールの高い靴を履いてたらすっごい顔しちゃってさ。睨むんだよ? そういうの、ケツのアナがチッチャイ奴っていうんでしょ?」
「フリード。そんな言葉は使ってはいけません」
アレッサンドラが昔通っていた訓練所に現在フリードリヒも通っているそうだ。
それからというもの、こんな風に悪い言葉を色々と仕入れて来ては自慢げに使って見せるようになっているのだとアレッサンドラが頬を押さえて打ち明けてくれた。
こんな風に、傍にいた者から慌てて口を塞がれたことも一度や二度ではないのだと。
そんな生意気盛りのフリードリヒにもライハルトは優しい笑顔を向け、誘われれば庭で訓練に付き合った。
アレッサンドラは、ふたりが本当の兄弟のように仲良くしている様子を微笑ましく、けれどもちょっとだけ羨ましく思いながら見つめていたのだった。
結局二度目のお茶会も、婚約者となったふたりは交流を深める事には成功したのだろうか、話の中身としては弟フリードリヒのことばかりとなった。
唯一、ライハルトにとっての収穫があったと言えば、弟君から元婚約者におけるアレッサンドラに対する仕打ちについて教えて貰えた事であろうか。
婚約披露の場でのちょっとした意趣返しとして、ドレスの丈やヒールの高さをデザイナーに相談したのは、義理の弟となるフリードリヒから貰った裏情報。
初々しい婚約者たちとしては不本意でしかない。そんなお茶会の席だった。