6-4.金持ち公爵家の侍女は優秀です
6-4.
「婚約発表の席で、婚約指輪をお渡しできなくて申し訳ありません」
今度こそ本気で意気消沈してしまったライハルトに、アレッサンドラも焦った。
「大丈夫です。サイズのお直しに出してます、と告げればいいだけです。指輪はこうして戴いたのですもの」
そう取りなしてみたものの、アレッサンドラ自身、一度嵌めた指輪に幸せを覚えてしまった分だけ、そこにある筈の物がないという状態がとても寂しい事に思える。
表は出さないようにしているアレッサンドラの気持ちに気が付いたのは、当然だが専属侍女であるアリーだった。
そうして、その憂いを失くすことができるのもアリーだけだった。
「アレッサンドラ様、ライハルト様、その指輪を少々、お貸しいただいても宜しいでしょうか?」
自身のポケットに入っている物を取り出して、糸の結び目を解きながら声を掛ける。
「構いませんが、どうするんですか?」
「こうします」
それは、リング自体に幅のあるパヴェリングだからこそ取れる方策だった。
侍女として、いかなる時でも裾の解れに対処できるようにと持ち歩いているソーイングセット。その中に入れてあった鹿革製の指ぬきを切り取って、アリーは指輪とアレッサンドラの指の間を埋めたのだった。
「さぁ、どうぞ? もう一度、アレッサンドラ様の指に嵌めて差し上げて下さい」
差し出された指輪を受け取り、ライハルトはアリーの顔を見て礼を告げる。
「ありがとうございます。すごいですね、さすがラート家の侍女だ」
感心し切りのライハルトに笑顔で頭を下げながら、早くアレッサンドラ様を喜ばせやがれとアリーは内心毒づいた。
けれどももう、アリーの中でもライハルトに対する好感度は上がりっぱなしだった。
初恋の相手をアレッサンドラの見合い相手として奥様へ進言したことはやはり間違いではなかったのだ。
あの時はアレッサンドラ様の初恋成就という幸せのみを考えた。
けれど、今のアリーなら、アレッサンドラ様の幸せな結婚生活を信じることもできる。
ライハルト・グリードという人物は確かに変なところも多い人間だが、アレッサンドラ様を不幸にすることはないだろう。
ゆっくりと、宝物を手にしているのだと言わんばかりの丁寧な手つきで、アレッサンドラの薬指へと指輪を嵌め直しているライハルトの後ろ姿に、アリーは心の底から祝福を送った。
そうして、ついに。
柔らかな鹿革だからこそ生まれる安定感。そして締め付けもなくピッタリと、大きすぎていた指輪がアレッサンドラの左手の薬指に嵌った。
「うれしい」
きらきら光る指輪を翳して見るアレッサンドラの表情と、それを見つめるライハルトの幸せそうな表情を、この場にいる全ての者が微笑ましく見守った。
「でも、お披露目が終わったらすぐにお直しにお出しできるよう手配しておきますね」
くすくす笑ってそう進言するアリーに、ライハルトは少し赤くなりつつも大いに感謝した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「いいえ。こちらこそ。アレッサンドラ様をよろしくお願いいたします。私の自慢の主なのです」
「もう。アリーったら」
その時、家令が近寄ってきてアレッサンドラとライハルトに声を掛けた。
「さぁ、会場へ」
ライハルトはアレッサンドラと頷き合って会場へ足を踏み入れた。