6-9.そうしてこの婚約は、祝福される
6-9.
「それにしても、細くて高いヒールを履いたアレッサンドラをエスコートできるのは、とても素敵ですね。ドレス姿がより美しく映えるだけでなく、歩きにくくなった分、私のエスコートの腕に、アレッサンドラが寄り添って下さる」
自らその腕に抱え込んだアレッサンドラの手の上に、反対側の手を重ねながらライハルトが嬉しそうに話し掛ける。
「役得です」と囁かれて顔を赤く染める初心なアレッサンドラの目には、もう元婚約者の姿は入っていなかった。
その後ろで。
アレッサンドラとは違う意味で顔を真っ赤にして震えていたケイン・モスが、顔を真っ青にした父であるモス侯爵に腕を引かれて会場の外へと連れ出されていく。
「お前は何をしているんだ! 今日のこの婚約をお前が祝福することで、これからもラート公爵家との間で良好な関係が保てるのだとちゃんと教えておいただろう。それなのに。馬鹿者が」
聞こえてくる親子の会話、その揉める姿を周囲は冷めた目で見送る。
この場にいる誰もが、今日の主役であるフリードリヒがアレッサンドラの弟として生まれた時点で、モス家がもっと条件のいい婿入り先を探していたことを知っている。
せっかくラート公爵が婚約が白紙に戻った理由について譲歩してくれたのにもかかわらず、わざわざ自身が婚約者を大切にしてこなかったのだと暴露しなくても良かっただろうに。
「あれでは次の縁談に響くでしょうね」そんな会話がチラホラと交わされる。
幾ら縁戚で親しくあろうとも、公爵と侯爵ではまったく違うのだ。
婿入り予定であった相手を立てるのは当然だということも理解できない馬鹿な子供だというレッテルを貼られてしまった事に多分ケインは気が付いていない。
そしてケインが馬鹿な真似をした分だけ、新しい婚約者ライハルト・グリードの評価が上がった事にも。
――この婚約は、アレッサンドラ・ラートの幸せな未来の為に結ばれたのだ。
アレッサンドラの新しい婚約者は、ただ見目がいいだけではなかった。
ラート家ならば借金を簡単に清算できるという力の誇示でもなく。
簡単に手に入る、都合のいい婚約者を買い与えた訳でもなく。
お互いがお互いを思いやる気持ちのある確かな関係。
恋と情熱。このふたつを以て結ばれた、正しい婚約なのだ。
ラート公爵は本当に娘の為を思ってこの新たな婚約者を選んだのだと、ようやく周囲は納得し、心からの祝福を贈った。